第15話
リームを助けてから数日が経過した。
それから俺がやったことといえば、空間魔法の訓練だ。
いつも、黒い渦のようなものを出現させている俺の空間魔法には、色をつけることができる。
なので、レイスとして使用する場合は青色。リョウとして使用する場合は黒で統一することにした。
これで、リョウとレイスが同一人物であるということはバレないだろう。なぜこんな練習をしていたかというと、先日リームにばっちり魔法を見られているからだ。
リームには、俺の訓練の様子も見られているわけで、まだ空間魔法を使っている場面を見られたことはなかったので、その対策だ。
そんな対策を考えていた俺が、いつものようにザンゲルに訓練をつけてもらおうとしたときだった。
「……レイス様。リーム様が来られていますよ」
「え? リームが?」
「はい。応接室にてお待ちいただいています」
「……そうか。分かった。すぐに向かおう」
俺を呼びに来た使用人にそう返しつつ、俺はすぐさまそちらへと向かっていった。
……リームが、なぜ?
また睨みつけてくれるためにか? ……余計な思考は排除し、冷静に状況を確認する。
特に何か約束はしていなかった。ここ最近少しずつリームが屋敷へとやってくる間隔が短くなっていたのは確かだが、それでもこれまでは事前にアポをとってくれていた。
一体、なぜ……と考えるとすぐに思い浮かぶのは先日のストライト村でのやり取りだ。
……いやいや、さすがにバレてはいないだろう。
俺とリョウが同一人物だと断定するには、俺の武器と声……あとは一応背丈くらいしかなかったはずだ。
といっても、武器に関してはリョウとして使うときとレイスとして使うときのものは分けているし、声だってかなり低めのものを発していた。
この程度の情報だけで、俺とリョウを同一人物と断定するのは難しいだろう。
そもそも、リームは俺のことを嫌っている。彼女が屋敷に訪れるときはいつも訓練の様子を見せていて、ロクに会話はない。
帰りに彼女は俺の使っていたタオルを持っていっているわけだしな。
なぜそのような行動をするのかと俺が調べてみたところ、この世界には呪いというものがあった。
まあ、前世の呪いなどのように、どこか眉唾物の類ではあったが。
呪いをかけるには、相手の髪などが必要になるわけで、恐らくタオルに染みついた俺の汗などを使って呪いをかけているんだと思う。
リームのおかげで苦しい思いができるかもしれないな。うん、余計なことを考えるな俺。
それ以外に、俺のタオルを要求する理由は分からないからな。
応接室へと入ると、すぐにリームがソファから立ち上がり丁寧に頭を下げてくる。
表情はいつも通りのものではあったのだが、なんだろう。いつもよりもどことなく雰囲気が明るく感じる。
ちょっと寂しい……。
「お久しぶりです、レイス様」
「ああ、久しぶりだ。急にどうした? 何かあったのか?」
「先日、私のストライト村が魔物の襲撃にあったので、その報告に来ました」
「……そうか。報告書が上がっているのは見た。怪我はなかったのか?」
現場にいたわけで、別に聞かなくてもいい。
だが、もちろんそんな間抜けな反応をするつもりはなかった。
「はい。依頼を受けてくれたリョウという冒険者のおかげで、事なきを得ました」
「……そうか」
イナーシアも言っていたが、リョウはその見た目などから冒険者たちの噂になっている。
リームの前では名乗るっていなかったが、調べてすぐに分かったはずだ。
そう思っていた時だった。リームが一歩、こちらに近づいてきた。
それから、彼女はじっと俺の顔を見てくる。……なんだ? 何か、鼻をひくつかせているように見える。
「……やはり、そうですよね」
「ん?」
「レイス様」
そう俺の名前を口にした次の瞬間だった。
リームの表情がとたんにだらしないものへとなり、どこか変質者のように鼻息を荒くして腕を掴んでくる。
それと、同時だった。俺の体へと顔を近づけてきて、だらけきった顔で……見上げてくる。
「レイス様は……リョウ、として活動していますよね?」
「……え? な、なんだ?」
リームの表情の変化に驚き、それを指摘する余裕もないほどに俺は戸惑っていた。
なぜ……いきなりそんな結論が弾きだされたのか、まるで分からなかったからだ。
予想外の場所からの問いかけに、俺は混乱しながらも……問いかける。
「リョウ、というのはその村の魔物たちを退けた冒険者の名前だろう? それがどうして、俺になるんだ?」
ゲーム本編に関わるリームには、できれば余計な情報を与えたくはない。
だから、リョウが俺であることについても隠したいわけなのだが、リームは鋭い表情とともにこちらを見てくる。
「とぼけないでください。まぎれもなくレイス様、ですよね?」
「……」
もう、誤魔化せる気がしない。
リームはゲームでも真実を見抜く目はもちろん、ここぞというときの自信と度胸を持っている優秀な子だ。
凛々しく、逞しく、クールなキャラクターであったリームが断定している以上……誤魔化すことは難しい。
だが、バレるような行動をした覚えはなあkった。
「なぜ、分かったんだ?」
……諦める、しかない。
俺は諦めるように息を吐いてから、リームに問いかける。
リョウとレイスのときで、使っている武器はもちろん、衣服も違う。
となると俺がどこかでヘマをしてしまっていたというわけになり、今後も気づかれる可能性があるので聞いておきたかった。
固唾を飲んで見守っていると、リームはゆっくりと口を開いた。
「匂い、です」
「……匂い、だと?」
どういうことだ?
脳が混乱していると、リームはさっと俺の手を掴んでくる。
そして、リームは深呼吸をした。
「この前、お父様を助けて頂いたとき……リョウとレイス様から同じ匂いがしました。……だから、分かったんです……! ハァ! ……ハァハァ!」
「……」
リームの人に見せてはいけないその表情は……ゲーム本編でも見たことのない凄まじいものだった。
……な、なんだこいつは!? 俺の知っているリームとはまるで別人。
体を悶えさせながら、鼻を押し付けてくるリームに混乱し、俺は抵抗できなかった。
「一体どうしたんだ!? おまえ、そんなキャラじゃないだろ!?」
「私のキャラ!? 何よそれは……!」
「ふ、普段はもっとこう冷静で……落ち着いているだろうが! い、いきなりこんなことをしてきて何があった!? 何かの状態異常か!?」
「いたって健常よ! 安心して!」
状態異常のほうが良かったよ!
リームを引きはがし、俺が距離をとって警戒しているとリームが残念そうにこちらを見てくる。
それから、彼女は自身の胸へと手を当てるようにして、叫んだ。
「私は匂いフェチなのよ!」
「……匂いフェチ、だと……?」
「そうよ! 色々な人の匂いを嗅ぐのが好きで……今の私のお気に入りはあなたなのよ、レイス様! 私はあなたの匂いが大好きなの! 特に運動した後のあの汗の入り混じった匂い! もう、私を誘惑しているんじゃないかってくらいいつもいつも訓練場に連れて行っていたわよね!? ああ! 思い出して来たら興奮してきてしまったわ!」
自身の体を抱きしめるようにして悶えさせていた彼女は、呼吸を荒く乱していた。完全に変質者である。
そんなリームに俺は頬を引きつらせることしかできなかった。
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