第13話



 私は結界の内側から、魔物たちの様子をじっと眺めていた。

 村は防壁に覆われていて、容易に魔物が侵入できないようになっている。

 村の北と南にはそれぞれ門があるのだが、結界はその部分を中心に展開されていた。


 ……武器を持った私たちは、ハイウルフたちが結界に向かって攻撃を放っている様子を、眺めることしかできない。

 ……結界は、内側からの攻撃もすべて弾いてしまうからだ。


 あくまで、一時的に敵の動きを止めるためだけのものであり、その間に戦力を整えるために使われるものだ。

 結界は攻撃されればされるほど、その強度が下がっていくため、ハイウルフたちの攻撃を何度も受け続けてしまっている現状では、当初の時間よりも展開できる時間は短くなっているだろう。


「ボリル様! 結界装置に使用していた燃料の魔石がつきました……!」

「……そうか」


 ……父の眉間に皺が寄る。

 まだ、兵士が村を出てから三時間ほどしか経っていない。

 想定よりも、ずっと早い。

 それだけ、ハイウルフたちが継続的に攻撃してきているのが原因だ。 


「ハイウルフどもめ……」


 ハイウルフたちは、まるで結界の限界を知っているかのように、さらに攻撃を加えてくる。

 何度も、何度も連続で攻撃を仕掛けてくるハイウルフたちに、私だけではなく兵士たちもどこか気おされている。


 ……結界越しでも分かるわ。このハイウルフたちが、そんじょそこらの魔物とは違うってことは。

 私はぐっとレイピアを握りしめたとき、父が全員に指示を飛ばす。


「結界はまもなく壊れる! 壊れたのに合わせ、全員が使用できる魔法を放てるよう準備を整えろ!」


 父の言葉に、私たちは頷いた。

 ……私が使える魔法は、氷魔法だ。訓練で何度も練習してきたそれを練り上げる準備を行っていく。

 ……実戦での戦闘は、初めてだ。……昔は、早く魔物と戦いたいと父によく懇願していたのに、いざその状況になってしまうと不安の方が大きい。


 練り上げた魔法を待機させて数分が経った時だった。ハイウルフたちが同時に突進をしてきて――結界が壊された。


「放て!」


 ハイウルフたちのプレッシャーに押された私たちだったけど、父の言葉に合わせてすぐさま魔法を放った。

 ハイウルフの一体へと当たり、吹き飛ばす。だが、仕留めるには至らない。

 すぐに起き上がってきたハイウルフが、私めがけて飛びかかってくる。


「ガアア!」

「……ッ」


 本気の殺気。一瞬怯んだが、私はすぐに向かい合い、レイピアを振りぬく。

 攻撃が足を掠め、ハイウルフの体勢を崩す。

 喜んでいる暇はない。すぐにハイウルフたちがなだれ込んできて、あちこちで戦闘が始まる。

 私だって、一体に集中してはいられなかった。飛びかかってきた、ハイウルフの攻撃をかわし、レイピアを突き出す。


 戦場では、魔物と兵士が入り乱れている。……やや、押されている。ハイウルフの数が三十ほどはあるからだ。

 数の不利はもちろん、戦力差もある。


「うわああああ!?」


 誰かの悲鳴が上がると、ハイウルフたちは勢いづき、私たちは怯まされる。

 ハイウルフに噛みつかれていた兵士を助けるよう、父が剣を振りぬいた。力強い一閃が、ハイウルフを切り裂く。

 父を狙って飛びかかったハイウルフさえも、父は即座に剣を振りぬいて吹き飛ばした。


「彼をすぐに治療しろ!」


 そう言って、父が周囲に氷魔法を放った。

 ハイウルフたちの注目が一気に父へと集まり、数体が襲い掛かる。

 私も、戦わないと――!


「はあああ!」


 父を援護するよう、父に狙いをつけたハイウルフへと氷の矢を放つ。

 迫ってきたハイウルフをレイピアで捌き、その数を減らすように動く。

 だが、その時だった。


 強い魔力が集まるのを感じて慌てて視線を向けた。次の瞬間だった。土の弾丸が父へと向けられる。


「何!? ハイウルフが魔法だと!?」


 完全に虚を突かれてしまった父は、氷の壁を展開しようとするが間に合わない。


「ぐっ!?」

「お父さん……ッ!」


 土魔法によって弾き飛ばされた父へ、すぐさまハイウルフたちが襲い掛かる。

 私の脳内には、今朝見た夢と同じ光景が浮かんでいた。


 父がハイウルフに襲われ、死んでいく姿――。まさに、その再現をするようにハイウルフたちが父へと迫っていく。


 私は父を助けるために走り出したが、横から現れたハイウルフの突進によって弾かれる。


「……ダメ! やめて……!」


 浮かんでくる涙をこらえることはできず、とにかくありとあらゆるものへと助けを求めるように叫ぶ。


「誰か、助けて……! お願いだから……!」


 私が必死に手を伸ばし、魔法を放とうとしたその時だった。

 強い風が吹き抜けると同時、黒い渦が現れた。

 まるで地獄の底へと繋がりそうなほどに深い黒い渦。


 だが、その黒い渦から現れた外套を纏った人が持っていた短剣を振りぬいた次の瞬間だった。

 ハイウルフの体が切り裂かれた。


 突然の出来事に驚いていたのは、私だけではなくハイウルフたちもだ。

 その異様な光景に、私は一瞬呆然としてしまった。


 涙が頬を伝い落ちるのも感じず、ただ見守るしかなかった。黒い渦の中から現れた影は、一瞬のうちにハイウルフを倒した。


 ハイウルフたちが怯んだ様子を見せると、そこからさらに二人――冒険者と思われる女性と村の兵士でありジョルさんが姿を見せた。

 即座に、外套の男性と女性冒険者によって、戦闘が始まった。


 二人は非常に強かったのだが……とにかく、外套の男性が圧倒的だった。私はすぐさま体を起こし、父のもとへと駆け寄る。

 父とジョルさんは驚いた様子でそちらへと視線を向けていた。


「……か、彼らは?」

「少ない報酬にも関わらず、依頼を受けてくださった冒険者の方です……!」

「……そう、か」


 色々と聞きたいことはあったようだけど、父はすぐに立ち上がり剣を握りなおす。

 父はそれから、私に対して厳しい視線を向けてくる。

 娘に対してではない……一人の兵士に対するようにだ。


「……まだ、戦いは終わっていない。怖いなら、避難しろ」

「……戦うわ」

「分かった。皆の者! ジョルが援軍を連れて戻ってきた! 彼らに続け!!」

『おお!』


 父の宣言によって、押し込まれてた私たちは再び武器を持ち、ハイウルフたちへ攻撃を放っていく。

 ……だが、ハイウルフたちも怯まない。倒れてもすぐに起き上がるさまは、まるで何かに操られているかのようにも見えるほどに不気味なものだった。


「……」


 淡々とハイウルフたちを狩っていた外套の男性は、ちらとハイウルフの一団へと視線を向ける。


「……正しい未来に、戻そうとしているのか」


 ……どういうこと、かしら?

 外套の男性が放った低い言葉は、なぜか妙に頭に残っていた。ハイウルフたちの攻撃はさらに苛烈なものになっていき、こちらへと傾いていた戦況が再び、向こうに引き戻されそうになる。

 その時だった。後方で控えていた一際大きなハイウルフが父へと向かって飛びかかっていく。

 だが、外套の男性が父とハイウルフの間へと割って入り、短剣で牙を受け止める。


「……ガアアア!」

「……悪いな。この人を死なせるわけにはいかないんだよ」


 外套の男性は苛立ったように、短剣を振りぬく。

 最初よりも、さらに動きが加速している。これまで手を抜いていた? あるいは、ハイウルフたちを倒し、レベルがあがったから?


 どちらにせよ、その速度は……もう私の目では追えないほどのものだった。瞬く間にハイウルフの体を切り裂いていくが、ハイウルフは倒れない。

 それでも、ハイウルフは、倒れない。まるで、何かに操られたかのように、狂ったように暴れだし、襲い掛かる。


「お前が……いや、世界が正しい未来へと引き戻そうとするっていうのなら――」


 外套の男性はぽつりとそう呟いてから……仮面の下で、笑ったような気がした。


「――俺が何度だって破壊してやる」


 男性のつぶやきはまるで何かに対しての宣言のようであり――。

 この場にあった、暗い空気のすべてを弾き飛ばすように、リョウの短剣が振りぬかれると、ハイウルフの体がバラバラに切り裂かれた。


 一際強い風が吹き抜け、私の鼻に……ここ最近、嗅ぎ慣れていた匂いが届いた。

 外套の男性から届いたその、どこか落ち着く……嗅ぎ慣れた香り。

 洗練された最高級の香水でさえも、この匂いにはかなわない、そんなかぐわしく素晴らしい香り。


 纏っていた外套にしみ込んだ匂いと、この戦闘によって生み出された汗が混ざり合い、私の脳内では表現できないほどの多幸感にあふれ、今にも気を失いそうになってしまう。


「リーダーは倒した! 逃げる残党どもを狩れ!」


 外套の男性がそう叫び、私ははっとなって逃走を開始していたハイウルフたちを仕留めるために動き出す。

 ここで一体でも逃がしてしまえば、この辺りの生態系が変化しかねない。


 仮面をつけ、顔も分からないこの外套の男性の正体について考えながら、私はハイウルフを追っていく。

 ……先ほどの匂いを、私が嗅ぎ間違えるはずがない。

 あれほどに濃厚なレイス様の幸せ臭を、私が間違えるはずがない。

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