第12話
……どこかの兵士とかだろうか? 装備に身を包んだ男性が、懇願するような声とともに周りの冒険者へと声をかけていた。
しかし、彼の声に足を止める人はいない。少し気になってしまった俺は職員へと声をかける。
「あの人は何をしているんだ?」
「……あの方は、ストライトという村の兵ですね。高レベルと思われるハイウルフが複数確認されたらしく……冒険者に依頼をお願いしにきたそうです」
「なら、なぜあそこであんな風に声をかけているんだ?」
「……それが。現在ギルドリーダーがいないため、まだ緊急依頼として処理ができていないんです。……緊急依頼の場合、ギルドリーダーにて判断する必要があるのですが……ちょうど今回の魔物たちが相手となると、報酬が少なすぎるため……その、依頼を受けてくれる人がいないといいますか……なので、ギルドリーダーの判断を仰ぎ、報酬の追加支援をする必要があるのですが……」
申し訳なさそうに職員の方は視線を下げていた。
……まあ、冒険者たちだって善意で仕事をしているわけではないのだから、そういうのも仕方ないよな。
こういったことは、日常茶飯事なのだろう。俺も他の冒険者同様、そう考えていたのだが、職員の言っていた言葉を思い出す。
ストライト村……って、確かリームの故郷ではなかっただろうか?
うん……そうだ。レイスくんも一度だけ、リームの故郷に行ったことがあったので覚えていた。
その時の記憶は残っているのだが、あまり思い出したいものではない。だって、レイスくんとして、リームの好きな村を散々に罵倒していたからだ……。
そのときのリームの笑顔も、さすがになくなっていて……それを見て優越感に浸っていた当時のレイスくんの気持ちまでも思い出し、憂鬱になってきたぞ?
……い、今はそれを脇に置いておこう。問題は、ストライトで発生したハイウルフの問題だ。
……そういえば、ゲーム本編でもリームの故郷に訪れるときがあったよな? そこでは、「領主様! 領主様!」と言われて恥ずかしがるリームの様子を見ることができて、一リームファンとしては楽しめたのだが……その時に、彼女が領主になった経緯についても聞かされたな。
ハイウルフたちとの戦闘で、リームの父は亡くなってしまい、それからはリームが代行として村の管理を行っている……とかなんとか。
もともと、リームの家はそもそもヴァリドー家から領地の一部を任されているわけで、正確にいえば領主様ではないんだけど……とにかく、もしかしてゲーム本編で語っていた内容ってこれに該当するのでは?
時期的には……ありえる話だよな。
すぐ助けに向かいたい気持ちはあったのだが、冷静な部分の俺が待ったをかける。
……もしも、ここで助けてしまうと原作のストーリーから変化してしまう部分もあるのではないだろうか?
あまり、原作から大きく乖離するようなことになると、世界が悪い方向へと進んでいってしまう可能性がある。
何より、原作のリームが背負っていた覚悟や重み。それがあったからこそリームのたまに見せる可愛らしい一面がより輝きを増していったとは思う。そして、それらは、彼女が父を失ったからこそ生まれたもののはずだ。
だから、原作ファンならば放置したほうがいいのかもしれないが、
「……嫌……だな」
ゲーム本編通りにしたいからって、助けられるかもしれない命を無視したくはない。
それに……俺にとってリームは好きなキャラクターの一人だ。
……その子が、純粋に笑っていられる未来に変えられるのなら、動かない理由がない。
第一、俺がレイスくんに転生している時点で、ゲーム本編通りにはいかないだろう。
だったら、少しでも悲しみを減らしてやりたい
ただのハッピーエンドではなく、超がたくさんついたような谷のない、幸せが続くだけの物語にしてしまったって、いいだろう?
歩き出した俺は、泣き崩れる兵士へと近づき、声をかける。
「おまえ、少しいいか?」
「……え?」
「ストライト村のハイウルフ討伐だったな? 俺が引き受けよう」
「ほ、本当ですか!?」
その問いかけに無言で頷くと、兵士は涙をこぼしながら頭を下げてくる。
「ありがとうございます……っ! ありがとうございます……!」
問題は……俺一人でどうなるのか、だな。
ゲーム本編で出てきたハイウルフは、高レベルの奴でも今の俺なら戦えるくらいだと思う。
ただ、その数が多いとなると話は別だ。
俺だってまだ成長途中なわけでそこまでの実力はない。
……さすがに、一人で殲滅をするのは難しい。
俺はちらと冒険者たちへ視線を向ける。俺と兵士のやり取りを、少し小ばかにしたような様子で見てくる冒険者たち。
彼らの反応は、気になる部分はあるけど正しいのだろう。そんな彼らに対して、俺は視線を向けてから声を張り上げる。
「この場に、他に依頼を受ける者はいないか? もしも、報酬が足りないというのなら、こちらで用意してやる」
俺はそう言って、空間魔法を俺の部屋へとつなげ、そこに手を突っ込んだ。
空間魔法にて、直接アイテムの保管もできなくはないのだが、それだとどうしても俺の負担が増えるため、基本は屋敷の倉庫などにアイテムをしまっていた。
冒険者として活動を開始してからの資金などはすべてそちらに保管してあったので、掴んだそれらの金をバラバラと冒険者たちの前で見せつけるように落とした。
それらの金を見て、冒険者たちの中には反応する者もいたが……名乗り出てくれる人はいない。
……くそぅ。これだと、俺一人で依頼を受ける必要がありそうだ。
仕方ない……。
これまでリームに酷いことをしてきたレイスくんの尻拭いもかねて、覚悟を決めるしかないか。
そう思っていたときだった。
槍を持った一人の女性が前へとやってきた。
「……あんたからも報酬は出るのよね?」
ツインテールの髪を揺らし、少し釣り目がちの女性がこちらへと問いかけてきた。
このキャラクターは……見覚えがある。
名前は、イナーシアだ。
明るいピンクの髪はギルド内の照明の光を反射させ、明るく輝いている。
本編開始よりまだ少し前だからか、ゲーム本編で見たときとは印象が少し違う。
それでも、相変わらずのどこか強気な、挑戦的とも思える釣り目がちな瞳は、一度見た人ならば決して忘れることはないだろう。
イナーシアは、ゲーム本編に出てくるキャラクターではあるが……仲間にしなくてもクリアできるキャラでもある。
この『ホーリーオーブファンタジー』では、ストーリー上必ず仲間になるキャラクターが四人と、寄り道すれば仲間にすることができるキャラクターとに別れている。イナーシアは寄り道しないと仲間にできないキャラクターなのだが、リームに匹敵するほどの人気キャラクターだ。
……イナーシアが依頼を受けてくれるというのであれば、心強い。
心強いのだが、ゲーム本編の関係者なので、ちょっと迷う。
リームとイナーシアが邂逅して大丈夫なのだろうか?
……この世界の主人公が、どのようなルートをたどってゲームをクリアしてくれるのか分からないが、イナーシアとリームが出会っていると出会いのイベントが変わる可能性もある。
……ただ、他に名乗り出てくれる人はいないわけで……仕方ないな。
今はそれよりも、戦力が欲しい状況だしな。
「ああ。ここにある金で良ければな」
「それなら、あたしも参加するわね」
他に参加者はいないようだな。
床に転ばしていた金を空間魔法で回収しながら、兵士へと視線を向ける。
「よし、二人にはなったがすぐに村へと援護へ向かおう」
「ありがとうございます……! 馬は外に待機させていますので、すぐにでも――」
「転移石は使えないのか?」
「は、はい……魔物の影響で魔力が乱れてしまっているのか、ストライト村の転移石は機能していない状態でして……」
……そういえば、ゲームでもあったな。
ストーリーの進行中など、何かしらのイベント状態では転移石が機能しないことがあった。
ゲームの都合、なんだろうけどこの世界ではそういう風に解釈されているのか。
「あたしたち三人で移動するなら、馬も借りないとよね?」
「その必要はない」
俺はそう言って、空間魔法を展開する。普段、俺が屋敷からこの街へと移動する際に使っているそれを、今度はストライト村へと接続する。
転移石の件もあり、成功するかどうかは不安だったが……無事成功だ。
ここ最近、基礎訓練とストーンラビット狩りで魔力は以前よりも増えているわけで、三人で移動しても問題はない。
人一人が入れるような黒い渦がそこには展開されている。レイスくんとして訪れたことがある場所でも、無事空間魔法を作れるようなので良かった。
今回は、出口の先が見えるようにしている。
「……こ、これは?」
兵士の問いかけに、俺が示すように一歩を踏み出す。
「俺の移動用の魔法だ。失われたワープの魔法、とでも言っておこうか。村までつなげた。ついてこい」
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