第11話



 ……最初は楽しかった戦闘も、一日もやれば飽きが来るというものだ。

 いつになったら、成長のネックレスがドロップしてくれるのやら。


 ゲームならば、連射コンで放置し、次の日にでも確認すれば獲得できていたのだが……それをすべて生身の肉体で行うのははっきり言って苦痛だった。


 俺は心の中でゲームの主人公に謝罪していた。ゲームでは当たりまえのようになっていた稼ぎが、こんなに大変だったとは知らず、誠にごめんなさい、と。


 そんな罪への謝罪が影響したのか――。

 魔石とは別に、一つのネックレスがドロップしたのを確認した。作業のようにストーンラビットを狩っていたせいで、ドロップアイテムへの反応が遅れてしまう。


 思わず二度見し、そしてすぐさまドロップアイテムへと駆け寄る。

 これは……間違いない……! 何度もゲームでお世話になった成長のネックレスだ!


「キタアアア!」


 ネックレスを拾い上げた俺は、一週間ほどかかった作業を思い出していた。

 辛かった……。たまにぼーっとしていたせいでストーンラビットのタックルを喰らったりもしてしまったものだ。


 だが、そんな日々とはもうサヨナラだ。早速ネックレスをつけた俺は、ほっと軽く息を吐いてから、空間魔法を発動する。

 入口を目の前に、出口をモールドの転移石へと繋いだ俺はすぐにそこを通過する。


 アイテムは手に入り、レベルも最低限あがったし、次の段階に進んでもいいだろう。

 俺は即座に空間魔法を発動し、ヴァリドールの街へと戻った。


 それからギルドへと向かい、いつものように回収していた魔石と回収していた素材を売却していく。


「あっ、リョウさん。今回の依頼達成でFランク冒険者への昇格になりますね」

「そうか」


 ……『静寂の洞穴』で達成できるような依頼を達成していたところ、昇格の条件を満たしていたようだ。


 冒険者ランクに関しては、依頼を達成したときのポイントが一定数に達すれば自動で上がるというものだ。ゲームではあとどのくらいで上がるかが分かったが、この世界ではそれは公開されていない。ギルド側で管理しているそうで、それが公開されることはないそうだ。


 職員がパソコンのような箱型の魔道具に冒険者カードを差し込むと、そこにカードが吸い込まれる。

 それから少しして、電子レンジのような音とともにカードが出てきて、職員がこちらへと差し出してきた。


 笑顔とともに渡してきた彼女からカードを受け取ると、確かにGという文字がFという文字に変わっていた。

 便利なものだな。そんなことを考えながら俺が帰宅しようと思ったときだった。


「……ど、どうかお願いします! 緊急の依頼なんです!」


 そんな叫び声が聞こえ、俺はそちらへと視線を向けた。




 ――少し時間を遡り。



 私の目の前は、真っ赤に染まっていた。

 ――どこからか現れたハイウルフが、まるでその未来が決まっていたかのように父に襲いかかり、鋭い牙を胸へと突き立てていたから。


 鋭い牙が血を噴き上げ、絶望の叫びが夜の闇に溶けていく。どれだけ叫んでも、どれだけ涙を流しても、その残酷な光景は止まらない。


 目の前にいる愛する父の申し訳なさそうな表情が、私の目に映っていた。

 母が病気で亡くなってから、私のことを大事に育ててくれた……大好きな父。


 その父の顔からどんどん生気が抜けていき、やがて……かくりと糸の切れた人形のように首を傾ける。

 それを見て、私はただ悲鳴と嗚咽を漏らすしかなく――。


 ――私はばっと体を起こした。

 周囲を見ると、木造の建物。……そこが自室であることに気づいた私は、先ほど見た光景が夢であったことを理解する。


「……まったく、なんて夢を見るのかしら」


 飛び起きた私は、やけに現実感のあったそれにため息を吐いた。

 ……まるで、子どもじゃない。全身が冷たい汗でびっしょりだった。息が荒く、心臓が激しく脈打っているのが分かる。


 落ち着くように深呼吸をして目を閉じると――再び先ほどの光景が浮かんでしまった。

 父がハイウルフに食い殺される……そんなこと、ありえない。だって、このストライト村の近くに、ウルフ種の魔物なんていないんだから。


 あれは、夢。……うん、夢だわ。


 たまたま、そういう夢を見るときだってあるに決まっている。

 ……だというのに、私の胸に広がる恐怖は、なぜか消えてくれなかった。


 私はひとまず、部屋に置かれていたカバンにしまわれていたタオルを取り出す。……レイス様の汗がしみ込んでいたタオル。一週間ほど前にいき、頂いたものだ。


 ……やはり、彼の匂いは変化している。最初に嗅いだときもそうだったけど、レイス様のそれは明らかに変わっている。

 どこか……落ち着くものになっている。


「……こんな風に変化したことって、初めてなのよね」


 人は、その時の状態で多少匂いが変化するものだ。例えば、何か焦っているときの発汗と、純粋な運動後の発汗ではその匂いの種類が違ってくる。


 ただ、匂いの本質的なものは変わらない。……例えるなら、トマト料理に多少調味料を混ぜても、トマトの自体の匂いは残っている……みたいな。


 つまり……私が嫌いな臭いの人は、多少変化したとしても私が嫌いなままなことに変わりはなかった。

 だというのに、レイス様のそれは……文字通り、百八十度変化していた。嫌いだったはずの臭いから、好きな匂いへと。


 ……それは、レイス様の雰囲気が変化したあの時からだ。


「……なぜかしら?」


 私はしきりにレイス様の匂いを嗅いでいたのだが、未だにその謎は解明されていない。


 これはまた、新しいタオルを頂き、調査を進める必要がある。

 ひとまず、多少落ち着くこともできた私はタオルを丁寧に密封して保管する。それから部屋の外へと出た。


 私たちの家は、それほど大きくはなく、使用人も一人しかいない。そのメイドが朝食の準備をしてくれていたのだが、不安そうにこちらを見てきた。


「どうしたの、クレア?」

「お、お嬢様……それが、村の外で見慣れない魔物が発見されたと報告がありまして。当主様が調査に向かっているのです」

「……」


 その言葉を聞いた時……妙に胸がざわついてしまった。……それは、今朝の夢を思い出していたから。


「お父さんが出たのはいつかしら?」


 落ち着いたつもりでの問いかけは、少し早口だったと思う。


「三十分程前です。恐らく、そろそろ戻ると思いますが……」


 その言葉を聞いた時だった。何やら慌ただしい様子で、部屋の入り口が開けられた。

 反射的に視線を向けると、腹部を抑えていた父の姿が目に見えた。

 隣には、村の兵でるソンルトさんが肩を貸していて……、


「お父さん!?」


 私は慌てて声を張り上げると、父はゆっくりと顔をあげて笑顔を浮かべた。

 無理やりに、笑ったかのような笑みだ。クレアがすぐにポーションを持ってきて、父に手渡すと父はそれを口に運び、表情を緩めた。


「大丈夫だ。少しハイウルフと交戦しただけだからな」

「……す、すまないリームちゃん。ボリルさんはオレを庇って……」


 と、隣にいたソンルトさんが申し訳なさそうに頭を下げてきた。

 そんなソンルトさんに首を振りつつも、私は父の残した言葉が引っかかっていた。


「……ハイウルフが、村の近くに現れたの?」

「ああ、そうだ。確認した範囲で六体ほどいた。……恐らくだが、まだまだいる」

「……そんな」

「恐らくだが、魔王軍が適当に召喚した魔物たちだろうな」


 ……本来の生息範囲ではない場所に現れた魔物たちは、魔王軍が召喚したものとされている。

 その明確な理由は魔王軍にでも聞かなければ分からないけど、恐らくは人間たちの土地を荒らすためのものなんだろうと言われている。


 父は椅子に座ってから、視線をソンルトさんへと向けた。


「ソンルト。地下通路を使い、すぐにモールドに兵を向かわせてこの状況を伝えてくれ。倉庫にある金目のものを持たせたな。……村の結界装置だと、もっても……数時間程度だ。とにかく、急がせてくれ」


 ……村からモールドまで、恐らく馬を走らせても二時間程度はかかってしまう。

 道中魔物に襲われる可能性もあるし、到着してから村の状況を説明し、それから依頼として募集したとしても……間に合うかどうか。

 ……ううん、絶対、無理だ。


「……わ、分かった! すぐ指示を出してくる!」


 ソンルトさんがそう頷いてすぐ、部屋を飛び出した。


「……お父さん。もしかして、転移石は使えなくなっているの?」

「ああ、無理みたいだ。今は展開した結界装置があるから何とかなっているが、それも長くはもたない。……それまでに、援軍が来てくれればいいのだが――」

「も、モールドは大きな街だし、大丈夫……よね?」


 私は……いつも以上に不安を感じて、安心したくて問いかけていた。

 やっぱり……朝の夢が、どうしても頭から離れてくれない。……それを、どうにか追い出したくて問いかけたけど、父の表情は険しい。


「どう、だろうな……。正直言って、先日の納税もぎりぎりで……予算があまりない。兵に持たせた金で動いてくれればいいがモールドを管理しているあの人が動いてくれるかは……な」


 ……モールドの管理をヴァリドー家から任されている貴族も、ヴァリドー家と似たような性格をした貴族であり……父の言いたいことが分かってしまった。


 金があれば動いてくれるとは思うけど……一切の利益がない状況で、動いてくれるわけがない。


「ぎ、ギルドは……どうかしら?」

「……冒険者はそれこそ、報酬を重視する。今ある金で果たしてどれだけの人が受けてくれるか」


 ……つまり、現状の村の戦力でどうにかするしかなかった。

 村の戦力、といっても……この村で一番強いのはお父さんだ。それに次いで、ソンルトさんと私が同じくらい。


 兵士自体もヴァリドール兵団のように大人数がいるわけではなく、かき集めたところで十五名程度。

 ハイウルフが目撃された六名だけだとしても……ハイウルフ相手にソンルトさんが遅れをとり、父が負傷したこの状況で……戦力が足りているとは思えなかった。


 家の玄関が慌ただしく開けられ、コリートさんが駆け込んできた。私よりも若い、見習いの兵士だ。

 ……この若い兵士があと二人ほどいて、それらを含めての十五名がこの村の戦力だ。


「ソンルトさん! 村の人たちは地下通路に避難するように言いました!」

「……分かった。リームと、クレアさんもそちらに避難するんだ」

「……え?」


 父の言葉に、私は思わず目を見開いた。

 父は真剣な眼差しとともに、こちらを見てくる。


「……万が一、オレに何かあったとき。この村を背負う人間が必要だ。それにお前は……ヴァリドー家とも婚約関係にあるんだ。……この村を守れるのは、お前しかいない」


 父の言葉の意味は分かっている。

 それが、この場での最適だということも理解できる。

 でも……正しいからって納得できるわけじゃない。

 私は、父に対して首を横に振っていた。


「……嫌よ。明らかに戦力が足りていないこの状況で、私を避難させていたら……勝てる者も勝てないでしょ?」

「だが――」


 父が、貴族ではない父親として私のことを不安に思っているのは分かる。

 ……だったら、貴族じゃなくて、一人の娘として、お父さんを心配しているんだってことも、理解してほしい。


「ストライト家の現当主はお父さんでしょ? そのお父さんとこの村を守るために、最適な行動をとる必要があるわ。……ただでさえ、戦力が足りていない中で、私まで外れたら、それこそ兵たちの士気にかかわるわ」

「……そう、だね」


 私は正論を向け、父の反論を封じ込める。それでも、父は思うところはあったようだけど、私は父とそれ以上の言葉はかわさない。

 ……すぐに、戦闘の準備と状況の確認をする必要がある。私は、部屋に置かれていたレイピアを手に取り、握りしめる。


 ……大丈夫、大丈夫よ。

 実戦経験は……数えるほどしかない。

 でも、訓練では父にだってあと少しで勝てるくらいにまで、なっているんだから。

 ……夢のようには、させない。

 絶対に、お父さんを守り抜いてみせるんだから。

 私は、緊張する自分を落ち着かせるため、レイス様のタオルを一嗅ぎしてから装備を整えていった。

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