第10話
無事、リームの来訪イベントは無事、クリアした。
何事もなくて本当に良かった。
彼女は結局三日ほど屋敷に滞在していたが、ほぼずっと俺との戦闘訓練を見て過ごしていた。
ふっ。訪れた婚約者がまるで興味なさそうな戦闘訓練をひたすら見せるという行為は、恐らく好感度的にかなりのマイナスとなる行動だろう。
彼女の内心を妄想すると、それだけで俺の体にゾクゾクと快感が流れてくるものだ。
正直言えば、ゲームでも好きだったキャラクターの一人であるリームともっと仲良くしたい気持ちはあったけど、ゲーム本編通りに物語を進めてもらわないとこの世界的に困るので、致し方ない。
毎日のようにザンゲルとの訓練を行っていった俺は、ようやく……空間魔法を発動できるようになっていた。
俺の目の前には、黒い渦のような穴が空いている。そこに手を通し、もう一つ黒い渦を作ると、俺の腕がその先にひょこりと飛び出した。
空間魔法……それは点と点を繋げる魔法であり、滅茶苦茶簡単に言うとワープなどが使えるようなものだ。
「……やりましたね、レイス様……!」
どこかザンゲルが我が事のように喜んでくれた。なんだか、最近はザンゲルも親身に俺の訓練に付き合ってくれるようになってくれたな。
「これも、訓練に付き合ってくれたおかげだ、ありがとう」
「いえ……すべてはレイス様ご自身の努力の成果です。私は何も」
……何を謙遜しているのだか。
俺が急成長できたのは、彼が【指導者】スキルを持っているからに他ならない。もちろん、俺自身の装備品による影響もあるにはあるが、俺の成長にザンゲルは必須だ。
ひとまず、空間魔法が使えるようになったので、今後はこれを使えば多少は自由に動けるはずだ。
その日のザンゲルとの訓練で、空間魔法についてだいたい理解した俺は早速、訓練を次の段階へと繋げるために動き出す。
目的はレベル上げ。
今の俺に、ステータスやレベルという概念がどの程度あるのかは分からないが、基礎訓練で急成長できている以上、確実にそれらの要素はあるのだろう。
だからこそ、俺はこれからはレベル上げを行っていくつもりだった。
レベルをあげれば、単純にステータス全体の底上げになるからな。だが、俺が街から出ることは禁止されていた。
家族が、俺を街の外に出したがらないからだ。
……つまりまあ、家族からの命令がなければ俺は外出ができないというわけで、街の外にいる魔物を狩ることももちろんできるはずがなかった。
それを可能にするのが、この空間魔法だ。
空間魔法は、どうやら俺が一度でも訪れた場所であれば、行くことができるようだ。
俺は自分の姿を隠すよう外套をまとい、最後に仮面をつける。
……こんなところか。鏡に映る自分を見ると、まるでどこかの暗殺者のようないでたちになっていることが確認できた。
これならば、俺とレイス・ヴァリドーを同一人物と認識できる人間はいないだろう。
各種装備品を確認した俺は、それから早速空間魔法を発動する。
……入口はもちろんこの部屋。出口はヴァリドールの転移石にしようか。
転移石付近を思い出し、そちらに出口を作ったところで、俺は穴を潜り抜けた。
黒い渦を抜ける感覚は、なんとも表現できない不思議な感覚だ。
すぐに光が見えると、俺は屋敷の外へと脱出することに成功した。
……おお、成功だ。結構魔力は減ってしまったが、もう一度家へと戻るくらいの余裕はあるな。
ちらと背後の転移石を見ると、同じように黒い渦が出現して、この街へと訪れる人たちがいた。
……まあ、空間魔法の評価が低い理由はこれだ。空間魔法は今のような転移が可能な魔法だが、ファストトラベルで誰でも簡単にそれが行えるからな。
もちろん、戦闘で用いた場合は他の使い方ができるのだが、消費魔力が多すぎて現実的ではない。実際、今の俺だとまだ使えないだろうしな。
俺が目指す場所はギルドそこで冒険者登録を行うつもりだ。
……異世界転生してから、地味にやりたいと思っていたことの一つが、冒険者としての活動だ。
レベル上げついでに、一異世界人として、この世界を楽しむつもりだった。
そして、あとは……知名度の獲得。
今後、冒険者として活動していき、冒険者の仲間を増やしていくつもりだ。
すべては、将来発生するためのスタンピードに向けてな。
レイスくんのままでは、屋敷の中での信頼度は稼げるが、外の信頼度は不可能だ。
だから、そちらの信頼度はこれで稼いでいくつもりだ。
ギルドに到着した俺は受付にて、すぐに冒険者登録を行っていく。見た目で多少不思議がられたが、冒険者自体が様々な立場の人がいるということもあり、そう大きく疑われることはなかった。
登録は、無事終わった。
「それではリョウ様。冒険者生活、頑張ってくださいね」
受付が笑顔とともに冒険者カードを差し出してきたので、それを受けとる。
冒険者カードには、俺の偽名である『リョウ』という文字と、俺の冒険者ランクを示す、Gという文字が刻印されていた。
……名前に関しては、前世のものを使った。さすがにレイスで登録するわけにはいかなかったからな。
とりあえず準備を終えた俺は、早速近くの掲示板に張り出されている依頼を見てみる。……おっ、ちゃんと『静寂の洞穴』に関する依頼もあるな。
『静寂の洞穴』というのは、ゲーム内にあるダンジョンだ。ヴァリドール近くにある『悪逆の森』とは違い、赤い渦の入り口があり、そこからダンジョンへと入ることができる。
早速、『静寂の洞穴』で魔物狩りを行うため、町の外へと向かう。
『静寂の洞穴』は、ゲームの序盤でも訪れることができる低難易度のダンジョンなのだが、出現するストーンラビットという魔物が、成長のネックレスというアイテムをドロップしてくれる。
こいつが、超重要だ。ドロップ率が非常に低確率なのだが、装備していればもらえる経験値が跳ね上がり、ステータスの上昇にも大きな補正が入る優れたものだ。
今後の俺の成長効率を上げるためにも、ぜひとも狙いたい装備品だった。
赤い渦を抜けた俺は、 静寂の洞穴へと踏み入れた。
……ダンジョン内は、それまでとは明らかに雰囲気が違う。
洞穴の中はまさにその名の通り、深い静寂に包まれていた。真っ暗……ではないが視界はあまり良くはない。
それでも明かりはあった。いたるところに埋め込まれた魔石が、電球のように明かりを発している。
少しだけ緊張したが、すぐに俺は歩き出す。……『静寂の洞穴』はダンジョンのチュートリアルで使われるような低レベルのダンジョンだ。
ザンゲルとの訓練によって強くなった今の俺ならば、恐らく問題はないだろう。
俺は脳内の地図を利用し、『静寂の洞穴』を進んでいき……ストーンラビットが出現するエリアを目指していく。
このストーンラビットが出現する区画は非常に狭い。
というのも、ストーンラビットは本来この迷宮では出現しない設定だったらしいのだが、何でも設定ミスで本当に一部だけで出現するようになってしまっているのだ。
その場所は『静寂の洞穴』の左の通路を突き進んだ突き当りの空間の左端。この一か所だけが魔物の出現場所になる。
途中、運がいいのか悪いのか魔物と遭遇することなく目的地に到着した俺は、左端の角に立ち、それから足踏みを行う。
……きっとシュールな光景だろう。『ホーリーオーブファンタジー』攻略者ならば誰でも経験するこの場での魔物狩りなのだが、リアルでやるとなんたる光景か。
もしも、他の人に見られたら頭のやべぇ奴だと思われるだろう。
その相手が女性冒険者だと思ったら……やべぇ、興奮してきてしまった。いや、考えるんじゃない、俺。
その場で元気よく足踏みをしていると……目の前に霧のようなものが集まってくる。……これは、魔物が出現するときに発生するものだ。
霧はやがて一か所に集まると、そこからストーンラビットが出現した。
「しゃあああ!」
好戦的な声をあげ、こちらを睨みつけてくるストーンラビット。俺は早速、戦闘用に準備した短剣を両手に持ち、ストーンラビットと睨みあう。
……初めての、実戦だ。少し緊張するが……やれるはずだ。
軽い深呼吸をした後、俺は地面を蹴った。
俺が一瞬でストーンラビットへと迫ると、ストーンラビットは驚いたように目を見開いていた。
だが、反応は速かった。こちらを迎え撃つように、鋭い爪を振りおろしてくる。
……動きははっきりと見えている。
俺は左手の短剣でストーンラビットの一撃を受け流しながら、右手の短剣を振りぬいた。鋭い刃がストーンラビットの体へと食いこむ。
……堅い、が名前の通りに石でできているわけではないようだ。
短剣が浅くではあるが傷を作り、ストーンラビットが怯んだ。
後退したストーンラビットだが、すぐさま突進してきた。
俺はその動きを読み、素早く後ろに飛び退いて回避した。
ストーンラビットは壁へと激突し、一瞬動きを止める。
今だ……!
再び接近し、連続攻撃を繰り出す。右、左、そして右。ストーンラビットの動きが鈍くなっていき、俺はその一瞬を見逃さず、渾身の力とともに短剣を振りぬいた。
「ぐきゅ!?」
短剣がストーンラビットの首元に突き刺さり、その場で動かなくなった。
……ストーンラビットの体は、出現したときのような霧を生み出して、消滅していった。やがて、その後には一つのアイテムがドロップしていた。
魔石、か。これは必ずドロップする換金用のアイテムだ。大した金額ではないが、とっておいて損はない。
「とりあえず……なんとかなったな……!」
初めての戦闘を終え、高揚感に包まれていた。なんだかやっと、異世界に転移したという実感が溢れてきたぞ。
とはいえ、高揚感に浮かれたままではいけない。戦闘はクールに行う必要がある。何度か深呼吸をしてから、俺は再び隅に行き、足踏みを再開。
出現したストーンラビットを狩り始めていった。
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