第8話

「分かった。聞いてみようか」

「はい。もしも、訓練を行うのであればいつも通り、訓練場にいますので声をかけてください」

「ああ、分かった」


 すっと、ザンゲルは深く頭を下げ、去っていった。

 さて……リームとはどのくらいの距離感で接するか。


 頭をかきながら、俺は玄関へと向かう。

 ……少し、緊張するな。一応、好きなゲームのキャラクターと出会うわけだしな。

 わずかな緊張は胸の奥に抑えつけながら玄関へと向かう。

 ……いた。美しい銀色の髪が、部屋に備え付けられていた魔導ライトの光を反射させるように輝いていた。


 背中の中ほどまで伸びた髪を抑えるようにして、彼女の視線がこちらへと向く。

 笑顔……ではあるが、彼女の美しい青色の瞳には光がない。ここまで、感情のこもっていない笑顔を見たのは生まれて初めてかもしれない。

 ……そして、ゲームでも見ていたが彼女の体はさすがだ。


 リームの胸は豊かで、ゲームでの水着衣装などを思い出し、一度落ちつくように深呼吸をする。

 リームがすっと俺の前に立つと丁寧に頭を下げてくる。


「本日は、わざわざお時間作って頂き、ありがとうございます」


 リームの家は、武勲をあげ爵位を賜った家だ。そこまで、貴族としての教育はされていないと思うのだが、リームの所作はとても落ち着いている。

 笑顔の仮面でもつけているんじゃないかっていうくらいの徹底ぶりに、俺はちょっとばかり寂しくなってきてしまった。


 ……いや、まあ嫌われたままである必要があるので……仕方ないんだけど。


「久しぶりだな。ここまで来るのに、問題はなかったか?」

「……えっ? はい。転移石がありましたので……レイス様もお久しぶりです」


 なんだか少し驚いたようにリームが口を開いた。

 ……転移石か。この世界には、ゲームでいうファストトラベルとして転移石があった。街から街にはこの転移石で移動できるため、馬車などで移動するという機会はほとんどない。


 彼女が驚いたのは、恐らくだがそういった当たり前のことを聞いてきたからだろう。


「とにかく、何もなかったのなら良かった。来て早速だが……」


 俺がそういうと、リームは何か警戒した様子で唇をぎゅっと結んできた。

 ……また、セクハラでもされると思ったのかもしれない。

 嫌悪感を必死に押し殺しているのが分かる。そのまま睨みつけてくれたら最高なんだが……いや、最高じゃない。


 ……一度深呼吸をしてから、俺は冷静に言葉を続ける。


「最近俺は外で体を動かすのにはまっていてな……」

「……そ、それはまさか……! 外でのプレイを……ッ」


 リームの顔が青ざめていく。一体何を言っているんだこの子は……!

 そ、外で衆目にさらされながら鞭で叩かれるというのも……いや、何を考えてんだ俺は! くそったれが……!


 そういえば、リームは原作でもたまに暴走していることがあった。自分の勘違いで顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにしているシーンはゲームで見る分には可愛いのだが、直接ぶつけられた俺としては困惑しかない。


 とりあえず、これ以上嫌われるのは想定外なので、すぐさま訂正する。


「……戦闘訓練を行っているんだ。これから隣の訓練場でやろうと思っていて、呼んでいきなりで悪いがどうだ? 少し見ていかないか?」

「……な、なるほど。そういうことでしたか。……レイス様が訓練を行うのでしょうか?」

「ああ、そうだが……何か変か?」


 俺は普段のレイスくんの態度を思い出しつつ、少し厳しい視線を彼女に向ける。


「い、いえ、そういうわけではないのですが……少し意外でしたので」

「そうか。まあ、特に理由があるわけではない」


 それだけ言って、俺はリームの先を歩くようにして屋敷を出て、隣の訓練場へと向かう。

 区切られた敷地内では、今日も兵士たちが訓練に励んでいた。その端の方では、ザンゲルが兵士たちの様子を眺めていたのだが、こちらに気づくとすぐに会釈をした。


「レイス様、リーム様。おはようございます」

「ああ、おはよう。さっき話していた通り、これからいつも通り、訓練をつけてくれ」

「分かりました」


 ザンゲルが丁寧に頭を下げる。それから俺は、装備していた短剣を手に持ち、ザンゲルと向かい合う。

 それから俺は、訓練を開始していく。

 ……相変わらず、ザンゲルの動きは無駄がない。俺がどれだけの攻撃を加えても、そのすべてに対応してくれる。


 今の全力を出し続けられる相手は中々いないものであり、俺がどれだけ環境に恵まれているのかが良く分かる。

 強く地面を蹴りつけ、敏捷を活かしてザンゲルへと連撃を叩き込んでいく。


 ……最近は、ランニングの効果でスタミナもついた。おかげで、多少無茶に動いてもすぐに息が切れるということもない。

 そうして、連撃を叩き込んでいくとザンゲルが強く剣を振りぬいてきた。

 隙が、見えた。


 その一瞬へと突撃するように、俺はさらに加速して地面を蹴り、ザンゲルの懐へと入った。

 驚いたようなザンゲルだったが、即座に拳を振りぬいてきた。

 その攻撃は、予想外だった。まともに喰らって殴り飛ばされてしまう。


「れ、レイス様!?」


 驚いたような声はリームのものだったか。俺はすぐに体を起こし、ちらとザンゲルを見る。

 彼もまた、驚いた様な顔をしていたのだが、俺と目があうとすぐにポーションを持って駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫ですか!? も、申し訳ございません! 止めることができず……!」

「いや、いい。気にするな。全力でやってくれといつもお願いしているんだからな」


 それに、身体強化を強めていたおかげで痛みは大したものじゃない。

 第一、これでむしろいいんだ。

 攻撃を喰らえば、防御系のステータスが上がっていくはずだろう。俺が最強キャラになるには、この訓練を避けては通れないものだ。


 ただ、俺はそもそも意外と耐久力がある。なぜか、ずっと鞭でのプレイをしていたからだ。

 ザンゲルから差し出されたポーションを断り、再び向かい合う。


「訓練を再開する。ポーションはもっと攻撃を受けた後で使うから、気にするな」

「……。……はい、分かりました」


 ザンゲルにそう伝えると、彼はゆっくりと頷いた。どこか、嬉しそうに見えるのは……嫌いなヴァリドー家の息子を合法的に殴れたからだろうか?

 まあ、理由は分からないが、今日の収穫としては十分か。


 リームに会えて良かったし、リームに俺がやられるダサい姿も見せられた。きっと、ザンゲルが俺を殴ったときにはスカっとしたんじゃないだろうか?


 心の中では、俺のことを「だっさ! きっも!」とか思ってくれたかもしれない。ああ想像したら興奮してきた……いや、しちゃダメだ!

 ……とにかく、これでさらに嫌われたことだろう。


 直接、俺がリームに何かせずとも、周りを利用して評価を下げる。

 これなら、俺の心を痛めることもない。

 完璧だな。

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