第7話
訓練を始めるに至って、俺が準備したものは二つ。
【指導者】スキル持ちの人間と、基礎訓練の効果を高めるための装備品だ。
前者は、ザンゲルを。後者に関しては……屋敷内の倉庫と街の武器防具屋から調達した。
『ホーリーオーブファンタジー』の基礎訓練は、ステータスを強化するものなのだが、その強化は装備中の装備によって変化していた。
また、基礎訓練専用の装備品というのもあり、基礎訓練中に身に着けることで通常よりも多くのステータスアップ効果が得られるというものもあった。
今身に着けている短剣二本だってそうだ。
屋敷の倉庫に眠っていた、ダッシュナイフと呼ばれるこいつは、基礎訓練時に敏捷の数値を大きく伸ばしてくれる装備品だ。
ただし、普通の武器として使うにはあまりにも攻撃力が低いため、完全に基礎訓練用の装備だ。
他にも、グローブ、ブレスレット、ネックレス、ブーツ、指輪。今手に入る中で一番いい基礎訓練用装備を購入し、ザンゲルとの訓練を行っていた俺は……最高の結果を得ていた。
毎日、できることが増えている。ここまで急激に成長できているのは、間違いなくこれらのおかげだろう。
装備品を手に入れてからの一日のルーティンは簡単だ。
朝、ザンゲルとともにランニングを行う。戻ってきた後は、魔物の肉を朝食としていただき、タンパク質を確保。
それから、ザンゲルが暇な時間を見つけ、魔力の操作訓練、戦闘訓練をつけてもらっていく。
空間魔法を使いたいのだが、現在の俺の魔力だとまだ使えないので、ひとまずは魔力の操作訓練などで基礎魔力を高めていた。
武器に関しては、剣ではなく短剣を選んだ。というのも、この世界での最強装備は勇者の剣、なのだが……次に強いのが短剣系の装備品だったからだ。
ゲームでは、キャラクターごとに装備品などの縛りはなかったが、俺も別にどの武器を使ってみても問題はなさそうだったので、ゲームで優遇されている短剣を選んだ。
合間合間に魔物肉でタンパク質を補給し、ゲーム知識と現代知識の合わせ技で体づくりをしていく。
部屋にあった鏡の前で俺は自分の体を確認していた。
「……二週間くらいしかトレーニングしてないのに、体引き締まってきてるな」
まだまだ、ムキムキとはいわないが、明らかに変化している。
ステータスが上がると、体にも多少影響が出るのだろうか? とにかく、目に見えるほどの効果が出ているのは、間違いなくゲーム知識が影響しているだろう。
あとは、一応レイスくんが中ボス設定というのもあるのかもしれない。ほら、魔物とかって主人公たち側より明らかにステータスの設定が高いし。
ボスの中では雑魚でも、主人公たち基準のステータスだとそうでもないのかもしれない。
さてと。今日もいつも通り訓練をしようと思い、着替えた俺だったが、廊下ですれ違った使用人に声をかけられる。
「レイス様……。本日は、リーム様が来られますので、その外には出ない方がいいかと……」
ふっふっふっ、使用人が嫌がった様子で声をかけてくることに、口元が緩むな……ってだから嫌われて悦んでいるじゃない!
「何だと?」
「ひぃ!? も、申し訳ありません! 勝手なことを言ってしまって……っ!」
……一応、使用人たちには違和感がない程度に優しくしているつもりだが、まだまだすべてが改善したわけではない。
それでも、転生前に比べると多少はマシになったほうではあるのだが、まだまだ俺に対しての恐怖心のようなものを抱く人たちは多い。
「いや、そういうわけじゃなくてだな。今日はリームが来るんだったか……。教えてくれてありがとう」
「え? ……あっ、は、はい……し、失礼しました」
リーム。
その名前はレイスくんの記憶にもしっかりと残っているし、なんなら……ゲーム本編の登場キャラクターだ。
リームは……俺の許嫁だ。
といっても、原作スタートしたときにはすでにその関係はなくなっている相手なんだが。
さて……どうしようか。
リームとの婚約関係に関していえば、それはもう小躍りしたいほどに嬉しいものだ。だって、リームは原作の主要キャラクターの中でも俺がかなり好きな方のキャラクターだ。
冷静沈着。常に主人公を支え、パーティーでは参謀のような立場で作戦を提案することもあった。
それでいて、お化けが苦手、実は食いしん坊といった可愛らしい一面もあり、何回か行われた人気投票では一位をとったことがあるほどの超人気キャラクターだ。
だからまあ……リームと会えるのは嬉しいのだが、だからといって喜ぶわけにはいかない。
というのは、リームが原作の主要キャラクターだからだ。
つまりまあ、主人公のパーティーに入って、この世界を平和に導いてくれる存在であり、彼女がいなければ主人公パーティーの戦闘能力が大きく落ちることになる。
仮に俺が仲良くなってリームとの仲も良好、とかになってしまうと、主人公パーティーに合流しない可能性が出てくる。
そうなったらどうなるか。……ゲームのエンディングに到達できなくなる可能性が出てくる。そしたら、魔王が世界を侵略するわけで……俺にとっても最悪な状況になる。
だから、俺が必要以上に彼女と関係を築くことはできない。……いくら、リームが好きなキャラクターだとしてもだ……!
そして、最高なのが……リームには、嫌われる必要があるということ。いや、最高ではなく最悪だ。何嫌われて悦ぼうとしてるんだ……!
リームはレイスくんのことが大嫌いで、最終的に婚約破棄をすることになる。
それから、リームは魔法学園へと通い、そこで主人公と出会い、あとは原作スタートだ。
つまり、もうすぐリームのストレスが限界に達し、鬱のような状態となり、彼女は自分の父に相談。
父はそんなリームを助けるため、この婚約をなかったものにしたいという話となる。
原作通り、リームと主人公を合流させるには、俺との関係をなくす必要があるというわけで……。
「……憂鬱だ」
好きなキャラクターに、嫌われるような行為をしなければならないわけで……それはちょっと嬉し――厳しいぞ?
というのも、会うたびレイスくんは横柄な態度とともにセクハラをしていたからだ。
それはもう、リームの豊満な胸を触ったり、尻を触ったりとその体を堪能していたのだ。羨ましい……ではなく、けしからん。
なら俺もそれを継続すればいいという意見もあるかもしれないが、俺の心情的に厳しい……。
どうすっかなぁ、という最初の悩みに戻るわけだ。
レイスくんがそこまでリームに強気だったのは、うちが侯爵家で、リームは子爵家だからだ。
レイスくんの許嫁の家柄がそこまで高くないのは、家族からの嫌がらせなのだが……それでもリームは立場が弱く、それを利用してレイスくんはストレス発散がわりに好き勝手やっていたというわけだ。
……まあ、もう十分リームは俺のことを嫌っているだろう。
あとはこれ以上は何もこちらからはしない。……あんまりやりすぎて、さらに恨まれて主人公と一緒に消そうとしてきたら嫌だしな。
リームとは月に一度程度会う予定で、ゲーム本編開始まであと一年ほど。
俺の婚約破棄が行われるまでも、もうすぐだろうし会う回数は数えるほどのはずだ。
屋敷に呼んだザンゲルと軽く魔力の練習をしていると、屋敷内が騒がしくなっていく。
……どうやら、リームが来たようだな。まもなくして、俺とザンゲルが訓練を行っていた部屋へと使用人がやってきた。
「レイス様、リーム様が来られました」
「分かった。ザンゲル、訓練に付き合ってくれて助かった。元の業務に戻ってくれ」
「分かりました……が、どうでしょうか? リーム様にも訓練を見ていただくというのは?」
「……え? どうしてだ?」
「……その。リーム様の家も武で成り上がった家です。聞くところによれば、リーム様もそれなりに戦えるそうですし、何か良いアドバイスをして頂けるのでは……と思いまして」
……なるほど。それはありかもしれない。リームもザンゲルほどレベルは高くないが【指導者】のスキルを所持していたはずだ。
ゲームでは、二人同時に指導してもらうことはできなかったが……ここはリアルだし、もしかしたらさらに効果があるかもしれない。
できたら儲けもの、程度でお願いしてみるのもいいかもな。
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