第5話
私は、この屋敷の兵団長を務めるザンゲル・ドレッド。
……先日、レイス様に剣の稽古をつけてほしいと言われ、滅茶苦茶面倒くさかった。
だって、どうせしょうもない貴族の思いつきの発言だと思っていたからだ。
だから、うまーく、逃げたつもりだったのだが……
「……まさか、正式に依頼されるとはな」
ため息を吐いた。
今朝方、当主であるルーブル様から、レイス様の指導を正式に任されてしまった。
こんなことになるとは思っていなかったので、私はため息を吐くしかない。
だって……あのレイス様だ。怪我をしたらどうせ癇癪を起こすし、教え方が下手だとかいちゃもんをつけてくるに違いない。
そんな奴の相手など、誰がしたいというのか。
「……ったく、面倒で仕方ないな」
そう愚痴をこぼしていると、兵団の副団長を務めるゲーリングが苦笑を浮かべていた。
「ザンゲルさん。今日からレイス様の訓練を行うんですよね?」
「ああ、そうだ。まったく、なんでまた剣と魔法を学びたいなんて言い出したんだがな」
「……分かりませんよ。まあでも、適当に流したほうがいいですよ。アレは、親たちに負けず劣らずの問題児ですからね」
「……そうだな」
本当は、仕えるべき当主の子どもをそんな風に言う部下をしかりつけるべきなんだろうが、この兵団にヴァリドー家への忠誠を誓っているものなど誰もいない。
今兵団に残っている少数の兵士たちは、ただただこの街の出身でこの街を守りたいという一心だけでここにいる。
彼らが忠誠を誓っているのは、ヴァリドー家ではなくヴァリドールに対してだ。
レイス様との訓練の時間となったところで、私は何度目か分からないため息とともに訓練場へと向かった。
ヴァリドー家の屋敷の隣には、兵団の宿舎と訓練場があった。レイス様とは訓練場の一画、兵団の訓練の邪魔にならない場所を用意していた。
さてさて……レイス様がいるのかどうか。いなければそれでいいんだけどな、と思っていたが……すでに彼はそこに待っていた。
驚いた私は、少し急いだようなフリをしてそちらへと向かう。小走りでレイス様のもとへと向かうと、彼はこちらへと振り返った。
……彼は、見慣れない装備に身を包んでいた。たぶんだが、街で売っているものだ。
ブレスレットにネックレス、指輪とあとは靴も戦闘用に変えているか。
そして、両腰には短剣が身につけられている。
「そちらの装備品は?」
「……ん? ああ、ゲームでは成長率に補正が……い、いや……訓練による効果をより得るための装備品でな。まあ、気にするな」
「はぁ……?」
何をこの人は言ってんだ? 装備を冒険者らしいもので揃えたからって、冒険者のように強くなれるわけではないだろうに。
……まあ、形から入るというのも悪い話ではないし、別にいいか。
レイス様はこちらをちらと見てから、軽く頭を下げてきた。
「それじゃあ、改めて。今日からよろしく頼む」
といって、彼は頭を下げてきた。
それに少し驚いてしまい、私は返事に遅れてしまった。……しかし、ここで何も返さずに無視をするというのは大変失礼にあたるため、慌てて口を動かした。
「え、ええ……こちらこそ。よろしくお願いいたします」
「それじゃあ、早速訓練を開始していこう。基本的には模擬戦形式で行って、俺の動きなどを指摘してほしい」
「……分かりました」
「俺は戦いの素人だし、全力でやっても問題はないな?」
「ええ、構いませんよ」
「よし、分かった。それじゃあ、早速始めようか」
レイス様はそう言ってから両の腰に下げていた短剣を握りしめた。
どこかで見覚えがある。……たぶんだが、倉庫にあったものか。
それにしても、短剣を武器にするのは珍しいな。もっといい短剣が倉庫にはあったと思うが、どうしてよりによってそれにしたのだろうか?
まあどうせ、レイス様は目利きができないだろうし、短剣の価値も分からないか。
「短剣での訓練を行っていくのですか?」
「ああ、まあな。主人公以外が使える中での最強武器が短剣なもんでな」
シュジンコウ? よく分からないが、演劇や小説などの話をしているのだろうか?
「はぁ? どういうことでしょうか?」
「……あっ、すまん。独り言、みたいなものだ。それじゃあ、好きに攻撃を仕掛けていいんだな?」
レイス様は慌てた様子で話を戻した。
私としても、特に気になったことはなかったので、先ほどの会話を特に掘り下げることはせず、頷いた。
「ええ、はい。どうぞ」
そういった次の瞬間。レイス様が地面を蹴りつけた。と、同時にこちらへと迫ってきた。
思っていたよりも速い。だが、単調な動きだ。
読みやすい一撃とともに振りぬかれた短剣に、剣を合わせ、その体を弾き返す。
「……魔力による身体強化を行っていますか?」
「……ああ、そうだ」
やはりそうか。本を読んでいたらしいので、知識としてはもっていたのだろう。
ただ、まだまだ不安定だ。
……あんまり、指摘とかしてレイス様の不満を溜めて怒られたくはなかったのだが、私はついいつもの癖で注意する。
「魔力はもっと抑えてください。体全体を万遍なく強化してください」
「……分かった」
それから、レイス様は素直に私の指摘を受けては、訂正を繰り返しながらひたすらに攻撃を繰り返していく。
……まだまだ初日であるため、動きは素人に毛が生えた程度のものだ。
だが……レイス様もヴァリドー家の人間であることは、分かる。
動きの端々に、才能の片鱗を感じる。
レイス様の祖父――先代のロートル様のように。
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