第4話



「分かった。それじゃあ、家族と話して許可がおりたらまた頼んでもいいか?」

「ええ、もちろんです」


 にこり、とザンゲルが微笑み、頭を下げてから去っていった。

 頭をかいてから、俺はため息を吐く。

 家族に、会いたくねぇ。


 今の俺は屋敷の端のほうの部屋にぽつんといて、この部屋から出ることがなければ彼らと顔を合わせることはまったくといっていいほどない。

 事実この体に転生してからまだ一度も会っていない。


 ただ、レイスくんの記憶にいるヴァリドー家の面々は、正直言って相手したくないようなゴミみたいな性格の奴らであり、彼らに俺のお願いが通るとは思えない。

 ザンゲルは……面倒くさがりな性格だ。だから、さっきのような提案をしてきたんだろう。

 直接俺の頼みを聞きたくはないが、立場上、断るのも難しい。だから、俺の家族を利用した、というわけだ。


 あんちくしょうめ。……いやまあ、元はといえばレイスくんが嫌われるような態度を取り続けていたのが悪いんだ。


 「今の俺は別人だよ! 中身が変わってるんだよ!」と言ってもとうとう頭までもおかしくなったのかと思われるだけだろう。

 こりゃあまた一つ、障害が出てきてしまったが……しゃあない。


 障害、と聞くと……興奮してきてしまうものだ。くそぉ、レイスくんは何にでも悦びを覚えられるんだな。

 ひとまず、家族たちを説得して、最高レべルの【指導者】スキルを持っているザンゲルに教育してもらわないとな。



 俺の家族と交渉するうえで、一般的な家庭でよくあるようなおねだりは通用しない。

 俺と家族たちとの間には大きな壁があるわけで、彼らが好むような結果を引きずりだす必要がある。

 家族たちは、俺が望むことを拒絶し、俺をいじめることに喜びを覚えているやべぇ奴らだ。

 つまり、だ。


 「俺が剣の訓練を望んでいない」という状況を作り、家族が無理やりに剣の訓練をさせたがる状況を作り上げればいい。

 その前提条件を踏まえれば、簡単だ。


 俺が魔法を学びたがっていることをアピールする。

 その日から俺は廊下を歩きながら、魔導書を読み進めていく。

 すべては、家族たちに魔法を学びたがっているというのを知らせるため。


 もちろん、これだって基礎訓練の一つだ。魔法に関する勉強をすることで、魔力や魔法攻撃力を鍛えられる。

 ……ただ、【指導者】スキルを持った人が教育係としてついていないとその効果はあまり高くはない。


 気休め程度ではあるが、日々その鍛錬を行っていくと、廊下などで家族とすれ違うことがある。

 両親は俺に冷たい視線を向けてきて、ぼそぼそと何かしらの悪口を残していく。

 長男と次男に至っては、俺にわざとらしく肩をぶつけてきて、嫌味な笑みを浮かべて去っていく。


 ……さすがに、レイスくんもこれには興奮していなかったようで、ただただ嫌悪感が積み重なっていく。

 どうやら、レイスくんは家族以外の異性にいじめられるのが好きだったようだな。


 ……きっと、彼の生まれが影響してそんな歪んだ性癖を獲得してしまったんだろう。

 そんな日々を送っていると、両親から呼び出しを受けた。

 場所は食堂。家族たちが食事中のそこに、俺の席はもちろんない。


 ……まあ、これが俺のこのヴァリドー家での立場だ。

 俺の父……ルーブル・ヴァリドーは俺をちらと見てから、不快そうにこちらを睨んでくる。


「レイス。なぜおまえがここに呼ばれたか……分かるか?」

「……いえ、分かりません」

「貴様、最近魔法の勉強をしているそうだな?」


 父の苛立った問いかけに、周りの家族たちもそろって睨みつけてくる。

 ――キタキタ!

 なんて、喜びそうになる心を抑える。


 想定通りに事が運んでいるようで、大満足だが、ここで笑顔を浮かべるわけにはいかない。

 あくまで、深刻そうな表情を浮かべる。

 彼らの苛立ちの理由ももちろん分かっていたが、俺はそれが分からない無知なふりをさせてもらう。


「……そ、そうですが……それがなんでしょうか?」


 レイスくんは、平民たちには偉そうな態度をしているのだが、家族にはこのような態度だ。

 俺の問いかけに、父の顔が一瞬で真っ赤になった。


「魔法は貴族にのみ許された力だ!」


 その声は雷鳴のように響き渡り、部屋の隅々まで震わせた。

 ……ゲームの設定では、魔法が使えるのは貴族と一部の才能あふれた人たちくらいのものだ。

 まあでも、そこはゲーム。仲間になる平民のキャラクターたちはだいたい、才能溢れた人たちで、皆魔法の力を持っていた。


 ひとまず父が怒鳴りつけてきたので、ビビッたふりをしておいた。


「貴様は、たまたま生まれてしまっただけの存在なのだから、魔法の勉強などするんじゃない!」

「も、申し訳ありません……で、でも俺も魔法の勉強がしたくて……」

「第一、貴様の適性ある魔法は、空間魔法だろう。まったく使えないとされるそんなものの練習など無意味だ! 気に食わんから目につくところで練習なぞするな!」


 だ、黙っていれば好き放題言いやがって……。

 そもそも、テメェが欲情して使用人に手を出して、俺が生まれたのが原因なんだろうが……!

 子どもを殺せばその家は呪われる、というのがこの世界での常識であるため、ひとまず俺は産み落とされたが、その後、やはり我慢できないとこの義母が俺の母を殺した。


 その後、仕方なくという感じで育てられているのが俺である。


「……そ、それでも……俺は魔法の勉強が……したいんです。お、俺だって魔法を使えますし……兵士たちと違って、魔法で戦えるようになりたいんです!」


 俺がそう必死に訴えかけると、父がこちらにやってきて拳を振り上げようとした。

 しかし、その時だった。ニヤニヤと見ていた長男のライフと次男のリーグルが、こちらへ下卑た笑みを向けてくる。


「父さん。オレいいこと思いついたよ」

「オレもオレも」

「……なんだ?」

「その無能にさ、剣でも教えたらどうだ?」

「……剣を?」

「そうだよ。戦いって言ってたろ? だから、剣を教えてやるんだよ」

「ふむ……」

「剣ってさ、平民が学ぶもんだろ? 才能ないあいつらと同じ剣を学ばせてやればいいんだよ」


 神かお前たちは! 心の中で感謝の声をあげながら、俺はしかし表情では決死の表情を浮かべる。


「い、嫌だ……! け、剣なんて俺は学びたくない……! お、俺も魔法使いに……!」


 そう叫んだ瞬間だった。父の魔法が放たれた。

 風の一撃が俺の体を殴りつけると、派手に吹き飛ばされる。食堂の壁へと叩きつけられ、近くで控えていた給仕の使用人が短く悲鳴を上げるのが聞こえた。


 い、いっでぇ……! こ、こんだけ痛いんだ。基礎訓練として扱って、魔法防御のステータス強化でもしてくれなきゃわりに合わんぞ?

 苛立ちを抱きながら顔をあげると、そこには家族たちの下卑た笑顔があった。

 俺を、見下した馬鹿にした笑みだ。


「そうだな。貴様には剣の訓練をつけてやろう。毎日、平民たちと混ざり剣の訓練をするように」

「そ、そんな……! 剣なんて学びたくありません! それに……まさか! あの平民のザンゲルに指導させるようなことなんて……絶対に嫌です!」

「……そうかそうか。それならば、ザンゲルをお前の指導者として指名してやろうか」


 よっしゃ! ミッション達成。うまく行きすぎて笑ってしまいそうだ。

 これで、ザンゲルという指導者を手に入れたぞ。

 俺の未来を変えるための第一歩をようやく踏み出すことができた。


 絶望的な表情を浮かべながら、心の中でガッツポーズをしながら小躍りをしていると、がしっと! 頭を踏みつけられた。

 ……ら、ライフぅぅぅぅ! てめぇ……! 汚い足で踏みつけやがってぇぇ!


 俺は美少女に踏みつけられる分には一向に構わないが、テメェみたいな薄汚いデブの小僧に踏まれる趣味はねぇぞぉぉぉ!

 い、いや美少女に踏みつけられるのも勘弁だ……! 何考えてんだレイスの体は!

 だが、今の俺はまだ立場はもちろん、力もない。


「はっはっはっ。良かったじゃないか!」

「これで、お前も立派な平民に一歩近づけたな……!」


 そういったところでライフが足をどかしてくれたので、俺は顔をあげる。

 ……新たな目標ができちゃったぞ。

 俺の破滅を回避するのはもちろんだ。

 だが、それとは別にもう一つ――。


 ――こいつらをぶちのめす!

 ヴァリドー家の連中をやり返せるような立場を手に入れ、これまでにやられたことを何倍にもして返してやる!

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