第3話


 仕方ない。

 自分よりも年上の人たちに敬語を使わないのは少し気になってしまうが、今まで通りに振舞ったほうがいいか。


「さっきのは、忘れてくれ。……二人とも。改めてお願いしたいが、今からザンゲルを呼び出してほしい。話したい事がある」

「へ、兵団長を……ですか? し、しかし――」

「……難しいか?」

「い、いえ! そんなことはございません……! 至急、確認へ向かいます!」


 慌てた様子で叫んで走り出した兵士。

 もう一人の兵士は逃げるタイミングを逃したことを後悔するかのように、去っていった兵士の背中を睨んでいた。


 ……また、怯えさせてしまったようだ。

 思った以上に、レイスくんの悪役キャラは定着してしまっているようで、どこからどう取りかかればいいか分からんな。

 ……でも、改善してしまったらもう敵意を向けてもらえないかも――いや、だからこの思考は忘れろ、俺。


 ちらと残っていた兵士を見ると、彼はガタガタと震えていた。

 ……このまま、世間話をしたところで彼には恐怖の記憶しか残らないだろう。


「先ほどの兵士が戻ってきたら、部屋をノックしてくれ。中で待っているからな」

「わ、分かりました……!」


 兵士にそう伝えて部屋へと戻ろうとすると、彼が慌てた様子で頭を深く下げてきた。

 ……まったく。

 こんなに怯えていなくてもいいだろうに。


 ちょっと寂しくなってきてしまう感情と同時に、そこまで何かに怯えられる彼を羨ましがる心もあった。

 それから、数分部屋で待っていると、扉がノックされた。


「……レイス様。ザンゲルです。今よろしいでしょうか」

「入ってくれ」


 声をかけると、ザンゲルが兵士とともにやってきた。兵士を入り口で待つように指示を出し、ザンゲルが扉を閉めてからこちらに深く頭を下げてきた。

 ……彼は平民の出身だったが、さすが騎士団に所属していただけはあり、その立ち居振る舞いは丁寧だ。


 すたすたとまっすぐにこちらへやってきたザンゲルは、それから俺の元へとやってきて問いかけてきた。


「私を呼んでいるというお話でしたが、どうされましたかレイス様」

「単刀直入に話そう。剣と魔法についての指導をしてほしい」


 俺がそう言うと、一瞬ザンゲルは驚いたように目をぱちくりとする。


「……レイス様が、でしょうか?」

「そうだ。他に誰かいるか?」

「いえ……失礼しました」


 ……いや、そんな本気で謝らなくても……。こっちは冗談っぽく話したのだが、やはり今の態度だとそれも伝わることはなさそうだ。


「ですが……失礼なのは理解していますが、どうして剣と魔法を学びたいのでしょうか?」


 ザンゲルは探るようにこちらを見てくる。

 彼はこの国にとっくに希望など持っていない。

 ……そんな彼に対して、どこまで俺の言葉が伝わるかどうかは分からない。

 とはいえ、嘘偽りで綺麗な言葉を並べたところで、恐らくザンゲルの心には届かないだろう。


「俺は……死にたくない」

「……死にたくない、ですか?」


 ぴくり、と反応したザンゲルは眉間を寄せる。誰もが抱く感想だとは思うが、この部屋に置いてその発言がされるとは思っていなかったのだろう。

 だから、ザンゲルは俺の言葉に耳を傾けてくれたようだ。

 ひとまず、話出しは成功。あとは、どうなるかだ。


「ああ。ヴァリドールは過去の歴史を見ても、もう数十年は平和だ。『悪逆の森』にいた魔物たちは、賢者の力によって封じられたのは本当らしいな」


 ……ヴァリドールと『悪逆の森』に関して屋敷に残っていた資料を見てみたが、


「……そうですね。百年ほど前にいた賢者さまが作り出した結界のおかげもあり、現在は魔物たちが外に出てくることもほとんどありませんね」


 ……そう、ほとんどだ。

 ただ、稀に数体の魔物が森の外で確認されているわけで、賢者が施したという結界だって完璧なものではないというのは分かっている。


 だが、我がヴァリドー家は動かない。周りの貴族に合わせての浪費や、それぞれの趣味による無駄遣い。

 現在は、重税や備蓄などの売却、軍事費の削減で成り立ってはいるのだが、それだっていつまでもつかは分からない。


 ゲーム本編では、『悪逆の森』のスタンピードが発生しなくとも、いずれは領民たちの反乱でヴァリドールは潰れていたのではないかと言われていたしな。


「これから先、いつまでも平和が続けばそれが一番だ。もしもそれなら、家族たちが今のような生活を続けていても、少なくとも対外的に大きな問題は起こらないからな」

「……」


 ザンゲルは口を閉ざして俺の話を聞いていた。俺の家族たちを否定する言葉に、その家族たちの部下であるザンゲルが頷くわけにはいかないだろう。


「……だが、いつ何が起こるか分からない。俺はその時に、死にたくはない。……だから、生き延びるための力をつけたいと思い、お前に指導をお願いしたい」

「そういうことでしたか」


 ザンゲルは小さく息を吐いてから、思案している。


「お前は元王国騎士団副長だったと聞く。そこらの兵士たちよりもよほど、経験は豊富だと聞いた。頼めないか?」

「……そうですね」


 しばらくザンゲルは考えるように顎に手をやる。

 その表情は少し険しい。……というか、どう断ってやろうか、というのがありありと見える。

 ……これも、俺がレイスくんとして横暴な振る舞いをしていたせいだな。

 誰も彼も、俺に協力的な人間はこの屋敷にはいない。……ったく、レイスくんは何を思って周りすべてを敵に回していたんだか。


 いや、いいから。記憶から主張しないでくれ。皆にいたぶられるのが快感だとかうん、もういいですから……。


「かしこまりました。ですが、あなたの指導を行うにはご家族の許可が必要かと思います」

「……そうだったな」


 俺が勝手なことをすれば、家族がキレる。妾との間に生まれた俺は、家族の中でもっとも立場が弱く、誰からも愛されていない。

 ……だから、レイスくん自身の性格も歪んでしまったんだろうな、とは少し思わないでもなかった。

 だからって、メイドにSMプレイを強要するのは歪みすぎでは?

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