第2話
『悪逆の森』で発生したスタンピードは、俺が十五歳になる歳に発生する。つまりまあ、ちょうどあと一年ほど。
さ、作戦会議をしよう。
俺が、これから五体満足で生き残る方法――つまりまあ、破滅の未来を回避するために何をどうすればいいのか。
俺にとっての破滅の未来……それはもちろん原作の通り進行することだ。
ゲーム本編開始前のスタンピードに巻き込まれ、隻腕になり、主人公と敵対し、殺される……。
俺にとっての最悪のバッドエンドは間違いなく、これだろう。
では、これを回避するためにどうすればいいのか。
簡単だ。スタンピードの発生に巻き込まれないようにすればいい。
……おおよそ、発生するタイミングも理解しているのだから、その前に街を離れてしまえばいいだろう。
……離れられるのか?
レイスくんの立場は、あまり良くなかった。
妾との間に生まれた子どもであり、所有していた固有魔法も消費魔力が多く、「しかし魔力が足りなかった!」とかいうテキストが出てくるような燃費最悪の空間魔法。
親の許可なく、街の外に出ることが禁じられているため、俺はスタンピードを予測していても、逃げるようなことはできない。
……仮に、誰かにスタンピードについて話しても、信じてももらえないだろう。事実、もう百年ほどは発生していないんだしな。
だからヴァリドー家から危機感がなくなってしまったわけでもある。
つまりまあ、何もしなければ俺はこの屋敷でスタンピードに巻き込まれるその日までを過ごさなければならない。
……あれ? 詰んだ……?
い、いや諦めるでない、俺。
スタンピードが回避不能なら、迎え撃てばいいわけだ。
すなわち『悪逆の森』からあふれ出したすべての魔物を仕留めればいい。
……で、できるのか、俺に?
レイス・ヴァリドーというキャラクターのスペックを、改めて思い出す。
……うーん、特別強かった記憶はない。
しいてあげるなら、空間魔法というぶっ壊れた魔法を持っているくらいだが、彼はロクに訓練を積んでこなかったため、魔力が少なく、魔法が使えないネタキャラだ。
主人公に挑んだときだって、剣も魔法もダメダメで、魔族の手によって魔物へと改造されてようやくちょっと戦えるようになった程度のかませな悪役キャラだ。
………………いや、詰んだとか考えてないぞ? ただ、ちょっと絶望的だなぁ、とか思ったくらい。
「でも、俺だってゲームのキャラクターなら……ゲーム知識で鍛えられるはずだよな」
原作のレイスくんと、今の俺との違いは……ゲーム知識があるということ。
ゲームでは、基礎訓練を行うことで魔力や基礎ステータスを鍛えていくことができる。現状、ステータス画面を見ることはできないが、ここがゲーム世界ならばきっと同じように鍛えていけば……少なくとも、ゲーム本編よりも強くはなれるはずだ。
……あとは、その鍛え方だ。
普通に、鍛えていたら……間に合わないの確実だ。
ゲームでは、【指導者】のスキルを持っているキャラクターに訓練をつけてもらうと、ステータスの伸びが跳ね上がった。
今はまだ、原作開始前で……ゲーム知識がどこまで通用するかどうかという不安はある。
だが、やるしかない。
【指導者】持ちキャラクターの居場所も……原作開始時点でのものになるが、知っている。
「……やって、やろうじゃねぇか」
どこの誰が、こんな奴に転生させたのか分からないが……俺をこの世界に転生させたことを後悔させてやる。
「ふっふっふっ……こんな逆境的な状況……興奮してきたって……これは、レイスの性癖が残っていやがる……?」
……なぜか、こんなに追い詰められているというのに、体はゾクゾクと感じたことのない感情に襲われていた。
一度考え始めると、メイドの鞭が恋しくなってきてしまい、俺は必死に首を横に振る。
『悪逆の森』のスタンピードも、原作主人公による脅威も、すべて退け、最高のドSヒロインたちを囲ってやる……! いや、違う!
破滅の未来を回避する!
……どうやら、俺の中にレイスくんも残っているようで、どうにもしまらない部分はあったが、まずは自分を痛めつけて鍛えるところからだな。
【指導者】スキル持ちの一人を探すため、俺は屋敷の兵士たちの名簿を確認していた。
その兵士たちの名前の中に、俺はある人の名前を見つけ、ほっと胸を撫でおろす。
「……やっぱり、いてくれたか」
元王国騎士団副団長ザンゲル。
現在四十近い年齢のザンゲルは騎士団を引退し、このヴァリドー家の兵団の指導係を務めてくれている男性だ。
ちゃんと、この時点でヴァリドールにはいてくれたんだな。
ゲーム本編開始時点のヴァリドールは、『悪逆の森』によってその街の大半が機能を失っていた。
復興状態のヴァリドールにて、復興作業の中心に立っていたのが、このザンゲルという男だった。
ザンゲルの居場所については、王国騎士団かこのヴァリドールのどちらかにいるのではないかと思っていたが、予想が当たったようだ。
ただ、問題はザンゲルに指導のお願いをしたところで、受け入れてもらえるかどうかだ。
ザンゲルはこの国の腐りきった状況を理解していた。
貴族が平民を虫けら同然に扱っていることや、貴族たちの腐敗しきった部分を見てきた彼にとって……ヴァリドー家はどちらかといえば敵側の存在だ。
ヴァリドー家に大した忠誠心を持たないザンゲルに、剣と魔法の指導をお願いしたところで体よく断られる可能性がある。
……まあ、やってみるしかないか。
ひとまず、ザンゲルを呼び出し、俺の今の考えについて話してみるしかない。
俺は席から立ち上がり、小さな部屋を出る。……俺に与えられた部屋は兄たちに比べてかなり小さい。
それはやはり、妾との間に生まれた子どもだからだ。おまけに、部屋の外には勝手に出歩かないようにと、兵士の見張り付き。
部屋の外に出ると、見張りである二人の兵士がちらとこちらを見てきた。
俺と目が合うと、怯えた様子で背筋を伸ばしている。
……そういや、レイスくんは自分以下の人間に対して横柄な態度を取っていたな。
そのせいで、家族からだけではなく、使用人や兵士たちからも嫌われているという……誰も味方のいないハードモードだったな。
なんでもう、レイスくんはそんな無茶なことをしてしまったのか……。
記憶を探ってみると、どうやら……この逆境状態がいいようだった。
……人に嫌われ、蔑まれるような目を向けられるのがいいってどんな奴だよ。
たまたま廊下にいたメイドが嫌そうな目を向けてきて、体がゾクゾクとする。く、くそぉ……感じたくないのに、感じてしまうなんて……最悪な体だ。
と、とりあえず……まるで味方がいない状況ではこの先問題も出てくる。
周りの評価に関しても変えていきたいが、一日二日でどうにかなるものではない。
とりあえず、普段から気を付けよう。
「れ、レイス様? どうされたのですか?」
怯えた様子で問いかけてきた兵士に、俺はできる限りの笑顔を向ける。
おい、なぜビビっているんだ。俺が笑顔で脅しているみたいじゃないか。
「少しいいですか? お願いしたいことがあるんですけど」
俺は、二人を恐怖させないようにとできる限り丁寧に声をかけてみたのだが、ますます二人は体を震わせてしまった。
……なぜだ。
こちとら、丁寧な印象を与えるために敬語を使ったんだぞ? ……いや、使ったからか。
普段のレイスくんは命令口調で、常にイライラした様子で平民と話していた。
そうすることで、より平民から嫌われることをレイスくんは理解していたからだ。
それによって、敵意を向けられるのが最高なんだ。
まあ、とにかく普段は偉そうな態度をしていた奴が突然敬語になったんだ。
怖いよな……。
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