第1話
「こ、これでも……喰らってください!」
「はう!」
オレの頭に、メイドの振りぬいた鞭が振り下ろされた。
これまで何度も体験してきた鞭の痛み――しかし、その日はいつもとは違った。
脳内に、突如としてあふれ出した記憶。
――自分が悪役貴族、レイス・ヴァリドーに転生したという、現実を、理解した。
「れ、レイス様……? だ、大丈夫でしょうか……?」
鞭を構えていたメイドが、突然固まってしまった俺を見て、驚いたように固まっていた。
不安そうに鞭を持ったままのメイドが、こちらを見てくる。
……なんて、最悪のタイミングなんだ。
レイス・ヴァリドーはとあるゲームに出てくる悪役貴族だ。趣味の一つにSMプレイがあり、メイドに無理やり鞭を持たせて叩かせていたものだ。
……まさか、そんなプレイの最中の衝撃で前世の記憶を取り戻すなんて。
穴があったら入りたいくらいの羞恥はあったが、俺はあくまで冷静に口を開いた。
「だ、大丈夫だ……今日は、もうこれで終わりでいい」
「……そ、そうなんですか? い、いや……違いますか……」
「ん?」
何かに気づきました、みたいな顔をしているんだこのメイドは。
「こ、これもプレイの一環……ということですか!?」
「い、いや違う!」
「……れ、レイス様、あなたにやめるという選択肢があると、思っているんですか?」
「違う違う違う! ガチの終わりの奴だから! 今日はやることを思い出したんだ……っ! さっさと去らないか! 殺すぞ!」
悪役貴族としての口調を真似するように叫ぶと、メイドは俺の本気に気づいたようで慌てた様子で逃げ去っていった。
……ふう。
あのメイドには悪いことをしてしまったが、ひとまずこれでいいか。
それから、俺は改めて自分の記憶を確認する。
……うん、間違いない。
俺には日本で過ごした前世があり、そして今は……なぜか『ホーリーオーブファンタジー』というゲームに登場する悪役貴族レイス・ヴァリドーに転生したんだ。
……はぁ、なんでこんなことになってんだ。
プレイルームに使っていた地下室から、俺は自分の部屋へと向かう。
「どうせ転生するなら、もっとまともな奴がよかったな……」
……ここは『ホーリーオーブファンタジー』というファンタジーRPGの世界。
レイス・ヴァリドーはそこに出てくる主人公の敵である中ボスだ。
……これから、どうすればいいんだか。
ゲーム本編通りに物語が進めば、俺は主人公と敵対し、殺される運命にある。
さすがに、死にたくはない。
それなら、俺が生き残る方法を考える必要がある。
……『ホーリーオーブファンタジー』ではいくつかのエンディングがあった。ルート次第では、俺が生き残るものもあったかもしれない。
俺は必死に、前世の記憶を思い返していく。
近くの机に置かれていた紙に思い出せるだけのレイスくんに関連するイベントを書きなぐっていく。
……えーと、一つ目のルートは自分の力量を見誤って、主人公に挑んで、死ぬだろ?
二つ目のルートは……主人公のヒロインにちょっかいをかけて、色々あって死ぬだろ?
三つ目のルートだと……主人公を倒すために、魔族の力を借りて死ぬだろ? 魔物の力を体内に取り込もうとして失敗して死ぬだろ?
……あれ? 俺のハッピーエンドどこ?
おっかしーなー? レイスくんの人生茨の道すぎない?
なんでこんな絶望しかないキャラクターに転生してしまったんだ、って感じ。
もう何度目か分からないため息だ。
椅子に座りながら、俺はしばらく頭を抱えていたのだが……俺はそこではっと自分の両腕を見る。
「……そういえば、なんで俺は両腕があるんだ?」
……ゲームのレイスくんは、隻腕のキャラクターだった。
主人公にそれを心配されて手を貸そうとしてきたところ、レイスくんはキレた。
なぜか? 平民ごときに手を貸されるのが嫌だったからだ。
そんな印象的なイベントもあったので、レイスくんが隻腕であるのは確定。
おまけに、レイスくんはまだ貴族、なんだよな……。
ゲーム本編が始まった時点でレイスくんはすでに、貴族ではなかった。
……つまり、これから俺が隻腕になって、家が爵位を取り上げられるようなイベントが発生する、ってことだよな。
俺が隻腕になった原因……。それと、ヴァリドー家が破滅した理由……。
「確か、ゲームの設定年表に細かく色々書かれていたよな……?」
俺は設定資料集を必死に思い出し、できる限りの情報を手元の紙へとまとめていく。
すべては、俺の破滅の未来を回避するために。
俺と、俺の家の破滅に関連することから、そうではないことまで思い出せるものすべてを書きなぐっていく。
そうして、必死にまとめた俺は……できあがった多少ぬけのあるこの世界の年表を見ながら、ため息を吐いた。
まず、分かったことは現在が……原作開始前であること。
ここからあと一年ほどが経ったところで、『ホーリーオーブファンタジー』の物語が始まる。
そして……その前に、俺にとっては一大事なイベントが発生する。
「……思い出してきたぞ」
俺の家が滅亡した理由は、簡単だ。
魔物に襲われたからだ。
……ヴァリドー侯爵家は、ヴァリドールという街を管理しているのだが、その目的は街の安定した管理ととともに街と国の防衛という仕事が与えられていた。
ヴァリドールの北には、『悪逆の森』と呼ばれる凶悪な魔物が住み着いたいわゆるダンジョンが存在していた。
ここは、数百年前に賢者が結界を作り、魔物を押さえ込んでくれていたのだが、それでも稀に魔物が外へとあふれ出してしまう。
外へとやってくる魔物たちを押さえ込むというのがヴァリドー家に与えられた任務だった。
だが、ヴァリドー家は腐っていて……国から与えられる軍事費をちょろまかしていた。
本来軍事費に使わなければならないものを、ヴァリドー家は自分の趣味娯楽費に回していた。
その結果、『悪逆の森』で発生したスタンピードにまったく対応できず、近くの街にあったヴァリドールが襲われることになり、さらにそこからいくつかの街にまで魔物が襲い掛かり、大損害を出した。
そこでようやく、色々な悪事がバレ、ヴァリドー家は爵位を取り上げられ、晴れて我が家は貴族としての立場を失った……というわけだ。
ついでに言えば、このスタンピードに巻き込まれてしまったレイスくんは、片腕を魔物に食われたが、何とか一命をとりとめ……原作開始時点の隻腕のレイスくんとなったのだ。
それから、無駄に頭の良かったレイスくんは学園へと入学し、そこで主人公に出会い……ちょっかいをかけまくり、最終的にはラスボス側の魔族に騙され、操られ、殺される……というのがだいたいのルートでのレイスくんの末路だ。
オーマイガー……。どうすんのこれ……。
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書籍化しました! 詳細は近況ノートへ! キャラクターのデザインなどもありますので、今後読むうえでの参考にどうぞ!
https://kakuyomu.jp/users/nakajinn/news/16818093088995923887
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