第11話




 屋敷へと戻ると、先に戻っていた兄たちは無事だったフィーリア様を褒め称えるような言葉を並べていた。


「よ、よくぞご無事で……っ!」

「まさか、フィーリア様がハイウルフを倒されたのですか!?」

「……倒したのは、あなた方の弟ですよ」


 すっと、フィーリア様がこちらを指さしてきた。

 その言葉に、兄たちは驚いたように目を見開き、それからくすくすと笑った。


「フィーリア様。ご冗談を」

「彼は、我が家でもっとも弱い能無しですよ? ろくに魔法も使えないこのゴミでは何もできませんよ」

「もしや、うちの兵士たちが――」

「黙りなさい!」


 フィーリア様が、ぶちぎれた。

 あまりの迫力に、兄二人はガタガタと震え出した。

 フィーリア様は俺の肩に触れながら、さらに言葉を続ける。


「彼が能無し? それであればあなたたちはなんですか! 彼のおかげで私は命を救われました。あなた方が逃げている間にです! 何も力がないのなら、初めから素直に報告しなさい!」

「そ、そんなこと……ありえませんよ!」

「だって、こいつは能無しで……」

「……はあ、もういいです」


 フィーリア様は冷たい視線を返す。

 ……兄たちから完全に興味を失ったようだ。

 フィーリア様は短く息を吐いてから、


「あなた方の能力の無さは理解しました。今回の件はすべて、私の父に話をしますので」

「な、何か誤解を……」

「あなた方と話すことはありませんから。レイスさん。それではまた会う機会がありましたらよろしくお願いします」

「……はい」


 フィーリア様は兄たちたには冷たく言い放ち、俺には微笑を残して去っていった。

 どうやら俺のことは嫌っていないようだった。

 フィーリア様が去っていった後、家族たちが緊急会議を開いていた。


「……ど、どうする?」

「……お、親父……さすがにまずいんじゃないか?」

「……ままあ、大丈夫だ。王とは幼い頃からの付き合いもあるし、王都には交流の深い貴族も多いからな。いくらでも、根回しはできるさ」


 にやり、と父は笑みを濃くする。

 ……確かに、父のそういった手腕はかなりのものらしく、親しい貴族は多いんだよな。

 さて、どうなるのか。


 俺としても、できれば路頭に迷うようなことにはなりたくないんだよな。

 強い肉体を作るには、それなりの食事環境とトレーニング環境が必要だ。

 家族への不満は多いが、自由にやれているという点では最高の環境なので、できればここから離れたくないんだよなぁ。




 フィーリア様が城に戻ってから数日が経った時、父が王都に召集された。

 そして、戻ってきた父は……笑顔だった。


「親父! どうだったんだ!?」


 長男のライフが期待するような顔で問いかけると、親父はぐっと親指を立てた。


「少し怒られたが、これからちゃんとやると泣きついたら厳重注意で終了だ! まあ、俺は王の幼馴染だからな!」

「おお! マジか! でも、ちゃんとするってどうするんだ?」

「軍事費にきちんと回し、優秀な兵士を集めるように話をされたんだ。まあ、そこはいくらでも誤魔化せるからな。全部、兵士のために購入した、といえばいいのさ」

「確かに、そうだな。さすが親父だぜ!」

「はっはっはっ、当たり前だ」


 何も変化はないようだな。

 ……とりあえず、様子見だな。

 俺としては、ひとまずトレーニング環境が守られれば別にあとはどうでもいい。


 ……なんか前世を思い出すな。俺の勤めていた会社が、業界的に尻すぼみしていた。

 うちの会社も、新しい分野を開拓することもなく、早期退職者を募集するなどして経費を削減していったのだが、まあ会社にしがみつかなくてもいい優秀な人からどんどん抜けて行ってしまっていた。


 将来的にうちの会社はなくなるんだろうなぁ……と思いながら仕事をしていて、それがせめて自分が生きている間ではないことを祈っていたのだが、まさか同じ経験をもう一度することになるとは。


 絶望的な状況ではあるが、俺は自分の身を守るために、今日も訓練だ。


 ……恐らくだが、フィーリア様の危機は、まだ俺が考えていたものではないような気がする。


 さすがに、ハイウルフが危険な魔物だとしても、ハイウルフ一体に街が壊滅状態にはならないだろう。

 となると、またどこかでフィーリア様の命が脅かされる事件が発生し、そこで俺は隻腕になってしまうんだろう。


 ……準備をしっかりしていけば、なんとかなるだろう。

 それに……これはチャンスだ。

 家族たちが無能でいてくれるのなら、俺にもチャンスが回ってくるはずだ。


 ――この家を手に入れるためのチャンスがな。


―――――――――――

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