第10話




「れ、レイスさん……? あなたは確か、ヴァリドー家の三男の……」


 ……考えるのは、また後だな。

 俺はフィーリア様にすっと頭を下げた。


「レイス・ヴァリドーです。お怪我はありませんか?」


 俺はへたり込んでしまっていたフィーリア様に手を向ける。

 俺の手をとり、なんとか立ちあがろうとした彼女だが、ふらりと倒れそうになったので、支える。


「申し訳ありません。腰が抜けてしまって……」

「それは……申し訳ありませんでした。こちらもすぐに助けられれば良かったのですが、相手が油断していないと攻撃を当てられるか分からなかったもので」


 囮に使ってすみません、と言ったらそれはそれで怒られるかもしれないので明言はしない。


「……いえ、助かりました。あなたは、ヴァリドー家の中でも戦えるのですね」


 それは先ほどの二名を見ての発言だろう。


「ええ、まあ。三男ですので、将来家を離れる可能性もあるので、鍛錬を積んでいました。フィーリア様のお力になれて良かったです」


 お世辞を言うのには慣れているので、俺は聞こえのいいことを伝えていく。

 フィーリア様も言われ慣れているようだったが、俺の言葉には気になるところがあったようで眉根を寄せる。


「……あなたが家を離れるのですか」

「ええ。長男が家を継ぎ、次男は万が一の時のために残る。それが、基本だと思いますが」

「あの二人が、その長男と次男、ですよね?」

「ええ」


 フィーリア様は残念そうに息を吐いた。


「……そうですね。能力のあるものが家を継ぐのが当たり前だと思いますが」


 言いたいことは色々とあるのだろう。

 でも、別に俺は貴族へのこだわりはない。とりあえず、今の環境でトレーニングを続けていって、物語が始まるときに家を離れられればそれでいいと思っている。


「……先ほどの、あなたの兄たちは……なんですか? なぜ、あんな情けない姿を……」


 苛立った様子で、フィーリア様が逃げ去っていった家族たちの方角を見ている。


「見ての通りです」

「……普段は何をしているんですか? ヴァリドー家はヴァリドールを守ることが仕事ですよね? それは、悪逆の森から現れた魔物を倒せるだけの力を持つ必要があるということです……ですが、彼らは逃走していましたが」

「そうですね……」


 ……どう、すればいいんだ、

 これはこれで、まずい状況なんだよ。

 フィーリア様が王城に戻り、今回の件を上に話したらそれはそれで大問題になるのではないだろうか?

 今回は大事にはならなかったが、フィーリア様を危険に晒したと言うことで爵位を失う可能性もあるよな。


 あれ? もしかして結果的に詰んだか?


「まあ、その……今日は朝から調子が悪かったので……」

「……であれば、一言言っていただければ、別の機会にすれば良かったのです」


 フィーリア様はぷりぷりしていらっしゃる。

 どうしよう。改めて、兄たちが戦える状況を見せてやれればいいのだが、彼らは絶好調でもゴブリンと互角かどうかという感じだ。

 どんなことを言っても、誤魔化すことはできないだろう。

 俺は小さく息を吐いてから、諦めるように口を開く。


「……これが、今のヴァリドー家です。税の多くは軍事費にはあてず、予備費という扱いで自分の好きなものに使っています」

「……まさか」

「……兵士も、昔いた優秀な人物たちはほとんどが去ってしまいました。今残ってくれたのは、こちらの兵士長のザンゲルくらいです」


 ……ザンゲルも、別にそれほど優秀というわけではないが、それなりに能力はある。

 この場で話を聞いているわけだし、彼のモチベーションを削ぐようなことは言わないほうがいいだろうという意味での言葉だ。

 実際、先ほども真っ先にフィーリア様を庇おうと動いてくれていたわけで、それをフィーリア様も分かっているからか小さく頷いた。


「……これは、王都に戻って父に話をするしかないでしょう」

「……ですよね」

「その結果がどうなるかは分かりませんが、最悪の可能性もある、とは考えておいてください」


 ……最悪の可能性。

 それは、爵位の剥奪だろうか。

 もしも、とられてしまった場合……どのように生きていくか。

 色々と、育成チャートを見直したほうがいいかもしれない。



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