第9話



 少し前のヴァリドー家の兵士たちなら、第二層の魔物にも対応できていただろうからこんな情けない姿は見せなかっただろう。

 だが、今の兵士たちでは……厳しい。最近の訓練のおかげでザンゲルがようやく第二層に通用する程度だが、一人で魔物を倒せるほどの力はない。


「ふぃ、フィーリア様! すぐに退避を!」

「え!? ですが、第三層の魔物であれば、どうにかなるのでは……」


 ……王都には、確かそう報告書をあげているな。

 報告書通りの実力をこの街の兵士たちが持っていればの話だ。

 まずいな。

 ……やはり、第三王女が襲われ、ヴァリドー家が爵位を失う事件はこれなんじゃないだろうか?

 さすがに、ここで家を失うのはダメだ。体を強化するには健康的な生活が必要だ。

 タンパク質を補給できなくなったら、強くなるまでに時間がかかる……っ!


「こ、今回連れてきたものは第二層程度まででして……っ。すぐに避難しないと危険なんです!」


 ライフの口はよく回る。第三王女様がわざわざ見にきているというのに、そんな中途半端な戦力を連れてくるな、というのが素直な意見なのだが、状況が状況なのでそういった発言はない。


 第三王女の護衛たちも慌てた様子を見せる。……彼らならあるいは、と思ったが王都の兵士たちの方が質が良くないんだよな……。

 彼らは確かに訓練の練度は高いのだが、実戦経験がほぼない人たちが多い。ましてや、王城に勤める兵士ともなるとコネ採用などされている人も多い。


 特に、今の世の中平和なので、皆平和ボケしてるんだよな。

 そんなやりとりをしている間に、第三層のハイウルフが姿を見せた。

 ……第三層に出現するのはウルフ系の魔物だったな。ハイウルフはその中でも一番弱い魔物なので、まだなんとかなるかもしれない。


「し、死にたくないぃぃぃ!」


 リグレルは自分の身の安全を守ろうとすると走り出す。

 なんなら、フィーリア様を突き飛ばす勢いだ……。

 フィーリア様が唖然としていたが、それにつづくは我がライフ。


「兵士共! 金払ってんだから、時間稼ぎくらいはしろ! 王女様! 逃げましょう!」


 ぶよぶよの腹を揺らすようにして走り出す。

 場は、騒然としている。兵士たちが武器を構え、護衛の兵士たちも剣先をぷるぷると震えさせながらハイウルフを牽制している。


 絶望的な状況の中ではあるが、まだ爵位を失ってもらっては困る……!

 俺はため息をついてからハイウルフをじっと見る。


 ……幸いなことに、向こうは油断してくれている。


 今、この場で俺はハイウルフの眼中にない。そのハイウルフはというと、どいつから食い殺そうかと選別しているようだ。

 そのハイウルフの視線が、フィーリア様へと向く。にやりと口角が釣り上がる。


 ……フィーリア様をターゲットにしたようだ。

 女性の肉の方が魔物からしたら美味しいのだろうか? そう考えた次の瞬間、ハイウルフが地面を蹴った。


「ふぃ、フィーリア様をお守りしろ!!」


 誰かが叫び、その間に割って入る。

 だが、ハイウルフの突進にいとも容易く吹き飛ばされる。

 ――今だ。


 もっとも確実に空間魔法が当てられる距離になったところで、俺は空間魔法を発動する。

 高密度な魔力に、ハイウルフが驚いたようにこちらを見てくる。

 それまで、魔力を消して大人しくしていたからこそ、気づかなかったのだろう。


 ハイウルフが即座に俺の空間魔法から逃れようとするが、遅い。

 俺はハイウルフの胴体を噛みちぎるように、空間魔法で切り裂いた。


「……がっ」


 ハイウルフが短く悲鳴を漏らし、その死体が地面へと転がる。

 格上相手だからか、いつもよりもさらに魔力を消費してしまったな。

 だが、空間魔法は格上相手でも当てれば倒せる。


 少し乱れた呼吸を整えながら、俺は周囲に他の魔物がいないのを魔力で確認していく。


「レイス様! 良かった、通用したのですね!?」


 ザンゲルの安堵の声が響き、俺は頷いた。


「ああ。皆が注意を引き付けてくれてたおかげだ。助かった」

「いえ……ただ怯えていただけですので」


 ザンゲルは苦笑をしながらも、兵士たちは皆安堵した様子で息を吐く。

 まあ、兵士たちは俺の能力をある程度知っていたので、何度か期待の視線を向けられていたのは気づいていたが。

 とはいえ、今の俺でも正面からハイウルフに勝つのは難しいため、不意打ちするしかなかったんだけど。

 ……それにしても、後続の魔物はいないのか?


 フィーリア様が死ぬイベントでは、街を魔物に襲われた……と聞いていたがハイウルフ以外はいないように見える。

 まさか今回のではないのだろうか?


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