第4話
……少し、緊張するな。一応、好きなゲームのキャラクターと出会うわけだしな。
こんな緊張、転生してから初めて。
兄たちも好きなゲームのキャラだって? いやいや、あいつは知らん。
わずかな緊張は胸の奥に抑えつけながら、俺は玄関が開くのを待つ。
……来た。
メイドと共に入ってきたリームがすっと俺の前に立つと丁寧に頭を下げてくる。
「本日は、わざわざお時間作って頂き、ありがとうございます」
子爵家とはいえ、さすがご令嬢といった落ち着きと美しさだ。
人形のように可愛い、って言葉はこういう子に使うんだろうね。
ゲームキャラに出会えた感動はあったが……まあ、そのくらいだ。
……というのも、笑顔の仮面でもつけているんじゃないかっていうくらい、俺に対して同じ表情を向け続けているからだ。
あんなの、俺が嫌な営業先に行く時くらいの徹底ぶり。
……その原因が自分であると思うと、なんだかとても申し訳なくなってしまった。
「レイス様、お久しぶりです」
……俺に対しては、一段笑顔を強めた気さえもする。
まあ、どんな感情もとりあえず笑顔で誤魔化せるからな。
俺はとりあえず、頭を下げながら挨拶を返す。
「ああ、久しぶりだ」
丁寧すぎない程度に、返事を返す。
……一応、俺にも立場もあるからな。
俺はいつものようにリームとともに、自室へと歩いていく。
隣を歩くリームは、ニコニコと作り笑顔を絶やさない。
俺と同い年にして、貴族の令嬢として完璧に振る舞っている彼女に尊敬の念を抱きながら、俺は自分の部屋へと入った。
「レイス様、何だかお部屋が少し変わりましたか?」
「ん? ああ、最近は運動が趣味になってな」
今までの俺の部屋には遊び道具とか、煌びやかなものしか置かれていなかった部屋だから、久しぶりにきたリームにしてみては別の部屋に案内されたような気分だろう。
「それは素晴らしいですね」
相変わらず、微笑は変わらない。
それからは、他愛もない話をしていった。
……とりあえず、大きな問題はなかった。
好感度もさらに下がったということもないだろう。
リームが帰っていったあと、俺は今日やる予定だった筋トレを行っていった。
使用人たちの話。
「……ねぇ、最近のレイス様ってなんだか変わってない?」
「え、ええ……。挨拶をしてくれるし、何かしたらありがとうって言ってくれるし……」
「そ、そうですよね? 最初、私がレイス様の標的にされたのかと怯えていたんですけど……なんだか、優しいですよね……?」
「ええ……今までのことが嘘みたいだわ。気に入らないとあとで呼びつけられて鞭で叩かれていたのに、今は何もないなんて……」
「今じゃ、ヴァリドー家の中で一番接しやすい人ですもんね……。この前、荷物落としそうになったとき、空間魔法で回収してくれましたし……」
「……あんたそれはちょっと気をつけなさいよね? 優しくなったからって、レイス様の手を煩わせるのは話が違うんだから」
「は、はい……すみません」
毎日のように家庭教師のゲーリングとの訓練に励んでいた俺は、その日も模擬戦形式で戦っていた。
場所は屋敷に併設された兵士たちの訓練場。
ゲーリングが地面を蹴り、模擬剣を振り抜いてくる。
刃がないその剣の一撃を、俺は左手に持った短剣で逸らした。
そして、すぐに地面を蹴って右手の短剣を振り抜く。
もちろん、ゲーリングもこれに反応する。
だが、俺はその瞬間に――空間魔法を発動する。
ゲーリングが剣を振り抜いてこようとしたが、俺はすでにその背後へと移動していた。
「……っ」
ゲーリングはすかさずこちらに反応したが、それでも間に合わない。
俺の短剣の一撃を受け、よろめく。
とはいえ、すぐに体勢を戻したゲーリングに、俺は空間魔法を使用する。
対象は俺の短剣。ゲーリングの首元に発動し、その剣先を交差させるようにしてゲーリングの首元に突きつけた。
「こ、降参です……っ」
「……ふう。相手をしてくれてありがとな、ゲーリング」
……なんとかなったな。
ここ数ヶ月。
毎日訓練をしていたおかげで、すでにかなり戦えるようになっていた。
「レイス様! タオルと食事、こちらに置いておきますね」
「ああ、ありがとう」
「いえ! 本日も頑張ってくださいね!」
使用人が明るい声でそう言って頭を丁寧に下げた。
ここ数ヶ月。普通に接していたら、使用人たちからも怯えられることもなくなった。
……別に普通に挨拶して、普通に話をしているだけなんだが、ここまで高評価なのが驚きだ。
今までの俺が、どんだけ恐れられていたんだって話だ……本当に。
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