おまけの後日談4 やっと逢えたわね……

 美海の出産予定日まであと少し。


「んー! やっぱり美味しい! このお団子」


「そうねぇ、姪っ子…… お姉ちゃんの娘の葵ちゃんの旦那さんが、『あの』お団子屋さんとはねぇ…… んっ、美味しい、うふふっ」


 二人のリクエストで、買い物ついでに最近話題になっているお団子屋の団子を買って帰ってきたのだが、二人とも美味しそうに食べている。


 なんでも晴海さんのお姉さんの娘…… 美海にとっては従姉妹にあたる人が、そのお団子屋さんの店主さんのお嫁さんみたいな存在だとか……


『みたいな存在』というのは、どうやら複雑な事情があるみたいで、詳しくは聞いていないが、うちの家庭よりも凄いとかなんとか……


 そんな事よりも今は美海だ。

 いやぁ…… 子供を産むって、本当に大変な事なんだなぁ……


 

 晴海さんの時は、体質なのか大海が良い子だったのか、悪阻も酷くなかったみたいだし、出産が近くなるまでそんなに辛そうな様子を見せてなかった。


 だけど美海の場合は、悪阻が酷く、調子が悪そうにしている事が多かった。

 食べたら戻したりもして凄く心配だったし、横になっている時間も晴海さんの時より長かったと思う。


 初産という事もあり、美海自身が不安になって、時々泣き出したり、イライラして俺が怒られたりと…… 人によって妊娠中はこんなに体調などに差があるんだと知った。


 泣き出したら俺と晴海さんで慰めて励まし、イライラして八つ当たりをされても、頑張ってお腹の中で俺達の赤ちゃんを育てている美海を思って、美海の機嫌が良くなるよう全力で美海のイライラを受け止めた。


 しかし…… やっぱり母親って凄いんだな、と思った。


 日に日に大きくなるお腹や、病院でのエコー検査などで赤ちゃんの姿を確認したりしているうちに……


 美海はどんどん母親の顔になっていった。


 まるで、俺が物心ついた時の記憶の中にいる晴海さんそっくりで…… 改めて親子なんだと思い知らされた。


 初恋の人そっくり…… いや、初恋の人も今でも素敵だし、美海だって可愛いが、もう一段階大人になった美海を見て、更に惚れ直して毎日ドキドキしている。


「あっ、みたらしが垂れちゃった! もったいない」


 手に付いたみたらしをペロペロと舐め取る美海……


「うふふっ、このみたらしが美味しいのよね」


 お団子に付いたみたらしだけを掬うようにを舌を伸ばしペロリと舐める晴海さん……


 うん、二人に毎日ドキドキしている。


「あーっ! あぅっ! まぁま!」


 あー、手を伸ばしたらダメだよ? ママは今お団子に夢中だからねー? 大海ももう少し大きくなったらママ達と一緒に食べようね?



 ◇


 

 そしていよいよ美海が出産のため入院することになった。

 破水し陣痛の間隔が短くなってきたらしく、慌ててタクシーに乗せて病院に連れて行った。


 晴海さんの時はそのまますぐに分娩室に連れて行かれたのだが、美海の場合はまだ出産までには時間がかかるらしい。


「うぅ…… 総一ぃ……」


 俺は陣痛で辛い思いをしている美海の腰をさすったり、飲み物を飲ませたりと、美海の陣痛の辛さを少しでも軽減させてあげたいと付きっきりで美海のお世話をしていた。


「ふ、ふふっ…… 総一、もうすぐ会えるわね、私達の…… 子供に」


「うん、そうだね…… ありがとうね、美海」


「お礼を言うのはまだ早いんじゃない? ……ふふっ、情けない顔をして…… 大丈夫よ、元気に…… 産んであげるんだから」


 本来なら励ますのは俺の方なのに、逆に美海に励まされるなんて…… 美海の言う通り情けないよ…… でも、美海も赤ちゃんも無事でいてくれる事を誰よりも願っているからね?


「総一…… ギュッてして?」


「うん……」


「ん、ふふっ…… 総一にハグしてもらうと安心するわ…… 頑張れそう」


「美海が安心するなら何度だってするよ」


「ふふっ、お願いね…… くっ! うぅっ…… 総一、腰をさすって!」


「は、はい!!」


 陣痛の間隔はどんどん短くなり…… そして……




 美海の叫びに近い声が響く分娩室。

 出産が近くなってきた時に連絡して、晴海さんも大海と共に病院へと駆けつけて、三人で分娩台に座る美海を励ましている。


 大海は普段感じないこの場の雰囲気に泣いてしまうかと心配していたが、晴海さんに大人しく抱っこされていた。

 大した男だよ、大海は……


 えっ、俺? 俺は……


「うぅぅっ! 頑張れ、美海! 頑張れぇっ…… うぅっ、うぅっ……」


 まだ産まれてもいないのに泣いてしまっている。

 だって仕方ないだろ? 物心つく前からずっと兄妹のように育った大切な人が、俺達の子供を産んでくれるために必死で頑張ってるんだ、そんなの泣いてしまうじゃないか!


 それにしても…… 大海の時はすんなり産まれたのに、美海の出産は時間がかかっている。


 初産だから時間がかかるかも、とは言われていたが、美海も痛みで呼吸が荒くなって大変そうだ。


「はぁっ、はぁっ、そ、総一……」


「どうした、美海!」


「ふ、ふっ…… 情けない顔…… 可愛い…… 飲み物飲ませて……」


「わ、分かった!」


「うふふっ、美海よりパパの方が慌ててるわねぇー? ほら、大海も叔父さんになるのよー? 一緒に応援しましょうねー?」


「あぁうっ! ねぇね、ねぇね!」


「ふふっ、大海の、ためにも…… 頑張らなきゃっ、んんんっー!!」


 それから一時間、美海は必死に我が子を産むために頑張り続け、そして……



 分娩室に元気な産声が響いた。



「はぁ、はぁ、あぁ…… やっと逢えたわね…… 凪海なみ…… うぅっ、良かったぁ、逢いたかったぁ、凪海ぃぃ……」


「うぐぅぅっ!! 良かったぁ、良かったぁぁー、ありがとうぅぅっ、無事、産まれてきてくれてぇぇっ、ありがとうぅぅー!」


「……ぐすっ、おめでとう美海、良かったわね、っ、おめでとう、そーくん……」


 また大号泣してしまい助産師さん達にも苦笑いされてしまったが、嬉しいものは嬉しいんだから仕方ないだろ?


 ちなみに妊娠六ヶ月目の検査で性別は分かっていたが、産まれた子は元気な女の子で、名前は『凪海なみ


 『海』の文字は入れたかったので、凪の時の海のように穏やかで優しい子になって欲しいと『凪海』と名付けようとみんなで決めていたんだ。


 そして美海の胸に抱かれていた凪海は検査に連れて行かれ、美海は産後の処置。

 汗だくになっている額をタオルで拭い、改めて美海の手を握って感謝した。


「はぁぁ…… 出産、甘く見てたわ…… だってママ、大海をすんなり産んじゃうんだもん……」


「うふふっ、大海は良い子だからママに負担をかけないようにしてくれたのかもね?」


「腰が痛すぎて取れるかと思ったわ…… でも…… ママの言っていた事が少し分かったかも…… 元気に生まれてきてくれた姿を見たら…… 痛みよりも嬉しさが勝っちゃうもん」


「そうよ、美海の時も、大海の時も、ママは本当に嬉しかったんだから」


「うん…… で? 総一はいつまで私の手を握って泣いてるのよ」


「うぅっ…… だって、時間もかかったし、ずっと美海が頑張ってたから…… 無事生まれてホッとしたら涙が止まらなくなっちゃって……」


 晴海さんの時にも聞いていたが、出産にはリスクもある、母親も子供も必ず無事とは限らないって言われていたから余計に……


「ふふっ、総一がこんなに喜んでくれるなら…… 頑張って良かった……」


「うふふっ、そーくんは二人のパパだもん、これからはもっと頑張ってもらわないとね? ……あぁん、私ももう一人いけるかしら?」


「「「「……えっ!?」」」」


 い、今言う!? それ?

 ……って、助産師さんまで驚いているじゃないか!

 ……晴海さんもここで出産したから、美海と手続きに来た時に、只でさえ変な顔で見られてるんですから、今は大人しくしてて下さいよ、晴海さん!


「じゃあママも総一と頑張らなきゃね! 色々…… ふふっ」


 美海ぅーー!!

 ほら、助産師さんがまたとんでもない奴を見るような目で見てるから!


 ……とにかく。


 母子共に無事で、大切な宝物がまた一人、我が家に誕生した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る