総一のバカ! (8ヶ月目)

「はぁ…… 愛してる、かぁ……」


「な、何だよ、美海……」


「ママに先を越されちゃったなぁー、って思ってね」


「大丈夫よ美海、そーくんはちゃんと美海愛してくれるから、うふふっ」


「……幸せそうな顔をしながらマウント取らないでよ! ……いいもん、私の番が来たらたーっぷり言ってもらって、毎日甘やかしてもらうんだから! 総一、聞いてるの!?」


 うぐぐっ! 晴海さんの不安を少し和らげる事には成功したが、今度は美海が拗ねてしまった。


 でも、あの日二人でお腹の赤ちゃんについて話し合った夜、俺と晴海さんは『恋人』から『夫婦』に近付いたような気がする。

 きっかけは不純だったかもしれない、関係を深めるのも早かったかもしれないが、晴海さんの幸せそうな笑顔を見ていると、そんな些細な事なんて気にならない。


 俺達は俺達、こんな関係だがそれでいいんだと思えるようになった。


 だが、俺達のそんな様子を見た美海が


『何か思ってたよりも近付くのが早いんですけど! ていうか、ママがチョロ過ぎたのが計算外よ! ……愛してるなんて、私も言われたことないのに!』と拗ねてしまい、色々大変なんだ。


 晴海さんと一緒にお腹の赤ちゃんに話しかけていると美海が突然抱き着いてきたり、晴海さんとキスをしていると上書きするように濃厚なキスをしてきたりと…… 今までのクールな美海とは少しかけ離れた甘えっぷりに戸惑っている。


 晴海さんは『きっと美海、弟が出来て赤ちゃん返りしちゃったのよ、うふふっ』とか言ってたけど、絶対に違うと思いますよ。


 ……戦闘中も巨大戦艦は沈黙し、巡回するようにたっぷりと時間をかけて潜水艦を探るような動きをして俺を攻撃してくる。


 もちろん護衛艦のようにすぐそばで、晴海さんは俺達の様子を微笑みながら見守っている。


 それがまた美海が拗ねる原因になり『ママが正妻みたいな顔で見てる!』と、巡回を強化してしまって…… ヘロヘロだ。


 試しに美海にも『愛してる』と言ってみたが『心がこもってない!』と一蹴され、そんな様子をまた晴海さんはニコニコと見守り…… 無限ループだ。


「ちょっと! もっとくっついて!」


「はいはい……」


「やぁん、そーくん、寂しいわ…… 離れないで?」


 寝る時も、出産まで二ヶ月を切り何かあったらと心配なので、晴海さんの腰やお腹をさすりながら二人で寝ていたのに、美海までベッドに入ってきて腕枕を要求してくるようになり、最近は密着した川の字で寝ている。


 さすがに晴海さんとはお腹が圧迫されるから向かいあって寝ていないので、そこまで嫉妬しなくてもいいような気はするけど、美海に強く言えない俺はただ言われるがまま腕を差し出すしかない。



 そしてある日、美海の不満が爆発したのか、部屋に籠って出てこなくなってしまった。


「美海……」


「うふふっ…… ごめんね、そーくん」


「いえ、俺も悪いですし……」



 その日、美海が部屋で仕事をしていた時、リビングでは晴海さんと俺は二人きりだった。


 お互いに『愛してる』と言いながらキスをしていると、ついつい潜水艦が浮上してきちゃって……


「あらあら…… うふっ、潜水艦…… トンネルでメンテナンスする?」


 そして浮上した潜水艦をトンネルでパクっとメンテナンスして貰っていたら、仕事を終えて部屋から出てきた美海が、俺達を見て


「リビングでなに堂々とメンテナンスしてるのよ! ……総一のバカ! もう知らない!」


 と、大きな音を立てて扉を閉め、自分の部屋に戻り出てこなくなってしまった。


 

 晴海さんが晩御飯を用意して声をかけても無反応、部屋の鍵も閉まっていて入る事も出来ない…… どうすれば美海は機嫌を直してくれるんだよ。


「もう! 仕方ないわねぇ…… そーくん、美海の事、お願いできる? 今日は二人きりで過ごしてあげて?」


「いや、でも…… 部屋に入れないと二人きりになるのは無理じゃないですか? 鍵も閉まってるし」


「うふふっ、それなら……」



 ◇



「何勝手に入って来てるのよ、総一……」


「美海、隣座っていいか?」


 美海の部屋の鍵は開いてないが、晴海さんの部屋から襖を開けて入れば普通に入れたんだよな、すっかり忘れてた。


 そしてベッドの上で三角座りしながら膝に顔を埋めている美海の隣に座り、俺が思っている事を話した。


「美海、さっきはごめん、美海が俺達のために仕事をしていたのに、俺達はリビングでくつろいでて……」


「そんな事で怒ってない!!」


 うん、そうだよな…… リビングでイチャイチャなんて日常茶飯事…… 晴海さんはたまに風呂場にまで乗り込んでくる事もあるし。

 じゃあ何が原因か、それは……


「美海、晴海さんを俺に取られたとか思ってないか?」


「…………」


 やっぱり…… 


 

 美海がしっかりしているように見えるのは、晴海さんがポンコ…… ほんの少しおっとりとした性格だからだと思う。


『ママはおっちょこちょいだから私がいないと駄目なのよ』なんて言って、子供の頃は晴海さんの手を引いて先を歩こうとする女の子だった。

 そんな美海を晴海さんは頼もしく思っていたのかニコニコと何も言わずに見ていて、美海も頼られている事に満足げにしてたな。


 美海にとっては唯一の肉親で、唯一甘えられる存在だったからこそ余計に心配だったんだろう。


 それから中○生になり、俺と付き合うようになってからは落ち着いたが、今まで頼られていた晴海さんが最近俺にベッタリで俺にばかり頼るから…… 拗ねたんだろう。


 俺達三人の中で一番年下なのに一番しっかりしていて、でも二十歳とはいえ一番年下だからな…… たまには甘えたい時もあるんだろう。


「……違うもん」


 そうは言うが明らかに拗ねている美海。

 そんな美海に俺は両手を少し広げて


「美海…… おいで」


 そういえば、昔は『ママとケンカした』と言ってはこうしていたな。

 あの頃は俺の方が年上だからと美海に対してお兄ちゃんぶって甘やかしていた。

 いつからか立場が逆転して『総一には私がいないと』と言い出して、俺が散々甘やかされ面倒を見られていたような気がするけど…… 


「…………」


「美海が居ないとはダメダメなんだから…… 美海が元気ないと悲しいよ」


 抱き締めて美海の頭を撫でながら言う。

 すると美海も抱き締め返してきて


「何それ…… 情けない」


「うん、情けないんだ、だから美海が中心で笑っててくれないと、もっと情けなくなっちゃうぞ?」


「……ふふっ」


「今は晴海さんが大変な時だから優先してしまっているけど、だからといって美海を蔑ろにしている訳じゃない、美海が俺達を引っ張って支えてくれているから安心して晴海さんの様子を見ていられるんだ」


「……ふーん、つまり?」


「美海も一番大切、俺にとって二人は同じくらい大切なんだ、だから……」


「……口だけじゃ分かんない」


「じゃあどうすればいい?」


「……戦闘よ、ママとするみたいに甘々な戦闘をして」


 ……せ、戦闘!? ……まあいい、今日は美海の言う事を聞いてあげるか。


 そして……



 …………


「……ふぅ、たまにはこういうのも良いわね」


「満足いく戦闘だったか?」


「……うん、恥ずかしいくらい良い戦闘だったわ」


 とにかく『好きだ』『愛してる』を繰り返し潜水艦もゆっくりと航行、ぴったりと巨大戦艦に寄り添うように並行した。


 美海が戦闘に満足するまで持久戦をし、胸部装甲や上部トンネルに魚雷を発射、その頃には巨大戦艦も沈黙し、疲弊しながらもすっかりメンテナンスされたようだ。


「そっか、美海が満足してくれて良かったよ…… 美海」


「んっ、なぁに?」


 ……さすが母娘、甘えたい時の顔はそっくりだな。


「愛してるよ」


 もう一度、しっかりと目を見て伝えると、美海は嬉しそうに笑い


「ふふっ、私も愛してるわ、総一」


 そして、今日何度目か分からないキスを最後にもう一度した。


「ん…… ふふっ、ところで…… ママ? いつまで見て水遊びしてるの?」


 ……えっ!? 水遊び!?


 すると隣の部屋からドタバタと音が聞こえて


「み、水遊びなんてしてませんよー?」


 と、臀部装甲をパージした晴海さんが、顔を赤らめながら美海の部屋に入ってきた。


「……その格好じゃ説得力ないわよ、ママ」


「だ、だってぇ…… 妬けちゃうくらいラブラブな戦闘だったんだもん…… 切なくなっちゃって…… うふふっ」


「はぁ…… ママも一緒に…… 戦闘する?」


「えっ? 今日は美海と二人きりで戦闘してもらおうと……」


「家族みんなが仲良しな方が、弟も喜ぶでしょ? ……早くしないとママの分の魚雷、無くなっちゃうよ?」


「やぁん、さっきそーくんの不発魚雷、処理しそびれて切なかったのにぃ…… うふふっ、じゃあそーくん……」


「総一……」


「「みんなで仲良く戦闘、しよ?」」


 ……今夜の海戦は長引きそうだ、まだ眠れそうにないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る