立派なパパの顔になってる (8ヶ月目)

「うぅん……」


「大丈夫ですか? 俺がやりますから休んでて下さい」


「ありがとう、そーくん……」


 妊娠八ヶ月になり、晴海さんのお腹は更に大きくなりパンパンに見える。

 赤ちゃんもすくすく育っているんだろう。

 しかし晴海さんはお腹の重みと大きさのせいか、ここ数日、少し元気がない。


 本人は『疲れやすくなったのかも』と言っていたが、それだけじゃないような気がする。


 夜もあまり眠れないのか寝不足のようで、日中眠そうにしていることも増えた。


 それでも晴海さんは笑顔で家事をこなしているが、無理していないかととても心配だ。


 だから俺も率先して家事をしているのだが、なんせ長年家事をしてきた晴海さんに敵うわけがなく、更に手際も悪くて申し訳ない気持ちになる。 


「そーくん……」


「どうしました?」


「……チューして」


「はい、晴海さん……」


 晴海さんのために何も出来ないこんな俺だけど、少しでも晴海さんの負担を減らそうと必死に頑張っていた。


「んっ…… うふふっ、ありがと」


 

 ◇



「晴海さんは?」


「もう寝るって…… ママ、元気ないわね」


「やっぱり疲れてるのかな?」


 美海と戦闘しようと思い部屋に入ると、いつもなら待ち構えているはずの晴海さんの姿がなかった。


「総一、今日はいいわ…… ママのそばに居てあげて?」


「えっ?」


「きっと…… ううん、総一、ママをよろしくね」


 美海には何か分かったのか、戦闘は中止して晴海さんのところに行けと言われた。

 そして、寝ている晴海さんを起こさないよう、そっと部屋に入るとベッドで布団を被って横になる晴海さんが居て……


「……ぐすっ ……うぅっ」


 ……えっ? 晴海さん、泣いている?


「……っ! っ、あっ、そ、そーくん? どうしたの? 今日は美海と戦闘するんでしょ? ……あっ、もう負けちゃったのかなぁ、うふふっ……」


「晴海さん…… 大丈夫ですか? 具合悪いとか……」


「ううん、大丈夫よ」


 布団から顔を出し、泣いていたのを誤魔化すように笑う晴海さん。


「…………」


 俺は何も言わず横になる晴海さんに近付き、布団を捲るために出ていた晴海さんの手を取り……


「頼りないダメダメな俺ですけど、晴海さんのことを誰よりも大好きで、誰よりも心配しています、話してもらえませんか?」


 こんな俺でも晴海さんが無理して笑っているのが分かる。

 そして晴海さんが何か話してくれるのを、手を撫でながら待っていた。


「うぅっ…… そーくん……」


 すると笑顔だった晴海さんが、次第にぽろぽろと泣き出して……


「そーくん…… そーくん……」


「晴海さん……」


 いつもニコニコしている晴海さんが弱っているように見えた。

 いや…… 晴海さんだって辛い時はあるはずだ、その姿を俺には見せないだけで…… 何を勘違いしてたんだ、俺は。


「……晴海さん、隣に寝てもいいですか?」


「ぐすっ…… えっ……?」


 そして俺は横向きで寝ていた晴海さんの背中側に回り、後ろから抱き締めた。


「晴海さん…… 大丈夫です、俺がずっとそばに居ますから…… 大丈夫です……」


 理由を話してくれるまで、分からないなりに晴海さんを慰めようと話しかける。

 頼りないけど、でも俺は晴海さんの恋人なんだ。

 恋人が悲しんでいたら、出来る限り寄り添ってあげたい。


「うぅっ、ありがとう…… そーくん…… ぐすっ…… うぅぅ……」


 堪えるように静かに泣いていた晴海さんを俺は『大丈夫』と繰り返し慰め続けた。

 そして、しばらくすると……


「ありがとう、そーくん…… もう大丈夫だから…… ねぇ、そーくんの顔を見ながらお話ししたいな…… そっち向いていい?」


「はい、いいですよ」


 するとゆっくりとお腹を気にしながらこっちを向き、少し腫れた目をした晴海さんがニコっと笑いながら話しかけてきた。


「うふふっ、私、泣いちゃって変な顔してないかな?」


「大丈夫ですよ、いつも通り可愛いです」


「もう…… そーくんったら」


 抱き着くとお腹がぶつかるから晴海さんの手を握ると、微笑みながら握り返してくれた。


「ごめんね、そーくんに心配かけちゃって…… ちょっとね、不安になっちゃってたのかな、私…… うふふっ」 


「不安?」


「そう…… 赤ちゃんがすくすく育って、元気なのは嬉しいんだけど、出産が近付いてきて、ちゃんと産んであげられるかなぁって不安になってたの、それでお腹は苦しいし、腰は痛いし、赤ちゃんが元気で寝不足で…… 精神的に弱ってたのかな? ……でも、そーくんに慰めてもらって元気が出てきたわ、うふふっ」


 晴海さんなら大丈夫だと思っていた。

 出産も経験してるし、俺よりもずっと大人だし…… でもそんな晴海さんでも不安になるくらい、出産っていうのは大変なんだと改めて気付かされた。


 お腹に赤ちゃんがいるっていうのはどんな感じなのか、男の俺には分からない。

 でも、晴海さんは常にもう一つの命を八ヶ月も守り生活していたんだ。


「晴海さん、俺には晴海さんの辛さが本当の意味で理解出来ないです、でも…… 晴海さんが元気な赤ちゃんを産めるよう全力でサポートしますから…… 二人で頑張りましょう、って、今さら気付くなんて、俺ってダメダメですね、ごめんなさい」

 

「そーくん…… 今日のそーくん、とっても頼りになってカッコいい…… ダメダメなんかじゃないよ? ……うん、立派なパパの顔になってる、うふふっ、そうよね、二人であと二ヶ月、この子が元気に産まれてくるよう頑張りましょうね?」


「はい」


「うふふっ、ママちょっぴり不安になっちゃったけど、パパもママもあなたに会えるの楽しみにしているからね?」


「安心して産まれてこれるようパパも頑張るから……」


 そうして二人でお腹を撫でていると……


「「……あっ!」」


「今、お腹を蹴ったわ」


「動きましたね」


「ちゃんと返事してくれた……」


「赤ちゃんもママが元気になってくれるように励ましてるのかもしれませんよ」


「うふふっ、そうね ……私、やっぱりそーくんと結ばれて良かった、この子を授かって……  良かったわ」


 お腹に触れている俺の手に晴海さんの手が添えられて……


「だって今、こんなに幸せなんだもん、きっとこの子に会えたらもっと幸せになれるわ…… うふふっ、そーくん……」


 重なっている俺の手を握った晴海さんは……


「愛してるわ、そーくん…… これからもみんなで幸せになりましょうね」

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