またお腹を触ってる (4ヶ月目)

 妊娠四ヶ月にもなるとぽっこりとお腹が目立ち始め、改めてここに俺達の赤ちゃんがいるんだと思い知らされる。


「うふふっ、そーくん、またお腹を触ってる」


「そりゃ触りますよ、俺達の赤ちゃんですもん…… 体調は大丈夫ですか?」


「うん、悪阻もあまり酷くないし、それよりもちゃんと育ってくれてるのが嬉しくて、辛いって感じはないわ」


「それは良かった、じゃあそろそろ行きますか」


「うん!」


 そして俺達は手を繋ぎ散歩へと出掛けた。


 この散歩は美海からの提案というか、与えられた指令みたいなもので


『総一とママ、戦闘ではあんなにイチャイチャしてるのに、普段が余所余所しいわ…… 安定期に入ったし、暇な時は二人で手を繋いで近所を散歩してきなさい!』


 そう指示され、週に何回か晴海さんと出掛けるようになって一ヶ月が経った。

 最初のうちはお互いに照れ臭くて、手を握るのもやっとだったが、今では恋人繋ぎで普通に歩けるようになったし、晴海さんは嬉しそうに繋いでいる方の腕を絡めてくる時もある。


 五段階くらい飛ばした俺と晴海さんの関係、それを一つ一つ最初から始めているみたいで、これはこれで楽しい。


 近所の人には俺達がどう見られるのか、それも最初心配だったが、おそらく晴海さんと美海がそっくりだから気付かれてないんじゃないかな?


 自宅に籠って仕事をしていることの多い美海だが、たまに手を繋いで買い物に行って、マンションの住人とすれ違っても、今日のように晴海さんといる時にすれ違っても同じように普通に挨拶をしてくれるから…… 大丈夫だと思う。


 ただ、これから晴海さんのお腹が更に大きくなったらどうなるかな…… 晴海さんと美海は『そんな事を気にするな』と言っているが…… いや、俺達が良いなら周囲の反応なんて気にしなくていいよな。


「……ねえ、そーくん、新たなミッションが追加されちゃったね」


 それよりも俺達が心配しているのは美海からの新しい指令。


『二人で手を繋いで散歩しているぐらいで満足してちゃダメ! ……そうね、散歩に行ったら必ず一回はキスしなきゃ家に帰れないっていうことにするわ』


 キス…… 出来るかな?


『キスぐらいで狼狽えててどうするの、しかも戦闘中だったらいつもしてるじゃない、濃厚なやつ』


 戦闘中は…… ノリというか、その場の雰囲気でしちゃうけど、いざ何もない時に晴海さんとキスをすると考えたら…… 恥ずかしい!


 いや、美海とは恋人だし普通の時もしてるよ? でも、晴海さんは……


「うふふっ、そーくんも困っちゃうわよね、私なんかと外でキスしないといけないって言われちゃったんだから」


「そんな! 俺は、その……」


「……そーくん、ちょっと疲れちゃったからあの公園で休んでいかない?」


 そう言って晴海さんが指を差した方には小さな公園があった。

 

 入り口以外は俺の身長くらいの植木が綺麗に並んで四方に植えてあり、公園内は遊具が少しと、あとはベンチが一つあるだけ。

 

 そのベンチに二人で腰掛けると、晴海さんが話し始めた。


「そーくん、無理して美海の言う事に付き合わなくていいのよ? うふふっ、私もちゃんと話を合わせてキスしたことにしておくから」


「えっ?」


「……私ね、美海の母親だけど、正直恋愛ってしたことないから、そーくんと手を繋いだだけで舞い上がっちゃって、そーくんの気持ちを考えてなかったわ」


 ……晴海さん?


「よく考えたら、こんなオバサンと外で恋人みたいに歩くのは嫌よね、ごめんね、そーくん」


「そんな……」


「……私、美海を身籠る前にお付き合いしていた男性がいるの、でも…… お付き合いしていたって思ってたのは私だけだったみたい」


 …………


「中○生の頃、学校帰りに周りをキョロキョロ見ながら怯えたような…… そうね、今のそーくんくらいの年齢の男性だったのかしら、そんな男性を見かけて思わず声をかけちゃって……」


 …………


「そしたら『困ってるから助けて』って言われて…… 怪しかったけど、子犬みたいにプルプル震えてる姿に一目惚れして、私のお家に案内してあげたの」


 ……晴海さん、それ、ちょっとヤバくない? ……いや、話はまだ終わってない、ちゃんと聞こう。


「実は私の実家って昔はお金持ちだったのよね、だから離れがあって、そこに子犬みたいなお兄さんを休ませてあげて…… 最初は感謝されて、私の事を『女神様』とか言ってくれて、でも私が色々お世話しているうちに『おこづかいちょうだい』とか『ハンバーガー食べたいから買ってきて』とかわがまま言うようになって…… 甘やかし過ぎたのかな? でも『晴海ちゃんがいないと俺死んじゃう』って言われたら…… どうしても断れなくて」


 ……晴海さんのダメンズ好きもヤバいが、その男もクズ過ぎる! 中○生にこづかい貰ったり、パシリにしたりとやりたい放題じゃないか! ……あれ? この話どこかで聞いたような


「おこづかいあげたり頼まれたご飯を買ってあげたら『晴海ちゃん大好き、愛してる』って言うから、てっきり私は恋人になったと思ってたんだけど…… 違ったみたい」


 違うよ! てか晴海さんチョロっ! よく今まで生きてたな! こんなチョロい人、もっと変な男に捕まってたら破滅してるぞ!?


「これが恋愛だと思って、彼に尽くして、身体も求められたからすべて捧げて…… そうしてたらある日、私の実家のお金を盗んで逃げちゃったの……」


 犯罪者じゃん! 晴海さん…… 中○生の晴海さん、男を見る目が無さすぎる! 


「それが両親にバレて、同時に妊娠してることも分かって…… 今住んでるマンションと、手切れ金を渡されて実家から勘当されちゃったんだ…… それで、もう時期的に産むしかなくて、美海が産まれて…… そーくん一家に出会って……」


 わお…… 晴海さん、いつもニコニコしてるけど過去が壮絶!


「そーくんの両親にも助けてもらって必死に美海を育てて、それで…… 美海とそーくんが付き合い始めてから、二人の姿を見てやっと普通の恋愛っていうのを知ったの、だから美海が羨ましくなっちゃって…… だからそーくんが間違ってベッドに入ってきたあの日、拒めたけど思い出作りにと一回だけのつもりがズルズルと、それで…… 美海のおかげで今、普通の恋愛気分を味わえているけど、よく考えたら、私みたいな馬鹿で汚れたオバサンとなんて…… そーくんは嫌よね? 手を繋ぐのすら躊躇っていたし」


「……違います!」


「うふふっ、そーくん、もう無理しなくても……」


「晴海さんは! 俺の初恋の人なんです!」


「……えっ?」


 笑顔なのに、こんな辛そうな顔をしている晴海さんには…… もう本音で話すしかない! 美海には悪いが……


「小さい頃から、優しくて、母さんよりも甘やかしてくれて、綺麗な晴海さんが好きだったんです! でも、歳が離れてるし、俺みたいなガキは相手にされないって諦めてました、でも……」


「そーくん、それじゃあ美海は?」


「美海は何も言えず諦めた俺を励ましてくれて、年下なのに晴海さん以上甘やかしてくれるようになって…… いつしか好きになって付き合うようになりました、でも! 同じくらい晴海さんも好きで、こんな関係になってからは毎日ドキドキして、手を繋ぐのも恥ずかしくて…… だから!」


「キャッ! ……そ、そーくん?」


 俺は晴海さんの肩を掴んで晴海さんの身体を俺の方に向け、そして……


「大好きなんです、晴海さんも美海も…… だからもうオバサンだからとか絶対言わないで下さい! 俺にとって二人とも大事な大事な…… 恋人なんです!」


「……恋、人? わ、私も?」


「はい、だから…… 二人には情けなくてダメダメな俺の面倒をずっと見てもらわなきゃ、生きていけないんです! これからもそばにいて下さい!」


 ……んっ? 無我夢中で晴海さんが必要な事を伝えたつもりだったが、変なこと言わなかったか? 俺。


「ぷぷっ…… ふ、ふふふっ…… うん、そーくんはダメダメだから、私達がずーっと面倒見てあげないとね? うふふっ……」


 いや! そ、それはそうだけど、そんな風に言うつもりはなくて…… ああ! もう、これだから俺は…… 


「そーくん」


 でも…… 晴海さんの感じていた不安は消えたみたいだ。


「晴海さん」


 ……そして、自然と引かれ合うように、二人の唇が重なった。

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