まるで新婚さんね (2~3ヶ月目)

「ごめんね、荷物持ちしてもらって」


「いえいえ、晴海さんに何かあったら大変ですから」


 結局、大きな二つの海には逆らえず流されてしまった俺。

 

 晴海さんはまだ妊娠二ヶ月ということで、あまり無理をさせたくないので今日は買い物の荷物持ちのために晴海さんに付いてきた。


 一夜の(どころじゃない)過ちで、俺との子供を授かり、産んでくれると言ってくれた晴海さんのためなら、これくらい喜んでさせてもらう。


 ちなみに美海は家でパソコンに向かって仕事中…… つまり晴海さんと二人きりだ。


「一緒に買い物して、お腹の赤ちゃんの将来の話をするなんてまるで新婚さんね、夢みたい! うふふっ」


 俺も成り行きとはいえ、晴海さんとこういう関係になってしまったからには子供の事は色々心配、だけど晴海さんはそれよりも嬉しさが勝っているみたいで、あれこれと産まれてくる子供について話をしてくる。


 まあ、美海という娘を育ててきただけあるし、二人目だから多少の余裕があるんだろう。

 俺は初めての事ばかりで戸惑ってばかり…… 二人が言うように、情けない。


「どうしたの、そーくん?」


「いえ、何でもありませんよ」


「……そーくんってやっぱり子犬みたいで可愛い、私が守ってあげないと」


「……何か言いました?」


「うふっ、何でもありませーん、うふふっ」



 先日、晴海さんの事を海外に住んでいる両親に報告した。

 俺の両親は俺が高校卒業と同時に、マンションの名義を俺にして海外へと移住した。

 子育てを終えたら海外に住むのが夢だったらしく、エッフェルな塔がある国へと息子を置いてさっさと行ってしまった。


 そんな両親に報告したのだが、母は『晴海ちゃん、若くて可愛いから総一ならいつかはやると思っていた』と言われ、父からは『羨ましけしからん! 爆発しろ!』と言われた…… 

 両親揃って息子になんてことを言うんだよ。


 あと、生活面に関しては電話を代わった美海が色々説明していて、両親は納得したらしい。

 晴海さんはというと……


『そーくん…… 息子さんに撃沈されちゃいましたぁ! うふふっ』


 なんて言い出してビックリしたが、母が『晴海ちゃんらしいわね』という言葉だけで済ませて終わり…… 結局咎められることはなかった。


 とにかく! あとは三人での今後の生活を考えるのみ! ダメンズ呼ばわりされないよう頑張っていくぞ!


「うふふっ」



 ◇



「ふぁぁ…… おかえり」


「ただいまー!」


「ママ、総一とのデート楽しかった?」


 帰宅すると、寝ていたのか欠伸をしながら自分の部屋から出てきた美海、でも、美海? デ、デートって!? 俺達はただ買い物に行っただけで……


「はぁっ、情けない…… だからダメダメなんだよ総一は」


「なっ!?」


「まあまあ、そーくんだって荷物持ちで大変だったのよ、ねぇ?」


「ママもママよ、せっかく二人きりにしてあげたのに買い物前にちょっとお散歩くらいすれば良かったのに…… 仕方ないなぁ」


 そ、そういう事だったの!? てっきり美海も晴海さんが心配で無理をさせないようにと俺も一緒に行かせたんだと思っていた……


「……まあいいわ、これからたっぷり時間があるんだから、ゆっくりイチャイチャすればいいのよ…… ねっ、あなたもパパとママがラブラブな方がいいもんねー?」


「うふふっ、お姉ちゃんの声、聞こえてるかしら?」


 晴海さんのお腹に話しかけているが、そこまで俺達と子供の事を考えてくれていたのか…… はぁっ、ダメダメだな、俺。


「ふふっ、見てママ……」


「あぁん、しょんぼりしてる顔も……」


「「可愛い」」


 んっ? 二人が俺を見てニヤニヤしている、きっとまたダメンズだとか思ってるんだろうな……




「ふんふんふーん♪」


「ママ、今日もご機嫌ね」


「なあ、本当に料理を手伝わなくていいのか?」


 晴海さんは鼻歌を歌いながらキッチンで料理をしているが、俺達はリビングで料理が完成するのを待っているだけ、本当に大丈夫なんだろうか。


「私は家事が苦手だからパス、あと今日はきっとママが総一のために作ってるから、美味しく食べてあげるのが総一の仕事よ」


 晴海さんの料理は何を食べても美味しいから大好きだし、いつもご馳走になっているぞ?


「ふぅ、分かってないわね、私達が同居するようになって、買い物とはいえ初デートの後よ? ママが張り切らない訳ないじゃない、只でさえママはろくに恋愛経験ないんだから」


 ……十四歳で美海を産んでいて、しかも子育てをしていたら恋愛する暇もないか。


「もし恋愛していたとしても、ダメンズ好きのママがろくな恋愛出来たとは思わないけどね、早く私が産まれたおかげで更に変な男に引っ掛からなくて助かったのかもしれないし ……ママを孕ませて逃げた男も聞いた話じゃとんでもないやつだったみたいけど」


 晴海さんを…… 美海の本当の父親って事か。


「仕事はしてない、家もない、お金もない、十四歳のママにおこづかいをもらって、やることやったら消えたっていう、とんでもない男…… まあママは知らないけど私がその男について調べたら、ママから逃げた二年後くらいに漁船から転落して行方不明になったみたいだけど」


 晴海さん、どうしてそんな男を好きになったんだよ……


「だからダメなのよ、ママは『私がいないと~』って思うと、すべてを捧げちゃってもいいってなるの、気持ちは分からなくもないけど」


 分からなくもないんかい! でも…… 『うふふっ、好きなだけ、いーっぱい魚雷を発射していいからね?』とか『美海に出来ないような戦術、試してみていいからね?』とか、すべてを包み込むあの大海原のような心の持ち主だからなぁ…… 人をダメにするボディだし。


「私もママも丁度良い塩梅のダメンズの総一と早くに出会えて良かったわ…… 感謝するわ総一、大好きよ」


 大好きと言えば貶したのがチャラになる訳じゃないからな? ……でも


「俺も美海と晴海さんと出会えて良かったよ、いつもありがとう、俺も美海が大好きだよ」


「っーー!! ふふっ、じゅるっ……」


 ひっ! じゅるっ、て言った! じゅるって言ったよ、この娘!


 俺のサブマリンからアラートが鳴っている!


「ご飯出来たわよー?」


「は、はい! 運ぶのを手伝います!」


 緊急回避! 緊急回避! ……危なかった、巨大戦艦がすぐ近くまで迫っていた。


「うふふっ、どうしたのそんな可愛い顔…… じゃなくて焦った顔をして」


「い、いえ、何でもありませんよ、何でも」

 

 今、可愛いって言わなかったか?


「ふーん…… 私もそーくんに出会えて良かったわよ?」


「……へっ?」


「だーかーらー、私も、そーくんと出会えて良かったなぁって」


「は、はぁ……」


「……んもう! そーくんのダメンズ!」


「えぇっ!? い、いきなり酷いですよ!」


「ふん! そーくんなんてもう知らない!」


「は、晴海さぁん…… 分からないですよぉ」


 さっきまであんなご機嫌だった晴海さんが急にそっぽを向いてしまった…… どうして?


「……はぁっ、総一は本当にダメダメダメンズだわ」


 そして、料理をテーブルに並べたのだが、晴海さんはぷくーっと頬を膨らませ、俺を見ないようにそっぽを向いたまま……


「早く食べましょ、総一」


「あ、ああ…… いただきます……」


 今日のメニューは肉じゃが、出汁からとったみそ汁、ほうれん草のごま和えにだし巻き玉子と、定番といえば定番のメニュー、美味しそうだが気まずい雰囲気の食卓だ。


 そして肉じゃがを一口…… うん、やっぱり晴海さんの料理は美味しい! 昔から食べているから第二のおふくろの味だな。


「総一、ママの料理美味しい?」


「うん、めちゃくちゃ美味い」


「じゃあママの事も大好き?」


 へっ? 何をいきなり…… あっ!! もしかして、機嫌が悪くなったのってそういう事だったの!?


「……うん、めちゃくちゃ大好き」


 すると晴海さんは俺の方をパッと向き、そして……


「うふふっ、私も…… めちゃくちゃだーい好きよ、そーくん」


 大好きと言ったら満面の笑みで喜んでいる晴海さん。

 でも、そんな晴海さんが凄く可愛いと思った。

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