第4章 徳は得なり

 雰囲気的に、分かりましたと答えるしかなさそうだった。

「分かりました。では、それなら、これから僕は一体どうなっていくんですか?」

「そうですね。これから、あなたはここで、次の生のプランを私と一緒に立てます。いわば、魂というのは宝石で言う原石みたいなものでして、いくつかの生を通して、徐々に磨かれていくものなんです。そういった意味では修行が必要ですからね。通常、ここに来る方々とは、初めに、次の人生では、どういうものになりたいかということや、どういう事をやってみたいかということなどを、一緒に人生を振り返りながら相談して、プランを立てていきます。でも今回、あなたはもう生前に決めてしまっているみたいだから、何になるかは相談しなくても大丈夫そうですがね」

そういうと田貫さんはにこっと笑った。

「え?」

目を丸くした武史に、かまうことなく、向こうは言葉を続けた。

「しかも……あなたは、今回が初めての人生だったみたいですね。無理もないですよ。記念すべき、第1回目の転生です。なんだか魂が抜けたような顔をしてますね?あ、失礼しました。あなた、抜けた方の魂でしたね。いや~でも、第1回目の転生で、まさかこう来るとは……なんだか大分達観した人ですね。別の意味で心配になりますよ」

 先程から、(もうないけど)ニューロンを総動員しても、消化できないほどの怒涛の情報にさらされて、目を白黒させている武史に対して、田貫さんは、にっこりと笑った。この人、本当にアドバイザーなの?と疑いの目を向けたくなる。話に全くついていけないってことを分かって欲しいと武史は思い、恨みがましい目で田貫さんを見ると、彼は言う。

「ああ、すみません。記念すべき初めての転生ですから、このシステムを説明しないといけないんでした。えーとですね、通常、輪廻を繰り返している方は、生前はこちらの記憶を忘れていても、こちらに来た瞬間に、こちらにかつて来た記憶を思い出します。何度も転生を繰り返している人は、そのたびに、過去の記憶が積み重なっていて、前世でやり残したことを、現世で、現世でし残したことを来世で……というようにプランを練って魂の修行をしていくんですよ。そのたびに、それを一緒に考えるのが、転生アドバイザーです。ただ、プランを練るのにあまり時間をかけてはいられません。受付のホールの時計を見たでしょ?」

「ああ、あの大きな時計の事ですね。今まで見たこともないようなきれいな時計でした。でも変だな?なんか壊れていませんでしたか?確か、時間を遡っていたような気がします。」

「その通り。それは遡時計と言います。……人間は死後、49日間は元居た世界と、次の世界の狭間のようなところで漂うとされていますよね。武史さんが生きていた世界で伝えられているその事実は、ほぼ正しいのですが、重要な点で少し違います。厳密に言うと、49日、元居た世界に漂うのではなく、時間をかけてその人の寿命を逆行するんです。えーと、あなたは確か35歳で亡くなったんですよね。こうやってこちらで時間を過ごしている間にもあなたは寿命を逆行していて、現世での記憶を少しづつ忘れているんですよ。だから、全部忘れてわけがわからなくなってしまう前に、ここに来て、次の世界のプランを練らないといけないわけです。その時間が現世時間にすると、所謂約1か月強、49日間というわけです。つまり、タイムリミットです。だから、100歳で亡くなった人と35歳で亡くなった人は、成長に個人差があるように、一人一人忘却していくスピードは違いますね。ただ、忘却といってもすべて忘れてしまうという事ではありません。所謂、生前の忘れられない出来事のように心に残っている事、印象に残っている事といった、深い感情体験はいわば修行のエッセンスですから、魂に刻まれて残り続けます。それ以外の情報的なものは徐々に印象が薄れていくというような感じです。例えば有名なレストランでとても美味しいものを食べたとして、いつ、どこで、だれと何を食べたかなどの詳細な情報は忘れてしまうけれど、美味しくて幸せだったな~ということは残るというような感じです。いずれにせよ、残された時間で自分の次の生をどうするか決めなければならないことになります。」

はあ、そういうシステムなのか?でも、待てよ?ふと、疑問が武史の頭によぎる。

「その理屈で言うならば……じゃあ、仮に生まれてすぐに死んじゃった人はどうすれば?まだ自分では何も決められないじゃないですか。」

「安心してください。だいたいの魂は輪廻転生を通して修行を積み重ねていますから、そういう魂は、今世の記憶ではなく、前世の記憶に従って来世を決定するんです。もちろん、あっちで生まれてすぐなくなってしまった魂はこちらに戻ってきます。その時に、また同じお母さんのもとに生まれ変わることが運命である魂もありますが、今度は別のところで生まれ落ちて修行を積む魂だってあります。何故、また同じところに生まれることを選んだか、または、別のところに生まれることを選んだか、そういう事に関しては、たいてい、本人がアドバイザーと一緒に決めておくのですよ。そうして、何度もそのような繰り返しを経て、魂を磨いて積み上げていくものが徳です。そしてその過程で魂同士が影響を及ぼしあって、自分たちは気が付かないうちに織られていくものが縁なのです」

「なるほど、だいたいのことは分かったような気がします。ところで、僕みたいに、今まで一回しか生きていなくて、49日間に決められなかった人はどうなるんですか?」

「そのような場合は生きている間、その人が強く望んだこと、魂に刻まれた記憶を参考に、転生カウンセラーが一番その人にふさわしいと思うプランを提供することになります。」

 望む人生を、しかも専門のアドバイザーと共に決めて、その通りに生きられるのかと思うと、武史の気持ちも前向きになり、わくわくしてきた。

「へえー、そうなんですか……。いや、今まで全然想像したこともなかったなあ」

にっこりとほほ笑んで田貫さんは答える。

「想像では測れない世界ですから。因みに、先ほども申しましたが、武史さんは、これが初めての人生だったようです。前のデータがありませんから。でも大丈夫、あなたは生前、なりたいと思うものを決めていたようですよ。」

「え?全然記憶にありません。人間でしょうか?どうせ生まれ変わるのなら、成功が約束されている人生がいいなあ。アラブの石油王とか、アイドルとか」

「……あなたねえ、それは死後の世界に期待しすぎですよ。死んでもあなたはあなたなんですからね。成功が約束されている転生サービスは、公的な機関では提供出来かねます。それに、あなたは第一回目の転生でほとんど徳というものがまだありませんからね。アラブの石油王も、花形のアイドルもよいですが、脚光を浴びる方々は背負うものも余計に大きいのですよ。あなたは背負いきれます?」

「……」

「ちなみに、徳持の方は、少し割高になりますけれど、民間の転生サービスを使って転生される方もいますよ。」

「そんなものもあるんですか?」

「もちろんありますよ。」

「では、徳を積むのはどうしたらいいんですか?」

「これが難しんですよね……。徳を積むというのは、自分にとって本質的な魂から離れないということです。何も教会や神社にお金を沢山稼いで寄付をするという事だけが徳を積むわけではありませんよ。転生自体がそもそも、魂の修行のためにするものですからね。自分の魂は自分だけのものと思われがちですが、そうでありながら、厳密にはそうではありません。そういう視点であなたの生前の徳を測るとすると……」

そう言うと、田貫さんは巻物を見つめた。どうやら、内容を読んでいるようだ。

「ふむふむ、あなたは、なんというか、愛情のある家庭に生まれたようですが、どうも、前世では名の影響を受けすぎて、自分の本当の望みや魂とつながりを持てずにいたようですね。しかも、出会うべき魂に出会わないままに人生が終わってしまっている。ぷっ、なんですか、この死に方は!」

 そういうと田貫さんは笑いをこらえずに、吹き出した。

さすがの武史もむっとした。お悔みを言われるならまだしも、吹き出されるとは何たることなのだろう。武史の表情を見て、さすがの田貫さんも悪いと思ったのだろう。

急に厳かな表情を作り、慌てて取り繕う。

「おほん、失礼しました。」

分かればよろしい……と思いつつ、武史はそれよりもより重大なことに気が付く。

そうだ、死に方!自分はどういう風に死んだんだっけ?全く覚えていない。

「すみません、私は一体、どういう風に死んだんでしたっけ?」

「ああ、あなたね、巻物によると、トウモロコシの粒ほどの隕石が頭を貫通して亡くなったみたいですよ。一瞬のうちに。」

「そうだったんですね」

こんな重要な自分の経験を、自分よりも先に赤の他人の方が知っている居心地の悪さと言ったら、本当にない。

「で、あなたの徳ですが、民間のサービスを利用できるだけの徳は持ち合わせていないみたいです。そもそも、徳とはですね、時間をかけて、自分の魂の本質を見出していくことで積み上げられるのですから、転生1回目のあなたはこれから磨いていくことになります。」

「そうですか、次の世界では徳を積めるようにします。で、徳ってどうやって積むんですか?」

田貫さんは、やれやれと言うように首を振る。

「もう、これだから。先程も言ったのですが、徳は自分の魂の本質を見出していくことで積み上げられるものなんです。だから、お金持ち=徳が高いとか、所謂、あなた方の外的な基準で一概に測れるものではないのですよ。かといって、自分を捨てて他人の為だけに生きる人が徳が高いというわけでもない。強いて言うなら、自分も他人も幸せに活かす。幸せとは魂の本当の声を聴き磨く事、少し難しい話になりますが、徳はいわば、結果ではなく過程の方にあるものなのです。だから、こうなりたい、これが本質的な自分が望んでいるこの世の生き方だとおもって、その実現に勤しむ過程が徳であって、その過程で金を得たり、人に奉仕したりという人はもちろんあるのですが、間違ってもその金や善行が=徳というわけではないというわけですね。だからこそ、あなた方の世の価値観や基準では測りがたい事の方が多いかもしれません。」

 なんだか、何かの宗教の教祖様の話を聞いているような気になってくる。情報過多でパニック寸前の頭を落ち着かせながら、武史は言った。

「何となくわかったような、分からないような。でも、そうすると、僕にはいまいち理解できないこともあります。こういう風に次のプランを一緒に練って、一番良いと思うプランで次の世を生きるわけでしょ?それなら、みんな、現の人生を幸せに生きれるはずですよね?そうはいかないのはなんですか?だって、現実世界では、あまりに苦しくて、自ら命を絶つ決断をする人だっているでしょ?」

「ええ。そうなんです。そこも我々が対策しているところなんです。基本的には前もってプランを練って無理なく修行が積めるようにしているんですが、我々のプランも完璧ではありませんから。何か我々の管轄外の予期しない力が働いてしまったりすることもあります。我々も万能ではありませんから。」

そういうと、田貫さんはあたりをきょろきょろ見回し、また、武史の耳に手を当てて小声で言った。

「それに……あまり、大きな声では言えないけれど、転生サービスっていうのは今や三途の川、あ、いや、川の埋め立て地、今は更地ですから、その地挙げての一大事業でして。なかには悪質な業者もあるんですよ。そういう業者に出会ってしまう人もいます。強い感情は、エネルギーでもあるんですよ。苦しい、悲しい、理不尽、落胆、欲望、後悔、そういう感情って良くも悪くもものすごく強い感情でしょ?そういう苦しみを抽出してエネルギーにするクズ、おっと失礼、反吐が出るような輩もいるんですよ。本来の姿、自分に戻ろうとする魂のエネルギーを、特定の感情に縛り付け、そうさせないことでずっとそのエネルギーを利用し続ける。何しろ、生きている間はここに来た時のことは忘れてしまいますし、生きる前に考えた人生のプランが違うかどうかなんて、分からないじゃないですか。だから、裁判所に訴えられもしないからね。生きていたころに苦しみ、命が終わって、こちらに戻ってきた時に、その人生はあらかじめ自分が望んでプランを立てた人生ではなかったということを思い出しても、後の祭りなんです。もちろん、魂のやり直しは、いつからでも効くのですが、徳はまた積みなおしになります。現世では、ただより高いものはないって言いますが、本当に得が付く話には気を付けて下さいね。徳だけに」

 そう言うと田貫さんは、上手い事言ったとばかりにウインクまでする。

うう。最後のは余計だ、と思いながら、武史は、ふむふむ、そういうものなのか~

と思った。分かったような、分からないような。納得できるようで納得しきれないような。でも、ここでいくら考えても、全てを消化できるわけではなさそうだし、先ほどの話だと、武史がプランを立てられる時間にも限りがあるのだ。自分の次の人生に関係ない話で大事な時間を費やしてプランがおろそかになってしまっては、それこそ元も子もない。ひとまず、今は、先に自分の転生を決めて、よりよい次の人生を生きれるようにじっくりプランを練っていきたかった。

「そういうことなら、僕は次の人生ではしっかりと徳を積めるよう、次の人生のプランをじっくり練っていきたいです。因みに、先ほど、僕の場合は、決まっているっていいましたよね?」

「ええ、決まっていますよ。あなたは」

武史は続きを言おうとした田貫さんを慌てて制した。

「ちょっと待った!……僕は、生前、色々なことに流されて生きてきたというか、受け身で生きてきてしまったというか、自分がどうありたいかなんかよりも、とりあえず、これが必要だから、とか、とりあえず皆と同じことをしていないと不安だからとか、そういう理由で自分の在り方をえらんできた、それが全て悪いとは思わないけれど、それで後悔している部分もあるんです。だから、修行と言うならば、しっかりと自分で自分の事を考えたい。だから、僕にあてさせてください。次の人生は積極的に生きたいんです。それに、生前僕自身が決めている事だし、僕自身の事ですから」

 意外だというような表情で田貫さんは武史を見つめた。

「早速、良い心がけですね。いいでしょう。」

「僕が次に転生するのは……」

「するのは?」

武史は自分の思考を辿るべく、生前の自分の人生をたどる。

「するのは‥‥‥」

「するのは?」

「うーん、するのは……」

「するのは?……」

「……」

「っていったいいつまでこのくだりやるんですか!さっさと答えて下さいよ」

「こほん、えっと、たぶん、僕は猫ですかね??ペットフードの会社にいたんですけど、割かし猫には好感を持っていましたから。自分をしっかり持って、生きている感じがするじゃないですか。でも、野良猫はいきなりだと大変かなあ。初転生だから、スモールステップからのスタートと言うことで。穏やかで裕福な猫好き家庭の猫ですかね?少し良いところに飼われたら、食って寝て、日向ぼっこして散歩して生きていけるし。」

田貫さんは首を振る。

「残念ながら違います。」

「そうですか?では、ガラパゴス諸島にいる、大型の亀とかですかね?あそこまで大きくなると食べられる必要もないし、のんびり生活できそうだし」

武史がうっとりしながら言うと、田貫さんは半ば呆れたような表情で武史を見た。

「それも、また違いますね。えーっと、私が期待し過ぎました。」

「え、どちらも違うんですか?……まいったな~全然思い出せないや」

「時間がもったいないので、私が言いますね」

そう言うと田貫さんは深呼吸をする。そして武史に向かって言った。

「あなたは植物に生まれ変わります。」

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