8 Broken Interpreter
「私がこの学校で魔女と呼ばれていることは知ってるよ。ごく稀にこうして、ちょっと不思議な光景を見せることがあるからね」
面談用の椅子に姿勢よく腰掛けた晶さんは、優雅な仕草で窓の方を示した。向かい合って座った小鳥遊さんは、自分の見ているものが夢でないことを、どうにか納得するのに精一杯といった風だ。彼女はおずおずと口を開く。
「ちょっと不思議、なんかで済むんですか。これが」
「現代でも、ある種の精神的な修練や試練に際して、超自然的な光景を手段とすることがままある」
「アヤワスカの儀礼みたいな? でもあれは、科学的に説明できる幻覚です」
「よく知っているね。小鳥遊さんは図書室でよく本を借りているようだけど、本が好きなのかな?」
穏やかに訊く晶さんを、小鳥遊さんは、どうにか真っ直ぐに見据えていた。
「私の個人的な情報を話せるほど、まだ辻上先生を信用していません」
「そうだよね。それは当然だ。不快にさせたなら謝ります」
そう言いながら晶さんは、小鳥遊さんの後ろに控えている俺を見た。――はいはい、お茶デスネ。
訪れた沈黙を、ススキの穂のざわめきが濁す。
「図書室で借りた本に、臨床心理士についての本がありました」
と小鳥遊さんが言った。
「辻上先生のやっていることは、その内容からあまりにも逸脱しているように思うのですが」
「小鳥遊さんの言う通り、少なくとも私が今やっているのは――やろうとしているのは狭義の専門家による臨床心理面接じゃない。一応私も資格は持っているけど、そんなものは全く役に立たない。この手品みたいな相談室も、いわばその象徴なんだ」
「……それって、ただの悪徳商売じゃないですか。精神世界の本棚に並んでるみたいな」
晶さんはニッコリと笑う。
「小鳥遊さんはすごいね。実際に超自然的な光景を目にしても、きちんと考えることをやめない。やっぱり読書というのは量を経て初めて美徳になるんだね」
「そうやって相手を褒めることも、詐欺の手法の一部でしょう」
俺が淹れた紅茶を小鳥遊さんの前に置いても、彼女は一瞥もくれなかった。…怒ってるよなあ。
そりゃ、あれだけ信用しろって言っておいてコレだし。
晶さんはこれだけ不信の目で睨まれても、どこ吹く風だ。さすが慣れたもんである。
「そこまで不安なら、これから小鳥遊さんの疑問や懸念点を一つずつ潰していこう」
「それだって……」
「そう、詐欺師の手法だ。では私が詐欺師として、小鳥遊さんから何を奪い、搾取するのか。それをまずハッキリさせておくのはどう?」
その大胆不敵な言いように、さすがの小鳥遊さんも少し黙らざるを得ないようだった。
「私から、奪うもの……」
「そう。辻上晶が、小鳥遊せりかから貰い受けるもの。それは一つの解釈だよ」
晶さんの発言に、より困惑する小鳥遊さん。
「解釈……って、あげたり貰ったりできるものなんですか」
「普通はできないよね。でも私はあげたり貰ったりできると考えている。それが私の解釈。その解釈が、この手品を可能にしている」
晶さんは、もう一度窓の外を示し、部屋全体を示した。
「これは私の手品や超能力じゃない。貰い物なんだ。誰かが激しく思い込んで、結果として実現してしまった、ズレた空間の一部。それに少し手を加えたのがこの第二相談室」
「誰かの解釈を先生のモノにできる、という先生の解釈」
ふと呟いた小鳥遊さんの言葉に晶さんが頷く。俺も正直驚いた。
「素晴らしいね。ここまで理解が早いのは小鳥遊さんが最初かもしれない」
「はあ」
「そして、私たちのいるこの部屋のように、物理法則を曲げてしまうほどの重篤な思い込みを、私は独自に”拡張概念”と呼んでいる」
しばらく大人しく話を聞いていた小鳥遊さんが、何かに気づいたように口を開いた。
「じゃあ、あの連続自殺って」
「そう。私が思うにあれは、激しい思い込みの末に拡張概念を得るに至った、
あちゃー。俺は思わず顔に手を当てた。
小鳥遊さんは目を白黒させている。
「ブ、ブロ…?」
「
晶さんは渾身のドヤ顔を決めた!
「……これも勝手に晶さんが呼んでるだけだから。俺は普通に”保持者”って呼んでる」
俺が思わず口を挟むと、小鳥遊さんは一瞬だけこちらを見て、なるほど?という顔をした。
晶さんは残念そうに眉を下げた。
「Broken Interpreterの方がカッコいいのに」
「そういうオシャレなの要らないっすから。話がややこしくなるでしょ」
「……待ってください。じゃあ、紗耶はその、ビーアイとかいう超能力者に、殺されそうになってるって言うんですか?」
小鳥遊さんは少し俯いて、ごちゃごちゃになった頭の中をどうにかしようとしながら、搾り出すように言った。っていうかそっちの呼び方なんだ…。
晶さんは頷く。
「超能力者、という言い方に語弊はあるけど、便宜上そのように理解しても構わないよ。正木紗耶さんは今、超自然的な力によって危機に瀕している。そういうことだ」
「……馬鹿げてる」
小鳥遊さんは俯いたまま、晶さんと目を合わせようとしない。
「小鳥遊さんの言う通り、こんなのは馬鹿げたペテンだ。信じられないのは無理ないし、信じなくてもいい。……でも、正木さんを見て、何かがおかしいと直感したのもまた、小鳥遊さんだよね。だからこんなおかしなカウンセラーに頼ろうと思った」
あくまでも晶さんは、笑みを崩さず、穏やかに言う。
「なら、何も信じないまま、一度だけ私と空くんに頼ってみるのはどう? 馬鹿げた仮説に基づき、馬鹿げたまじないを試してみるんだ。繰り返すようだけど、私は小鳥遊さんの解釈を貰えれば、それでいい。特別に金銭を要求したり、拘束したりはしない。全てが終わったあと、少し私に話をしてくれればいいだけ」
「……それで、紗耶がよくならなかったら?」
弱々しく呟く小鳥遊さんに、晶さんはあっけらかんと言う。
「そのときは、また病院に連れていけばいいよ。私とは真逆の、マトモな大人がなんとかしてくれる。なんなら第一相談室の重田先生に頼ったっていい。小鳥遊さんがそうしたいなら、今からでもそうするべきだ。そのために相談室は二つあるんだよ」
まあ、ここを合わせたら三つあるんですけどね。と俺は内心呟く。
小鳥遊さんは何も言わず、机の端っこを睨みつけている。向かい合う晶さんはそれ以上何も言わず、黙って見守っている。
また長い沈黙が横たわった。
部屋に充満した緊張感に、さすがの俺も音を上げそうになった頃、小鳥遊さんは顔をあげて言った。
「……紗耶を助けるには、どうすればいいんですか」
きっとその瞳にはススキの原が映って、赤く燃えているんだろう、と彼女の後ろに控えている俺は思った。
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