5 小鳥遊せりか

公園はこじんまりとしているがそれなりに緑が多く、秋の虫たちが賑やかに鳴いている。一本だけ備え付けられた灯りが、頼りなげに俺達がいるブランコを照らす。


――小鳥遊たかなしせりか。小柄でおとなしく一際目立ちはしないが、それなりに自信を持って発言するタイプで、彼女を頼る女子は多い。いつも友達と話している印象が強い。


マジでなんでここにいるんだ?


立ち話も何だからと俺もブランコに座ってしまったけど、普通にそこのベンチに座ればよかったのでは……みたいなことを考えていると、


「辻上君と喋るのって、なんか新鮮かも」


隣に座る小鳥遊さんが、控えめな調子で言った。


「なんか辻上君って、明るいのに、周りと距離あるから」


声色は控えめなのに内容があんま控えめじゃないねえ、などとはもちろん言わない。


「いやいや、そんなことないっスよ? 俺は小鳥遊さんといつも喋りたくてしょうがなかったし」


適当に誤魔化そうとしたらすごいストーカーみたいになった! 小鳥遊さんは一瞬キョトンとして、


「あはは、そういうの。辻上君っぽい」


割と本気で可笑しそうに笑ってらっしゃる。引かれなくてよかったネ!


「あの、俺っぽいってナンスカ」

「辻上君はここで何してるの?」


質問をぶった切って、小鳥遊さんは俺を見て問うた。声色はさっきまでと変わらないが、その瞳には僅かながら切羽詰まったものが感じられた。


俺の何かを疑っている……?


しかし、不自然な間を作ることは避けたかった。


「…おつかいだよおつかい。小鳥遊さんも"魔女の部屋"は知ってんでしょ?」


俺がダルそうに返すと、彼女の瞳にあった揺らぎが消えたような気がした。まあ、嘘は言ってないからね。


「えっと、辻上君が相談室の先生のお手伝いをしてるっていう話は聞いたことあるけど」

「そうそう。ちょっと遠いからめんどかったけど、終わらせて今から帰るとこ」これは嘘。

「――なんだ、そっかあ。でも、東校うちからここまで来るなんて、ちょっと変わったおつかいだね」

「なんかどうしても届けたい書類があったらしくてね。大人は色々あんだってさ」

「働き者だね、辻上君」


彼女はもう殆ど警戒心を解いているようで、あまり話さない男子に向けてくる程度の、社交的な笑みを俺に向けてきた。


悪いけど、こっちはまだだ。


「小鳥遊さんは? 家が近くってわけじゃないよね」


俺が訊くと、小鳥遊さんは露骨に目を泳がせた。


「わ、私は……」


おいおい、言い訳ぐらい予め考えといてくれよ。女子をいじめているみたいになるのは勘弁してほしい。


「友達を、待ってて」

「ならいくら待っても無駄だな。今日はもう全員帰されたみたいだし」


ほんの少しだけ追い立てるように俺が言うと、彼女の動揺がじわじわと広がっていくのがはっきり見てとれた。どういう反応を返すのが正解か、判らなくなっている。


「そう、なんだ……」


俺は苦虫を噛み潰す。彼女はこの学校の事情を知っている。知らなかったのは生徒がもう誰もいない、という点のみだ。だから反応に迷っている。


彼女が何かを隠しているのは間違いなかった。


最悪のケースを覚悟して、さり気なく右ポケットに手を忍ばせる。晶さんが作ってくれた、仕事用兼護身用の


俺は今、生きるか死ぬかの瀬戸際にいる……かもしれない。


これまでヤバい目にはいくらか遭ってきたけど、だからといってこれまでと同じような危機が襲ってくるとは限らない。に関わるというのは、常に予想の斜め上からドロップキックを食らうようなものだ。


夜の闇が、じっとりと俺にまとわりつく。沈黙がヒリつき、鼓動が早まる。核心に、触れなければ。


俺は意を決して切り込む。


「小鳥遊さんはさ」

「え?」

「この世界がどんな風に見える?」


彼女は目を白黒させている。そりゃそうだ。


「え、と、もう真っ暗だね」

「それは俺たちの視界の話だろ。小鳥遊さんは、どんな風にこの世界を?」

「……」


さて、どうなる。


「…辻上君の言ってることは、よく解らない。けど」


彼女は視線を膝下に置いた自分の手に落とす。ちょっと強引だったが、俺は手応えを感じていた。


「私の世界を作ってるものがあるなら、それは」


彼女は泣いていた。張り詰めた糸が切れたようだった。


「辻上君、私の、友達を……紗耶を助けて」

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