4 夜歩き

俺が通う高校から件の進学校までは自転車で30分ほどかかった。うろ覚えだったのでスマホの地図を確認しながらの到着で、辺りはもうすっかり闇に沈んでいた。街灯がポツポツと灯り始める。聞こえるのは俺が引いている自転車の、キリキリというタイヤの音だけ。


冷たい風が、無防備な首元から入り込む。


今日まさに3人目の死者が出たこの学校に、もちろん生徒は残っていない。全員が帰されたと晶さんが言っていた。校舎はフェンスの向こうに、音もなくそびえている。遅くまで雑事をこなす羽目になった責任ある大人たちだけが、明るい窓の向こうで仕事をしているようだ。


夕方頃までは救急車だの警察だのもいたんだろうけどね。


「で、どうすんだこっから」


俺は夜の秋風に吹かれながら途方に暮れていた。めちゃくちゃカッコつけて出てきたけど、晶さんに何も指示もらってないじゃん!


俺ってこう、雰囲気に流されやすいとこあるよね……。


スマホで指示を仰ぐこともできるけど。


「まあ、指示を仰いだとて、か」


晶さんのことだし、「肝試しなんだから、ただ周りを歩いて来ればいいんだよ」とか言うだけかも。


とりあえず学校の周辺を、フェンスに沿って歩きながら思案する。生徒どころか通行人もいないのでウチの学ラン姿でも怪しまれることはなさそうだ。不審っちゃ不審だけど、いざとなれば「友達を待ってるんです!」とでも言っとけばいい。


まず目的を明確にしよう。俺がすべきことは、「枯れ尾花を幽霊に変えている誰か」の有無を確かめること。もしいるなら、それを特定して、一先ず晶さんに報告する。


「ここに来るまでは特に収穫なかったな」


実際、怪談の舞台は学校ではなく生徒の帰路だ。もし「幽霊」がいるなら、ここに来るまでに遭遇できていれば話が早かったのだが。


「でも……それって俺死んじゃうよね?」


怖いのは百歩譲っていいけど、わざわざ死ぬような目に遭うのはゴメンだ。


やっぱり幽霊自体を探すのはちょっとやめた方がいいのかも……。ってか晶さん、最悪俺が死んでもいいと思ってる!?


「んなわけねえか…愛されてるもんな、俺」


幽霊自体を探さないとすれば、次に考えるべきは関係者への聞き込みだろう。でもこっちはなかなか骨が折れそうだ。色々と言い訳を考えなくちゃならない。


「自殺した生徒について他校の生徒が嗅ぎ回るなんざ、野次馬以外の何者でもないよな」


そもそも晶さんのやろうとしてることが殆ど野次馬なんだから、俺だってその誹りは免れないだろう。聞き込みをしたいなら、そこんところも含めて上手くやらなきゃいけない。


実に面倒だ、と思うのは、俺にはまだ方法が残されてるからか。


「聞き込みがダメなら、盗み聞きって線もあるよね」


誰にも見つからずに校舎に忍び込み、誰にも見つからずに、大人たちの話を聞くことができれば。


今校舎では死んだ3人の話題でもちきりだろう。いい大人が職場で露骨な話はしてないだろうけど、多少の情報は確実に得られるはずだ。


俺には、その術がある。


「けど、やりたくないにゃあ……」


アレをやると、思い出したくないことを色々思い出しちゃうんだよな。せっかく晶さんが、俺をマトモにしてくれたのに。


「やりたく、ないけど」


他ならぬ晶さんのためならば、と俺は――


「え、辻上君?」


突然の声に振り向く。学校の隣にある小さな公園、そのブランコから誰かが立ち上がる。ウチの高校のセーラー服と、いかにも育ちが良さそうな片寄せの三つ編みを見て、俺は思わず口を開いた。


「……なんで小鳥遊たかなしさんがいんの」

「それは辻上君もでしょ」


同じクラスの小鳥遊せりかが、なぜかちょっと安心したように俺を見ていた。

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