月は出ているか

第6話 月は出ているか

 放課後、今日は珍しい組み合わせでファストフード店に訪れている。


「どうして楓ちゃんは俺と遊んでくれないんだ?」


 真斗がストローを咥えながらボヤいている。

 


 本来であれば桜との放課後デートだったが、帰り道で偶然に真斗と出くわし遊びに誘われた。真斗の誘いを断ることもできたが、夏休み明けから俺達二人の関係はクラスで少し噂になっている。


 噂が大きくなる前にクラスで声が大きく、交友関係も広い真斗が俺達の噂を払拭してくれないかという淡い下心から三人で遊ぶこととなった。


 そんな俺の思惑を理解しない桜はあからさまに不機嫌な態度で真斗のボヤキに答えた。


「……カッコ悪いからでしょ!?」

「俺ってそんなにカッコ悪い?」

「『コイツ、マジで死ねばいいのに』ってレベル」


 真斗は完全にテーブルへ顔を伏せてしまった。

 慌てた俺は桜の靴を軽く蹴って、真斗のフォローをする。


「そんなことないだろ?」

「……。顔はソコソコだけど……」


 流石に桜も言い過ぎたことに気がついたのか少しだけ真斗を持ち上げる。


「ハハハ、『花鳥風月』の片割れに褒められた」


 真斗は乾いた笑いと聞き慣れない言葉に思わず、何のことかと尋ねた。真斗曰く、桜とウサギの二人に付けられたあだ名だと言う。


 『飛鷹ひだか さくら』と『片月かたつき かえで


 二人の名前からウチの学校の男子達はそう呼ばれているらしい。


 桜とウサギはよく連んで遊んでいるのは知っているが、まさかそんなあだ名を付けられているとは思いもしなかった。



 その話を聞くや否や桜の表情かおが変わった。


「……仕方ない。ウサギのを教えてあげる」

「本当か!?」


 桜の言葉に真斗はテーブルに伏せていた顔を上げ、死んだ魚のような目がボールを与えられた子犬のような目に変わる。


 ————互いにチョロ過ぎだ。


 俺はツッコミたい衝動に駆られるが、我慢し成り行きを見守ることにした。


「ウサギは……」


 何かを言いかけたところで、桜は口を止め何かを考えている。そっと俺の方に目線を移したかと思うと右の口角だけが上がった。


 桜のこの表情を俺はよく知っている。

 よからぬ事を思いついた表情だ。


橅木かぶらぎ。耳、貸して」

「あ、あぁ」


「………エ………のカヲ……が、好………」


 桜は俺に聞こえないように真斗へ耳打ちして何かを伝えている。桜が一通り話し終えると真斗は何故か考え込んでいる。二人の会話が気になって思わず尋ねてしまった。


「なんで俺には秘密なんだ?」

「壱成がウサギにチョッカイ出さないように」

「出さないよ」


 桜はより一層、右の口角が上がっている。

 確実に桜の計画通りにシナリオが進んでいるのだろう。


「見ててあげるから試しにやってみてよ」

「い、いや、流石にそれは……」

「そう。私はどっちでもいいんだけど……」


 桜の挑発的なセリフに真斗は何かを決断したのか鋭い眼孔を見せる。俺は二人の会話についていけず、一人蚊帳の外にいた。



 真斗は勢いよく立ち上がると隣の席のソファーのの上に座った。


 驚く俺に桜は忠告する。


「絶対に止めちゃダメだから」


 どこかで聴いたことのある鼻歌を真斗は口ずさんでいる。


 ……ふふふっふっふんふーふん。


 これは……『交響曲第九番』。いわゆる『第九』だ。


 真斗の異常な行動に気が付いた女性店員が声を掛ける。


「お客様、他のお客様の……」

「う、歌はいいね。歌は心を潤す……」

「いえ、迷惑になりますので辞めてください」


 真斗は顔を真っ赤にした上、叫びながら店を出て行った。


「よっしゃー!!」

「……じゃないだろ。やり過ぎだ」

「でも、これで二人きり」


 そのまま日が沈むまで桜と取り留めのない雑談をした。


 店を出ると桜は三歩ほど前を歩いている。

 不意に振り返りこう言った。


「月が綺麗ね。そうは思わない? 飛鷹 壱成君」

「……そう…だな」


 夜空の満月にはウサギの影が浮かんでいた。

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