第5話 理不尽なカノジョ Ⅴ

 風呂上がり、自分の部屋へ戻るとゲームの準備をする。ゲーム機の電源を入れるとロード画面が流れた。


 あとは桜が俺の部屋に来るのを待つだけだ。それまで間に学校の課題や予習をこなすことが俺の日課となっている。

 

「お待たせ」

「ちょっと待ってくれ。キリが悪い」

「えぇ〜。早くやろうよ」


 そう言うと桜は勉強机に向かっている俺の背中に覆い被さる。シャンプーの甘い香りと少し湿った桜の髪が俺の鼻と頬を掠める。


 多分、これは幸せの瞬間なのだろうが……。

 ただ暑っ苦しい。


「暑いから止めてくれ」

「もうムードが台無し」

「いや、ゲームをするのにムードはいらないだろ」


 そう言うと桜は俺から離れて、一人でゲームを始めてしまった。俺は勉強を続けながら昼間の説教の続きをした。


「なぁ、昼間の話なんだが……」

「わかってる。徐々にオープンにしていこうね」

「いや、徐々にでもオープンにしたら駄目だろ!」

「恥ずかしいのはわかるけど、そういうものだよ」


 ————冗談で言っているのか?

 

 今の桜の口振りではとてもそんな風には聞こえなかった。もしかして本当に意味がわかっていない可能性があると思い確認をしてみた。


「桜、一般的に兄妹で恋人にはなれないんだ」

「知ってるよ」


 ————なんだ。わかってるじゃないか。


 自身の取り越し苦労であったと胸を撫で下ろした瞬間であった。桜が言葉を続けた。


「……でもね。今は時代が違うんだよ」

「はぁ!?」


 思わず大きな声を出してしまい、勢いよく桜の方を振り返ると、桜は何事もなかったかのようにゲームを続けていた。


 俺が知らない間に世界のことわりが変わったのか? それとも俺は気が付かない間に世界線を超えたというのだろか? いや、タイムスリップをして未来へ来た可能性だってあるのか?


「壱成。ちゃんと授業は聞かないと駄目だよ」

「授業は真面目に受けているつもりだが……」

「今は『多様性の時代』よ。ダイバーシティ!」

「……」


 やはり俺は正常だ。

 この世界の法律、世界線、時間は通常運転でSF要素を孕んだ展開ではない。


「……おい、俺達にそのルールは適用されないぞ」

「またまたぁ〜」


 桜はテレビから目を離し俺を見つめる。

 笑顔ではあるが、少し顔が引き攣っている。


「授業で『多様性を受け入れろ』って」

「俺達の関係は対象外なんだよ」

「……冗談だよね?」

「本気だ」


『Mamma Mia!!』


 ————ホラ、みろ。


 世界的に有名な推定三十五歳のイタリアおじさんも驚いているじゃないか。桜の解釈は拡大解釈の枠を超えている。


「同性もOKなんだよ!? 私達は異性じゃん!」

「そういう問題じゃない」

「生物学的に問題ないでしょ!」

「生物学的に問題があるんだ」


 昨晩、桜が先に眠った後の事だ。

 スマホで兄妹が恋人同士になることについて色々と調べてみた。



 日本で三親等内の婚姻は法律で禁止されている。


 他の国も基本的には同じで近親婚はできない。

 外国では傍系二親等も結婚できるそうだが……。

 俺と桜は同じ両親から生まれた双子である。


 結局は全世界共通で俺達の関係はタブーなのだ。

 数ヶ月後、成人となる俺達だが結婚はできない。

 


 あからさまに不貞腐れている桜。


「いずれにせよ。結婚はできない」

「……ケチ」

「だが別に付き合うことを法律で禁止されてない」

「本当?」

「いつもみたいに警察のお世話にはならないぞ」


 自分で言っておいてなんだが自身に嫌悪感を感じた。倫理観や道徳心に反していることを頭では理解しているのだろう。


 ————いや、これも刷り込みなのか?

 それとも生き物としての本能だろうか?



 考えるのがバカらしくなった。


 できる限り桜が望みを叶えてやろう。

 ————今はただ、それだけだ。


 そう思うと今朝の会話を思い出した。


 ……やるか。


「アイスが食べたくなった。買いに行くか?」

「薮からアイスバーだね」

「コンビニに行くぞ」

「えっ!? もう十時過ぎてるよ」

「いいんだよ。ほら、着替えて来い」

「壱成が私みたいになっちゃった!?」


 桜は笑いながら自分の部屋に向かった。

 俺も着替えを済ませ階段を降りる。


 リビングにいる母へコンビニに行くことを伝えると小言を言われたが許可は出た。



 玄関を出ると桜を待ちながら星を眺める。

 星座や星の名前を知っているわけではないが、ただ目の前に見える大きな星の川は知っている。


「綺麗だね」

「……そうだな」


 戸惑いながらも桜の前に左手を差し出す。


「……」


 桜は俺の手を取った。

 そのまま坂道を降る。


 桜と目が合うと、すぐに目を逸らされた。

 

「……ねぇ、これ、人が来たらどうするの?」

「こうする」


 繋いだ手をそのままパーカーのポケットに押し込んだ。


「アハハハハ。バレバレだよ」

「暗いからわからないだろ?」


 コンビニに着くと手を離し、アイスを三つ買って、そのまま来た道を戻った。


「ねぇ、帰りはどうしようかな?」

「腕組みか?」

「それは朝にやったからダメ」


 それなら————


 

 桜との思い出はいつもそうだ。

 

 ドラマやアニメのようにハッピーエンドでは終わらない。たぶん明日には俺の身体が筋肉痛で悲鳴を上げているだろう。

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