第4話 理不尽なカノジョ Ⅳ

 午後の授業は何事もなかったように進む。


 昼休みに桜への説教は効果があったようで、流石にウインクは飛んで来なくなった。だが未だに桜の視線は感じる。



 放課後。


 昼休みがを一口しか食べていないため、腹の虫が鳴いている。虫、ゴキ………、嫌なことを思い出し、さっきまでの空腹が一瞬にして失せた。


「ねぇ、ねぇ。どっか寄って帰らない?」


 満面の笑顔で桜が声を掛けてきた。


 俺の疑心暗鬼であれば良いのだが、クラスメイトの視線が集まっている気がした。夏休み明けに双子の兄妹の距離感が変わっている。


 実際に桜との距離感が変わった訳ではない……と思う。自宅の状態をそのまま学校にも持ち込んだに過ぎないが、周りからは二人の関係を疑問視されてもおかしくはない。


「そうだな。母さんに買い物を頼まれてるしな」

「えっ?! 頼まれてないよ」

「頼まれたぞ。忘れてるのか?」

「う〜ん。覚えてないけど、まっ、いっか!」


 本当に空気を読めない妹だ。


 

 校門を潜り商店街に向けて歩き出すと、同じ方向に向かう他校の生徒達が俺達を見てヒソヒソと話をしている。


「兄妹かな? 顔がソックリだね」

「……双子じゃない?」

「確かに。私、男女の双子って初めて見た」


 どうやら俺達のことのようだ。

 こんな事態も昔からの慣れっこで俺は気にならないが、桜は苦手……というよりは嫌っている。


「……そんなに顔が似てるか?」


 思わず声に出てしまった。


「似てない。私は可愛いけど壱成は可愛くない」

 

 確かにそうだ。

 だが本人を目の前にして言うものだろうか。


 桜はなんだかんだ言って、わりとモテるのも事実で、がバレるまでは好意を寄せる男子はそれなりに存在する。


 春は桜の花と同じく人集め煌びやかであるが、花が散る頃には本性を晒し男子達の恋心も散らす。


 本当に理不尽な奴だ。



「いきなりディスるなよ」

「でも、壱成はカッコいいよ」

「はい、はい。お世話をありがとよ」


 呆れたような素振りを大袈裟にすると、桜は少し怒った声でこう言った。


「お世話じゃないよ。壱成ってモテるよ。」

「どこの世界線で俺はモテるんだ?」

「この世界線だよ。世界線は超えてないよ」


 桜は俺のことを慰めているのだろうか?

 そう言われも彼女いない歴と年齢が同じ俺には何の説得力もない。

 

「なんで言いよってくる女子がいないんだよ?」

「それは……、その……。」


 歯切れの悪い回答に俺は桜に疑いの目を向ける。


「お前。……もしかして何かしてるのか?」

「私じゃないよ! 少しは考えてみなよ!」


 思い当たることは……、桜が起こす事件に巻き込まれれて変なあだ名やレッテルを貼られまくっていることぐらいだろうか。


 それでは結局は桜が原因ではないか。


「やっぱりお前の所為じゃないのか?」

「だから私じゃない! もうこの話は終わり!」


 俺がモテるモテない話はどうでもよいが、自分から話を振って来ておいて話を強制終了するあたり、桜の性格が垣間見える。



 暫く無言で歩いているとこの空気に耐えきれなかたのか、桜が話を振ってきた。


「ね、ねぇ、放課後デートって初めてかな?」

「いや、小学生の頃は学校帰り遊びに行ったぞ」

「そういうんじゃない。デートだよ!」


 言われてみれば中学生になる頃にはいっしょに帰ることさえなくなった。特に意識していたわけではないが互いに距離を取っていたのは間違いない。


「……まぁ…な」

「初放課後デートの記念にプリクラ撮ろ!」


 桜は俺の腕を引っ張り、ゲームセンターへと向かおうとする。


「オ、オイ!」

「これぐらいは普通でしょ!」


 どうして女子は何かにつけて記念に何かを残そうとするのだろうか、と思っていたが今はなんとなくその理由は理解できた。


 その時の記憶や感情を思い出す為のインデックスなのだろう。多分、男子よりも女子は未来を見ているのだろうと思った。



 ゲームセンターに入ると桜に連れられ奥へ進む。


 三階。俺にとっては未知の領域。

 階段の上がり口には看板が立っており、非モテ男子の行く手を阻んでいる。


 『女性&カップル限定』


 もしやとは思っていたが、桜は立ち止まる俺の手を引いて中へ入った。


 空気が違う。

 淡く甘い香りと石鹸の香りが混ざり、黄色い声と好奇な視線が俺を刺す。


「アレって、兄妹?」

「顔が同じでウケる!」

「幽体離脱しないかな?」

「アッ! ソレな!」

「アハハハハハハハハハハハッ」


 そんな会話が聞こえて来るが、桜は何も聞こえていないかのように振舞った。


「ほらっ、早く撮ろうよ」

「あぁ」


 今までの桜あれば怒ったり、ヘコんだり、はたまた喧嘩したりと子供のように感情を表に出していたが今日はまるで相手にしていない。


 桜の成長に嬉しい反面、それは時間が経過していると同義であり、俺は手放しに喜ぶことができなかった。



 プリクラを撮り終えると撮影した写真を編集するが、桜は『祝! 初放課後デート』と書いただけで終わりにした。


「それだけでいいのか?」

「いいの」

「目を大きくしたり、しないのか?」

「私、可愛いから不要で〜す。それに……」

「それに? なんだよ?」

「この時間に嘘を混ぜたくないの」


 昔から桜は稀にセンチメンタルで暴力的な言葉を使う。本人が意識的に発しているのかわからないが、普段とのギャップで俺は胸を締め付ける。


「じゃ、帰るか? お腹も空いたし」

「……そうだな」


 撮影したプリクラをはんぶんこにして、帰宅の途についた。

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