第3話 理不尽なカノジョ Ⅲ
「おはよー!」
「ねぇ、ねぇ、桜! こっち来て……」
教室に入るとすぐに桜はクラスの女子達に連れ去られていった。
残念ながら俺と桜は同じクラスだ。
一般的に兄妹が同じクラスになることはない。だがこの学校には理系の進学クラスは一つしかない為、同じクラスとなった。
桜がクラスの女子に攫われるの見届けてから、こっそりと席へ向かう。俺は無事に自分の席に無事辿り着くが、そこには既に
「おはよう。
「……とりあえず、どけ。話すことはないぞ」
「相棒の俺に弁解があってもよくないか?」
「いつ相棒になった? 弁解することもない」
「楓ちゃんと腕組みして登校してただろ!!」
コイツは『
高校からの付き合いだが、いつからか俺の相棒になったらしい。真斗はウサギ目当てで俺と接点を持ったのだが、ウサギからは全く相手にされていない。悪いやつではないのだが、軽いノリが女子達からはよく反感を買う。
「やめなよ。壱成も困ってるみたいだから」
「あんな羨ましい状況で何を困るんだよ!」
「真斗みたいな奴に絡まれるからだよ」
真斗を宥めているのは『
「それにこの三人には深入りしない方がいいよ」
「ハァ!? なに言ってんだよ!」
「……あの時は本当にすまん」
今年の六月。陸を修羅場へと巻き込んでしまった。アレは……完全に俺のミスだ。その事件以降、陸には頭が上がらない。
その後もしばらく真斗の愚痴を聴き続けたが、予鈴が鳴ると流石に解放された。
「
「はい」
「は〜い」
出席確認は四月から変わらず、二人纏めて取られる。真斗に夫婦みたいだと揶揄われた時は、辞めて欲しいと思っていたが今日は何故か心地よく感じる。
授業を淡々とこなしていると、俺は桜の視線を向けていることに気づいた。目が合うと桜は小さく舌を出してヘタクソなウインクした。
こうなると間違いない。絶対にこの妹は自分の立場をわかっていない。誰かに見られているかわからないにも関わらず、大胆過ぎる行動に俺はため息を吐くしかなかった。
昼休み。
流石にこのままではいずれバレてしまうと思い、桜とは話をしておく必要があると思った。
「桜。少し時間はあるか?」
「あるけど……」
桜は周りを気にしながら、人差し指を振って俺に顔を近づけろと合図を出す。顔を近づけるとこう言った。
「壱成は大胆だね。バレちゃうよ?」
————お前こそな!!
と、大声で反論したいがここで目立つわけにはいかない。とりあえずは人気のないところに呼び出して、説教をくれてやらなければならない。
「いいから行くぞ!」
「かしこまり〜」
昼時に人気のない場所は知っている。
図書室だ。飲食禁止のため、昼休みが始まったこの時間であれば基本的に誰もいない。
図書室に着くと予想通り、そこには誰もいなかった。インクと古い紙の香りが立ち込めている。
「で、どうしたの?」
「頼むからあまり目立つ行動は取らないでくれ」
「は〜い。わかりました」
あからさまにわかっていない。
桜は本棚に並ぶ本から一冊を選ぶと背表紙のタイトルに指を当て文字をなぞっている。俺の話に全く興味がない様子を見せつけた。
「……本当にわかっているのか?」
「わかってる」
「バレるようなことはやめろ」
「揶揄われるのが、そんなにイヤなんだ。」
————この妹は何を言ってるんだ?
「子供だなぁ。壱成は」
「あの、桜さん。何を言ってるんですか?」
「それより早く学食に行かないとお昼抜きだぞ!」
「オイッ! 待てよ! 話はまだ……」
桜は俺の声が耳には入ってないようで走って図書室を出て行った。
しかなく後を追いかけるが、俺は桜のように走るわけにはいかない。ただでさえ桜の所為で教師に目をつけられているのだ。肩をおとしてトボトボと食堂に向かった。
食堂に着くと既に長蛇の列ができている。この列に並んでいては昼休みが終わってしまいそうだ。それに桜の姿もそこにはなかった。
購買に向かうと同じことを考えたのか、桜を見つけた。
「残念ながら私がラスイチをゲットしました」
手にはチョコレートに包まれたコッペパンを一つだけ持っていた。パンコーナーの棚には何も残っていない。
「それよりも話はまだ終わってないぞ!」
「じゃ〜、ここで話す?」
購買には何人かの生徒がいる。中には見慣れた同級生の顔もある。とてもじゃないがそんな話をできる状況ではない。
「ハァ……」
「……。しかたないなぁ。はんぶんこしよ」
桜は俺のため息を昼食を取れないことに嘆いていると勘違いしたのか、持っているパンを差し出してきた。
否定しようかと思ったが、それさえ面倒になり素直にお礼を言ってしまった。
「あぁ……、あんがとうよ」
「じゃ、ジュースは壱成の奢りね」
購買を出て自動販売機にお金を入れると、桜はミルクティーのボタンを押した。
「思ったんだが、これって俺が損をしてないか?」
桜はパン一つ、俺はジュースを二本買うことになる。どう考えても俺の方が二倍近くの料金を払っている。
「バレち? こっちもはんぶんこ……する?」
「……いや、やめておく」
「ふふっ」
クスクスと笑う桜に少しの怒りと可愛いと思う気持ちで胸がモヤモヤした。結局、俺はコーヒーを買って目立たないように校舎裏に向かった。
「はい。どうぞ」
桜から半分に割ったコッペパンを渡された。
渡されたコッペパンのチョコはツヤツヤ光っており、中には白いホイップクリームがこれでもかと入っていた。
パンに
「ん!? うまいな、これ。」
「うん。美味しいね。ゴキブリパン。」
口に含んだコーヒーを口と鼻から吐き出してしまった。
「ゲホ、ゲホ……。な、なに言ってんだよ!!」
「えっ? だってソックリじゃん!?」
「どこがだよ?!」
「黒光のボディとか? 中身の白いヤツとか?」
「おま……!」
「ほら、ゴキブリも潰すと白いヤツ出るでしょ?」
————誰でもいい。俺の記憶を消してくれ。
妹に一生物のトラウマを植え付けられてしまった。俺はこのパンを二度と食べることができないかも知れない。
なお俺が残したパンは桜がおいしくいただきました。
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