第2話 理不尽なカノジョ II

 坂道を降ると大通りに出る。

 この時間帯は車の交通量もそれなりにある。


 車の隙間から道の向こうにレースの付いた黒いゴシック調の日傘が目に入った。


「ウサギだ!」


 次の瞬間。


 不思議の国のアリスのように桜はウサギに向けて駆け出そうとした。咄嗟に駆け出そうとする桜の手を掴んで引き止めた。歩行者用の信号は赤である。


「死ぬ気か!?」

「あっ! ごめん、ごめん。」


 本当に昔からこの妹は目が離せない。

 目を離すと大抵は事件に引き起こす。


 ——ん?


 一瞬ではあるが桜の望み通り手を繋いだ。

 故意か偶然かわからない。


 結果だけみれば桜の望み通りになったのだが、そんなことには気がついていない様子でウサギの元へ駆け寄っていった。


「ウサギ! おっはよ〜!」

「桜!? イチも!?」



 彼女は『片月かたつき かえで』。


 俺と桜の同級生にして幼馴染み。

 整った顔立ちと青筋が見えるくらいの白い肌。

 スタイルもいいが、外見だけではない。

 勉強、運動、何でも卒なくこなす。

 

 桜曰く、性格以外はパーフェクトヒューマン。

 だが苦手なモノがあることを俺は知っている。


 俺達は彼女のことを『ウサギ』と呼ぶ。

 桜が幼い頃につけたあだ名だ。


 そして、俺にとってはもう一人の妹でもある。



 ウサギは俺達を見ながら何かを見定めているようだった。


「桜がこんな時間に登校してるなんて珍しいね」

「えっと……。色々とあってね」

「ふぅ〜ん」


 そう言うとウサギは桜から目を逸らし、今度は上目遣いで首を傾げながら俺の顔を覗き込む。露骨に媚を売るような仕草はあざとく、あざとい。そんな彼女の仕草を俺は嫌いではない。


「なんだよ? 顔に何かついてるか?」

「ついてないよ。何が言いたいか、知りたい?」

「あぁ」

「……やっぱ、だぁめ。教えてあ〜げない」


 揶揄からかうような言い回しと、満面の笑顔は俺の心をくすぐってくる。



 そのまま三人で登校することになった。

 この時点で学友達から好奇な視線を向けられている事には気付いていた。


 学校一の美少女と奇行を繰り返す女子、そして奇行少女と同じ顔の男子が揃って登校している。組み合わせとしては今日一日の話題として最適なのだろう。


「ねぇ、さっきまで何の話してたの?」

「えっと、その…だな……。」


 ウサギに幼い頃に桜と手を繋いで登校していたなんて話すと、面倒なことになることは目に見えていた。


「幼稚園の頃、手を繋いで登校してた話だよ」


 ————って、おい!

 案の定、桜は空気を読まない。


「面白そうな話してるじゃない。それで?」

「今はもうできないって話だ」


 話を終わらそうとするが、ウサギはその大きな瞳を細めて俺を見つめる。まるで俺の心を見透かしているのではないかと思った。


 その表情といつもと違うに俺は嫌な予感を感じる。普段であれば桜とウサギが横並びで俺は後ろかどちらかの隣を歩くのだが、今日は二人に挟まれていた。


「えいっ!」


 ウサギは手に持っている日傘を持ち替えて、俺の腕にしがみついてきた。


「桜は無理でも、……私なら問題ないよね?」

「大アリだ! 離れろ!」

「大丈夫。手を繋いでるんじゃなくて腕組みだし」

「駄目に決まってるだろ!」


 腕にしがみついたウサギを振り払おうと、腕を振る度に柔らかな感触とウサギの胸が揺れる。


「キャッ! イチのエッチィ!!」

「馬鹿か! お前がんだろ!!」

「違うよ。大きいから自然との」


 結局は反対の手を使って振り解いたが、少し歩くと今度は逆にその腕へ桜がしがみついてくる。


「なっ! 何してんだ!!」

「私も腕組みぐらいできるもん!」


 頭が痛い。

 やはり桜は自分の立場をわかっていないようだ。


 ウサギの時と同じように逆の手で振り解こうとすると……。


「違う! 腕を振ってよ!」

「ハァ!?」

「ウサギと同じようにして!」

「するかよ!!」


 桜を振り解いたが、再度ウサギが腕にしがみついてくる。同じように振り解くと今度は桜が……。


 天国と地獄の永久機関が完成した。


 学友達からの視線は好奇と殺意の入り混じった視線へと変わっている。殺意は朝から二人の美少女と過剰なスキンシップをしている俺に向けられているのだろう。


 桜はさておき、ウサギに好意を寄せる男子は少なくない。この見た目と性格だ。モテない理由を見つける方が逆に難しい。噂ではファンクラブや親衛隊みたいなものまで存在するそうだ。


 そんな彼女と俺が腕組みしているのだ。

 見ている男子は面白くないのだろう。

 

 ただ妬みや嫉妬、あるいは嫌悪の眼差しには慣れている。桜が引き起こした数々の事件でそういった視線の耐性ができたのかも知れない。

 


 終わりのない永久機関に思えたが、すぐに終わりを迎えた。


 結局は両腕共に彼女達にしがみつかれて振り払うことが出来なくなった。頭を抱えたいがそれもできない。そして、二人に拘束された状況で校門を潜った。


 下駄箱に到着した時には解放されたが、この後に面倒なことになるのは火を見るよりも明らかだった。

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