キンシンカノジョ
こまりがお
理不尽なカノジョ
第1話 理不尽なカノジョ I
まだ夏の暑さが残る九月一日。
遠足当日の小学生のように目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。俺は浮かれているのようだ。否定したいが身体は自分が想像している以上に正直者で頭を抱えた。
————舞い上がり過ぎだ、俺。
身体を起こすと隣には妹の寝顔が目に入り、昨晩の出来事が夢でないことを実感する。
目覚まし時計はあと五分もすれば鳴り響くが、その少しの時間も待ち切れず、妹の肩を優しく揺すった。
「おい、朝だぞ。起きろ」
「ふわぁ〜。……お、おはよう」
「お、おう。おはよう」
桜と目が合うと昨夜のことを思い出し恥ずかしくなった。照れ隠しの為、ベットから抜け出し身体を伸ばす。振り返ると妹はタオルケットで顔を半分ほど隠しモジモジとしている。
これでは、まるで————
「紛らわしいリアクションはやめろ」
「……だって、初めてだったもん」
「言い方!」
「ふふっ、アハハハハッ!」
妹が言う初めては男性から生まれて初めて告白されたという意味であり、断じてそういった意味ではない。
昨夜、俺はこの妹にとある理由で告白したのだが……、想定もしない答えが返ってきた。
結果だけ言うと俺達兄妹は恋人同士となった。
妹の名は『
同じ日に生まれ世界で一番時間を共有した存在。
母に似た切れ長の目に黒く大きな瞳。
小さな鼻に薄い唇。肩まである黒髪。
他人がから見れば、俺と同じ顔らしい。
ただ俺自身はそんなに似ているとは思わない。
性格は自由奔放、桜花絢爛、倫理欠如。
端的に言えば理不尽を擬人化したような存在。
桜の所為で警察デビューは小学二年の頃。
それから何度も警察にご厄介になっている。
ピピピピッ
目覚まし時計のいつもと変わらず仕事をこなす。
「何時?」
「七時」
「ヤバ! 早く準備しないと!」
そう言うと桜は勢いよくベットから飛び降りるが、まるで糸が切れたマリオネットのように身体が崩れ落ちた。間一髪のところで桜と床の間に俺の身体を捻じ込む。
「お、おい!? 桜!」
「……大丈夫。ちょっと立ちくらみがしただけ」
「なぁ、今日は学校を休んで病院に行かないか?」
「もう少し……、もう少しだけ…待って」
そういうと桜は俺を振り解いて、そのまま部屋から出て行ってしまった。
桜の体調が気になるが、今はまだ……俺自身も真実を知る勇気はなかった。着替えを済ませ、リビングに向かうと母が換気扇の下でタバコを吸っていた。
「おはよう」
「ん。おはよう」
自然と母から目線を逸らしてしまう。
そのことに気付いたのか母から声が掛かった。
「昨日の夜は騒がしかったようだけど」
「あ、あぁ、ちょっと……桜と喧嘩してな」
「そっ。……なら、いいんだけど」
母はそう言いながらも、何か言いたそうにしているのは表情から察した。
親の顔より見た母の顔だ。
そのぐらいのことは理解できる。
「何も心配しなくていいぞ」
「何も言ってないわよ」
母は吸っていたタバコを灰皿に押し付けてた後に換気扇を止めた。
「妹のフォローは?」
「……兄の仕事」
『我が家の家訓』と言うほどのことでもないが、幼い頃から俺に刷り込まれ続けた言葉だ。他にもあるのだが、今はまぁ、いいか。
「また桜の面倒事?」
「まぁな」
「悪いけど、今回も頼むわね」
「わかってる」
母との会話を終え、朝食を食べているとバタバタと階段を駆け降り桜がリビングに入って来た。
「はぁ、はぁ……、お、おはよう」
「おはよう」
桜は息を切らせながら、母に挨拶すると忙しなく朝食を食べ始めた。不意に桜と目が合うと、顔を赤くしてトーストを喉に詰めたようで咳込んだ。
この場に母がいることを忘れていないか心配になる。
登校する準備が出来たため、いつものように桜より先に家を出た瞬間だった。制服の袖が引っ張っられる。
「ちょっ! ちょっと待ってよ!」
「……もしかして、いっしょに登校する気か?」
「当たり前でしょ」
————何が当たり前なんだ!?
この妹は本当に自分の立場がわかっていないのだろうか。二人の関係は誰にも知られるわけにはいかないはずだが、そういった意識が欠落しているように感じた。
ただ家の外で迂闊な会話はできない。思い過ごしだと言い聞かせて、家の前の坂道を降り始めた。
「あら!? 二人揃って登校なんて珍しいわね」
「今日は奇跡的に妹が早く起きたので」
お隣の佐々木のおばさんだ。
横にいた桜は後ろ手で俺の太ももをツネる。
————コイツッ!
仕返しに後ろ手で桜の二の腕をツネり返した。
佐々木のおばさんの見えないところで俺と桜は幼稚な攻防を繰り広げる。
「昔はよく手を繋いで登校していたわね」
「ハハハ。僕らも、もう高校生なんで」
「ホントにあの時の二人は可愛らしかったわ」
言われてみれば幼い頃は桜と手を繋いで登校していた。いつ頃までそんなことをしていたのか思い出せない。
あの時は手を繋いで歩くと世界中の人が祝福してくれた。すれ違う人々が笑顔に変わっていくのが嬉しくて至る所で桜と手を繋いで歩いた。
もしも今、桜と手を繋ぎこの坂道を降るとどうなってしまうのだろうか————
桜は何かを思いついたようで背伸びをし、俺の耳元でこう言った。
「ね。……手、繋いでみよっか?」
「馬鹿か。駄目に決まってるだろ」
そう言いながらも心のどこかで喜んでいる自分に気づき、浮かれる気持ちを悟られないよう呆れ顔を作り歩き始めた。
横目で桜を見ると少し怒ったような表情だった。
「なら、腕組みは?」
「余計に駄目だろ」
桜は歩きながら何かを考えている。
どうせロクでもないことを考えているのは容易に想像がついた。
「思いついた! おんぶなら問題ない!」
「妹をおんぶして登校って、どういう状況だよ!」
「私が足を挫いたとか。靴が壊れたとか。」
「こんな家のそばでか? それなら家に帰るだろ」
俺の反論にもめげず、アレやコレと考える桜にはある意味で尊敬する。ただ、その熱意を別のところに活かしてくれと心の中で思いながら学校へと向かった。
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