第14話 演説

 オレ達と父さん達は再開を喜んだが、忙しい父達はデルタの人々にねぎらいの声をかけながらすぐにデルタ基地へ戻って行き、オレ達もデルタ区の近くに残してきたエマちゃんとエコー区の人たちの元に戻り、彼、彼女らと再会を喜んだ後、デルタ区へと車両を進ませた。

 そしてオレ達はデルタ区の入り口の一つで民兵が守っている検問所を超え、デルタ区の街中に入った。

 このデルタ区も破壊される前のエコー区と同じように基地を中心にある一定の距離までは人々が生活している居住区域があり、そこから外に出入をする時は民兵が守っている検問所から出入りするのが基本だ。

 オレたちの車両の荷台に乗っているエコー区の生存者の人々はここデルタ区の街並みやそこに住まう人々を眺めていた。エマちゃんもほかの生存者と同じようにそれらを眺めていた。

 いつもならば街を守るために巡回、警備をしている民兵の人や商売や仕事をしている人、道を行き交う人々や車に乗ってこの街中を移動している人など子供から大人、高齢者までの様々な人々が、辛く苦しくとも活気に溢れた日々の生活を営んでいるのを見ることが出来る。……が今は違う。

 ほとんどの場合、居住区の外に出ていくは偵察に行くときや他の基地に援軍に行く時、荷を運んだりする時だが、今オレたちは外からエコー区の一般区民をデルタ区へと入れて街中の道路を進んでいる。

 それは他の人類の居住区域がなくなったことを意味し、さらに次はここデルタ区にも敵の総攻撃が来るということを意味する。

 おそらくオレ達がここへ来る前にもエコーから先に逃れて来た人々によってエコーの悲劇がデルタの人々にも大体伝わっているはずだから、よりエコーが落ちたと言う事が確信に変わったことだろう。

 その現実に先の戦闘での勝利による興奮も収まり、このデルタ区に住む人々はオレ達のことを何とも言えない表情で眺め、飯を食べたり、ゆっくりして疲れを癒やしていた。

 ただ何よりも苦しいのが先の戦闘で負傷した人の痛みに苦しみ呻く声や、亡くなった愛する人、大切な人を呼ぶ悲痛な声が大人や子ども関係なく聞こえて来る事だ。

 こういう事はもちろん今日が初めてじゃないが、やっぱり辛い。

 オレ達はそんな悲壮感と絶望感が漂うデルタ区の街中を進み、避難民居住地へと向かった。


 避難民居住地は他の居住区から逃れてきた人々を新しい居住地が確保できるまで受け入れる場所だ。

 その新しく過ごせる場所はデルタ区の人々と他の区から逃れてきた人々が力を合わせてデルタ区の領域を広げ確保することで出来る。

 前までは住んでいる区域を侵略されデルタとエコー区意外の他の区から逃れてきた人々が新たな居住地に住むまでまでここで暮らしていたが、今はエコー区から逃れた人々を受け入れる場所になっているらしい。

 この避難民居住地は家の代わりに多数のテントがあり、その中で人々はゆっくり過ごすことが出来る。もちろんテント外に出て散歩したり、適当なところに集まって人々と話したり、簡単なゲームで遊んだり出来て、避難民居住地からも自由に出入りすることが出来るので基本的にデルタ区の人々と同じような生活がここの避難民も出来る。

 その避難民居住地にオレ達は辿り着いた。

 すると先にエコー基地から逃れていたエコーの人々がオレ達のもとに駆け寄り、オレ達と共にデルタ基地へ逃れてきたエコーの人々を温かく迎い入れてくれた。

 それからオレ達はデルタ区の人々が用意してくれた昼飯をありがたく受け取り、エコーから逃れたみんなと一緒に食べた。食べ終わった後はみんな疲れとひとまず安全なところに付いた安心感で睡眠を取ったり、軽く雑談したりして気を抜いて休憩していた。

 そして曇り空から晴れ空になり夕日がオレたちの住む街を照らすようになった時だった。

 街のいくつかのところにある司令無線から今から放送をする事を告げる音が三度鳴った。

「司令部から連絡です」

 声からしてソフィアさんが基地の通信室からデルタ基地の各地にある司令無線を通じて放送しているようだった。

「これからみなさんに司令部から伝えたいことがあるので広場の方に集まってください。無線の方でも伝えたい話は流しますが大事な事なのでなるべく対面で聞いていただきたいです。ので集まれない人は大丈夫ですが、集まれる人は広場の方に集まるようお願いします。」

 ソフィアさんはその連絡を二回繰り返した後「それでは失礼します」と言って放送を終えた。

 その放送を聞いて、多くのデルタ区の人々がエコー区のこともあり心配そうな表情で広場へとぞろぞろと歩いて行っていた。

 オレたちも一緒にエコー区から脱出した人々とエマちゃんと共に広場へ向かった。


 広場につくとそこには広場から街道に溢れるほどの大勢の人々が集まっていた。

 ここに集まった人々は何を伝えられるのか、何をするのかという不安と興味が混じった話を周囲の人としていた。

 そこへ父達リーダーの四人や研究者たち、数人の民兵が広場に集まっている人々の間を通って広場の中心に向かっていた。

 彼らの姿に気づいた人々は話すのを止め静かに彼らの行方を見守っていった。

 彼らは広場の中心にたどり着き、父は予め用意してあった台の上に登った。

「皆、まずは集まってくれてありがとう」

 父はここにいるすべての人に呼びかけた。

「皆に集まってもらったのは今現在の我々の状況を知ってもらって、これからどうするか皆に決めてもらいたかったからだ」

 父の声は広場にある司令無線からも放送されていた。おそらく父がつけているマイクから声を拾ってそれを放送しているのだろう。

「もうみんな薄々気づいていると思うが、つい先日エコー区がリアラインの総攻撃にあった。エコー基地も街も破壊され、そこに住んでいた人々も大勢殺された」

 父は人類最大の敵、「「リアライン」」によってオレたちが置かれている過酷な状況をみんなに話し始めた。

「そして次は恐らくここ、人類最後の砦でもあるこのデルタ基地にリアラインは全力を持って総攻撃をしかけてくるはずだ」

 父がエコー区の惨状を話すと、その話を聞いていた人々は不安と恐怖で青ざめ、ざわめきが広がっていた。

「みんな、聞いてくれ」

 父がしっかりした口調で広場にいる人々にそう呼びかけると、皆に伝わっていたざわめきは一旦収まった。

「確かにこのままリアラインの総攻撃がきたらみんな死んでしまうだろう。でも一つだけ、この絶望的な状況を覆してリアラインに勝利できるかもしれない作戦が我々にはある」

 その父の話を聞いて皆の表情にも一筋の光が差した。

「それはタイムマシンを使って過去の時代へ誰か一人を送り、リアラインが人類に戦争を仕掛ける前に、その過去へ送られた者がリアラインを破壊するという作戦だ」

 タイムマシンで過去に行く? そんなことが出来るのか? そもそもタイムマシンなんてものが本当にあるのか?

「俺達はその作戦の事をタイムトラベル計画と呼んでいる」

 リィナもジャックもここにいるみんなもそもそもタイムマインなんていう物が本当にあるのかと言った疑問でいっぱいの様子だった。

「半信半疑の者もいるだろう。だからこの後、みんなの中から代表者を選んでもらい、その人達に実物のタイムマシンを見てもらおう」

 父がそう言った事で、広場の人々の間でもタイムマシンが本当にあるという信憑性が増したようだったが、それでも実際に代表者達が実物を見るまでは信じられないという半信半疑の人も多かった。

「それで今みんなに決めてほしい事とは、タイムマシンを起動して人類の命運と希望を背負った一人の人間を過去に送るまでの時間を稼ぐため、ここに残り戦うか。全てを諦めてここから去るかだ」

 その父の問いかけに対する広場の人々の様子は様々だった。一人で頭を抱え悩んでいる人や、どうするか迷い周りの人とどう思うか、どうするか話し合っている人、諦めている人、この作戦に希望を持っている人などこの作戦に対する人々の反応は様々だった。

 そのなかでもやはり多いのは迷っている人や不安そうな表情をしている人々だった。

 確かにこの作戦は成功するよりも失敗するほうが高いと思うし、皆の気持ちはよく分かる。

「リィナ、ジャックどう思う?」

 オレは二人に聞いてみた。

「私はこの計画にかけるべきだと思う。でもみんなでどこかに逃げたほうがまだ良いのかもしれないと思う人の気持ちもよく分かる」

 リィナは苦笑しながらそう言った。

「俺も不安だけどこの計画にしか人類に残された希望はないと思うから、上手くいくかは分からないけどこの計画にかけるべきだと思うよ」

 ジャックもそう言った。

「エマちゃんはどう思うとかあるか?」

 オレは二人に頷いた後、エマちゃんにも聞いた。

「私も怖いけどタイムトラベル計画っていうのをするしかないなら、お父さんとお母さんと助けてくれた司令官さんのためにもやったほうが良いと思う」

 エマちゃんは少し考えた後、そう答えた

「そっか。オレも三人と一緒でみんなの不安な気持ちも、逃げたほうが少しは生き延びられるかもって考えも分かるけど、でもやっぱりこの作戦しか人類が逆転できる可能性はもうないと思うよ」

 やっぱりもうコレしかない。

「だからエマちゃんの言う通り、みんなの分までこの作戦に賭けたい」

 オレも自分の考えを三人に伝え、三人とも深く頷いてくれた。

 しかし広場にいる皆には希望よりも不安が伝染し、ざわめきが起きていた。

 この広場に後ろ向きな雰囲気の絶望感が漂い始めていた。


「皆聞いてくれ!」


 父が再び皆に呼びかけると、皆もはっとして父の言葉を真剣に聞いた。

「みんなも知っての通り、俺達人類は前にも一度リアラインに対して攻勢に出た」

 一度目の攻勢。父の前の指揮官が計画した戦いだ。

「その攻勢は大きな戦果を上げたが多くの犠牲者も出し、惜しくも失敗した」

 戦いは途中まで作戦が上手く行き、人類は敵のハイテク機械を総支配していた基地を破壊し、それで空を支配していたリアラインの戦闘機の脅威に怯えることも無くなった。

 人類は、攻勢に出て敵に大打撃を与える事に成功したが、リアラインに与する人々の裏切りにより情報が漏れ、気づいた時には遅く、戦いは人類の敗北に終わった。

 その時に多くの仲間が死に、前指揮官、オレの母を含むデルタ区の創設者達も死んだ。生き残った創設者は父、エディさん、ソフィアさんだけだった。

 オレはその時まだ物心つく前の子供の時だったから、覚えてはいないけど壮絶な戦いだったらしい。

「この計画を成功させるのも失敗させるより遥かに難しいと思う。それよりもここで戦わずに逃げればしばらくは生き延びることが出来るかもしれないし、諦めてここで何もしなくても結果は変わらないのかもしれない」

 父はみんなに語りかけるように話した。

「だがこの作戦に賭けて戦わなかったら、確実にこのデルタ基地は破壊され、俺達人類は家族や友人、愛する人、そして自分も、リアラインによって殺されるまでの時間をただ恐怖しながら待つ事しか出来なくなる」

 ここにいるみんな、全身で父の言葉に耳を傾けていた。

「このタイムトラベル計画は元々リアラインと戦争になる前から秘密裏に行われていたタイムマシン開発をアルファ基地にいた研究員と政府主導のもとで再び進めていたものだ」

 父はそう言って、更に続けた。

「そしてアルファ区が破壊されたときは、命を賭してその研究材料や研究者たちをアルファ区の兵士たちが守って、このデルタ区まで繋いでくれた」

 きっと顔も知らないたくさんの人達のおかげもあって、このタイムトラベル計画が今、ここに存在するのだろう。

「そしてここデルタ区も元々足りない人類居住地の代わりとして、リアラインの攻撃から大切な人を守るために数人の民間人が集まって出来た小さな集まりだった。それが今ではこんな大規模な一つの集まりとなっている」

 オレが生まれる前、父達がこのデルタ区を創った時は数十人程の人々の集まりだっらしい。だがそこに人々が集まり、その集まって来たみんなで協力することで、このデルタ区はここまで存続してこられた。

「ここまでこのデルタ区が存続できたのは、ここにいるみんなと共に戦い死んでいった仲間たちのおかげだ。そして今、オレ達が生きて最後の希望に賭ける事ができるのは、ここまで希望を繋いでくれた全ての人々のおかげだ」

 やっぱりその人達の思いをオレは無駄には出来ない。

「俺は作戦を実行に移し、このデルタ基地で最後まで戦うことを決めた! だから皆も決めてほしい! ここを去り、人類の滅亡を待つか! それともこのままデルタ基地に残り、最後の希望に賭けて戦うか!」

 やるしかない。この作戦にかけるしかない。

「みんな一人一人が決めてくれ!」

 父は此処にいる全ての人々に自分の運命の決断を託した。

 みんなも恐怖と戦いながらも考え、決断しようとしていた。

 そして父もこのある意味残酷な選択を皆にさせていることに苦悩しているようにオレには見えた。

 そんな時、一人の男が言った。

「オレは、ノアルさんと、此処にいる皆と共に最後まで戦います!」

 さらにその男に続いて「私も!」とか「オレも!」と広場の人々が続き、いつしか広場の人々の間には皆と共に最後まで戦うという強い一体感が生まれていた。

「みんな、ありがとう」

 父がそう呟いたのがマイク越しに放送で聞こえた。

「この作戦はこのデルタ基地で皆がどれだけ長く抵抗し、生き続けられるかにかかっている」

 父はそう言った後、みんなを鼓舞した。

「だから最後まで諦めないでくれ!」

 絶対に諦めない!

「オレたちはみんなでこの作戦を絶対に成功させる!」

 必ず成功させてやる!

「そしてまた戦争の無い世界で必ず会おう!」

 父は出来る限りの全力の演説で皆を鼓舞した。

 それに皆もオレもありったけの大声で父の演説に答え、このデルタ区街から地を揺るがす程の大きな歓声が沸き起こった。

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