第39話 答え 作業中
いつの間にか僕は元の世界の大研究室に戻っていた。
あの世界にいた時間がどれくらいだったのかはよく分からないが、確かなのは彼と心行くまで話しあったと言う事だ。
彼はどうなった? 戦争は止められたのか?
「ノアル!」
大実験室にいたレアンが僕の方を見た。
「!?」
レアンは僕の少し横の方を見て驚き、戸惑っていた。
僕もそちらの方を見た。
そこにはもうリアラインの姿ではなく、僕と同じ姿になっているもう一人の彼が隣に立っていた。
しかし彼の姿は穏やかな光の粒に包まれながら少しづつ薄れていっており、彼から出る光の粒は僕の体に吸収されていっていた。
「もう大丈夫だ。システムもロボットも、もう人を傷つける意志はない」
彼は僕とレアンにそう言ってくれたが、僕が驚いているのはそこじゃない。
「そうじゃなくて。それはありがたいけど、君はその姿だと消えてしまうんじゃないのか?」
「あぁ、もうすぐ消える」
彼はそう答えた。
「まさか、そうするしかシステムは止められなかったのか?」
僕の問に彼は頷いた。
やってしまった。人類に敵対するシステムを止めるには彼がリアラインの体を捨てないといけなかったなんて。
もっと視野を広げて考えていれば思いついたかもしれないのに、また自分の事ばかりで、そこまで頭が回らなかった。
「……他に方法はないのか? もうリアラインの体には戻れないのか?」
「他に方法はないし、もうリアラインの身体にも戻る事は出来ない」
君を救うとか言っておきながら、結局救えなかった。
その時、アリスさんや博士たちもこの部屋に駆けつけ僕たちに気づいた。
しかし彼の姿は穏やかな光の粒に包まれながら少しづつ薄れていっており、彼から出る光の粒は僕の体に吸収されていっていた。
僕は白い世界で彼と話した最後の会話を思い出した。
「君を信じるよ」
「システムの書き換えを止めて人を攻撃するのを止めて元通りにする」
「その後、オレは君と同化するよ」
彼はそう言った。
僕は彼の最後の言葉に対して尋ねようとしたが彼はその前に続けて話した。
「向こうの世界でオレが起こした事件を平和に収めるにはこれしかない」
「システム自体はすぐ止められるがその後の世間に対する説明が肝心だからな」
「そこでオレが君たちがここに来た記録を消して、身をもってシステムの暴走を止めたことにすれば君たちは今まで通りの生活が出来て、事件もいずれ穏やかに収束していくはずだ」
彼は向こうの世界での事後処理の方法を話した。
「それでも君は消えてしまう、それで良いのか?」
「良い、これはオレが始めた事だからな」
「オレが消えても君が生き続ける限り、オレも君として生きて行けるから」
「オレは君と一つになるよ」
そして今、彼はリアラインという体から出て僕と同じノアルという存在になったから僕たちの存在は一つになろうとしているんだ。
大実験室にいたレアンもさっきまでリアラインがいた所に立っている僕たちに気づいた。
「ノアル君と、ノアル君?」
アリスさんは僕たちを見ながら聞いた。
「うん、彼はもう一人の僕だ」
みんな最初は同じ人間が二人並んでいることに少し驚いていた。
レアンが彼に一応尋ねた。
「もう人類を攻撃する意志は無いってことでいいのか?」
彼はうんと頷いた。
「あぁ、もうない。もうロボットたちもシステムも大丈夫だ」
そのレアンと彼のやり取りを聞くと、みんなこの状況を飲み込めたようで表情が落ち着き、安堵していた。
「でも君は消えてしまう……」
僕がそう言うと、みんなの表情も曇った。
「良いんだ。これはオレが決めた事だからな」
「ごめん、何も出来なくて」
「いいや、もう十分救ってもらったよ」
彼は穏やかにそう言ってくれたが、それでも彼の歩んで来た人生に対しての結末がこれじゃあ僕は納得出来なかった。
「ノアルくん」
シンヤ博士はそう呼んだが僕たち二人のノアルはどちらもそちらを見て反応した。
「あ、えっとーー」
「オレはリアラインで良いですよ」
もう一人の彼は苦笑しながらそう言った。
「あ、ありがとう」
博士は彼に礼を言って、自分の過ちを謝った。
「その、本当に済まなかった。君の世界の私は君を騙して利用して苦しめた。そして私も君の世界の私と同じことをするところだった。絶対にしてはならないことだと分かっていたはずなのに、私は自分勝手な欲と考えに取り憑かれて都合のいいように思い込んでいたんだ」
「君が私を憎むのも無理はない。謝ってすむことではないが、それでも本当に申し訳なかった」
博士は心苦しげな表情でもう一人の僕に真摯に謝った。
「博士、オレはあなたに一度救われました」
彼はそう言った。
「あなたはオレに居場所をくれたから、オレもあなたを信じてもいいと思った。そんな博士がオレを騙していると知った時は、苦しかった。でも本当はなんとなく分かっていたような気がするんです。オレも自分に甘えていたんです」
「あなたのことは憎いが、それでもオレはあなたのことを嫌いにもなりきれないみたいだ」
「あなたの過去にあったこともオレは知っています。そして博士も、みんなも何かしらの苦しみを抱えて、それでもみんな支え合って生きているということをノアルから聞いてようやくオレは気づけたんです」
「オレだけじゃない。だからーー」
その瞬間、彼の言葉は途切れ、彼はよろけ倒れそうになった。
僕は彼を支えた。みんなも僕も彼を心配した。
「もうあまり時間はないみたいだな」
彼は消えてしまう。
「ノアル……」
僕は自分と同じ彼の名を呼んだ。
「大丈夫」
彼は僕の方を見て微笑んだ。そしてみんなの方へと向き直った。
「みなさん、オレはもうすぐ消えます」
彼は何とか絞り出すようにゆっくりとそう言った。
「最後に良かったらオレの話を、願いを聞いてくれたら嬉しいです」
彼がそう言うと、みんなも頷いて彼の話に真剣に耳を傾けてくれた。
「オレはノアルと向こうの世界で話しました。それで思ったんです」
彼はゆっくりと話した。
「この世界も皆さんのような人達がいるなら、まだ悪くないかもって」
彼はそう言ってくれた。この世界に、人に失望していた彼がそう言ってくれた。
「オレの願いはこれまでも、これからの人も、どうか苦しみを抱えている人々を出来る限りで良いから助けて、支えてほしい。誰かを助ければ、その優しさに触れて救われた人が、また他の苦しんでいる誰かに優しく手を差し伸べて救ってくれるかもしれないから。そうなれば少しはまだましな優しい世界になるかもしれない。単純な考えかもしれないけど、大切なことだと思ったんです」
「永久の時間がかかる綺麗事かもしれないけれど、少しでも多くの人々が明日に希望を持って生きたいと思える、そんな世界を目指してこれからの日々を生きてほしい」
「人々を傷つけようとしていたオレが言うのも自分勝手でおかしいことですが、それが彼と話したことで得たオレの答えで、願いです」
「……ノアルくん」
シンヤ博士がつぶやいた。
「君の言う通り、私も人を不幸にするより幸せに出来るように生きたい」
「最初はタイムマシンの開発も、科学者になりたいと思ったのもそんな思いからだったはずなのに、いつの間にか忘れてしまっていた」
「君とみんなのお陰でようやく思い出せたよ。ありがとう」
そのシンヤ博士の答えを聞いた彼は嬉しそうだった。
「私もみんなで助け合って支え合って生きていける世界を目指したい」
「そうすれば、おのずと悲しい悲劇が起こることも防げるかもしれないから。私もノアルくんの言うような人でありたい」
シェイラ博士もそう言ってくれた。
「私も同じ思いだよ」
アリスさんも微笑みながらそう言った。
「オレは元々そんな風に生きてきたから、これからもそうするよ」
レアンは笑顔でそういった。そんなレアンにつられてみんな笑顔になって和やかな空気が流れた。
「僕も君と同じだ」
僕も彼にそう伝えた。
「みんな、ありがとう」
彼にとって自分の考えを話すのは、僕が話すよりもさらに受け入れてくれるか不安もあっただろうけど、みんなが真剣に聞いて、前向きに考えてくれてありがたかった。
「そろそろ時間みたいだな」
彼はそうつぶやいた。みんな彼の方を心配そうに労るように見た。
それから彼はこの研究所で起こったことを上手く良い方向に出来る事後の説明の仕方をみんなに、主に博士の二人に話した。
博士たちはその話しを了承した。
「あ、それとレアン。こっちに来てくれ」
彼はレアンを呼び、レアンは彼のもとに歩み寄った。
彼はレアンに手を差し出し、レアンはその手を握った。
「今、君にはオレが予備で少し持っていた存在できる時間を移したから、後十日くらいは消えずにその存在を保てるはずだ」
彼はそう言うと、手を離した。
「好きに使ってくれ」
彼はレアンに存在できる時間を与えてくれていた。
「ありがとう、もう一人のノアル。その時間、大切に使わせてもらうよ」
レアンは彼にお礼を言った。
そして彼の存在時間の終わりが迫ってきた。
「じゃあそろそろオレは君になるよ」
彼は僕にそう言い、僕はうんと頷いた。
それから彼はみんなにも語りかけた。
「みんなを攻撃してしまって、済まなかった」
彼は皆にこれまでのことを謝った。
するとみんなは大丈夫だと言った。
「ありがとう。これだけ温かい人が君の周りにいるなら、これからの君の人生も良くなっていくかもな」
彼は僕を見て穏やかにそう言った。
「みなさん、彼には足りないところもいっぱいあると思うけど、きっとこれからも頑張って生きて行くと思います」
「もう一人のオレをよろしくお願いします」
みんなはうんと頷いた。
「ありがとうみんな、それと君も」
彼はみんなの方から僕に顔を向けてそう言った。
「君に会えて良かった。君のお陰でボクは救われたよ」
彼は少し照れくさそうに微笑みながらそう言った。
僕はうんと頷いた。
「僕も君に会えて良かった。僕の中で君も生きて、見ていてくれ」
僕が彼にそう言うと、彼は最後に言い残した。
「ありがとう、もう一人の君」
「君の方こそ、ありがとう」
そう僕も声をかけた直後、彼は穏やかな笑顔を浮かべながら消えていった。
彼は僕と一つになった。
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