第38話 君と僕
僕は目を覚ました。
暗い。辺りは真っ暗だった。
「ノアル」
何処からか聞き覚えのある声が聞こえ、僕は辺りを見渡した。
すると遠い後ろの方に微かな光を発している場所があった。
「リアライン」
そこには一本木と、その隣に立っている僕と同じ姿をしたリアラインがいた。
「よく、オレの元まで辿り着いたな」
さっきから聞こえる彼の声はこの世界全体に響いているみたいだった。
「みんなのおかげだよ。それに君も全力じゃなかった」
僕が微かに見える彼の方に向かってそう言うと、彼は苦笑しながら答えてくれた。
「まぁ、確かに多少手は抜いたけど捕まえる気ではいたさ」
彼に本気で対応されていたら、到底無理だっただろう。
「ここは?」
「前にも来た世界だ。まぁ今は暗くしてるがな。オレ達にはこっちの方が合っているだろ」
どうやらここは前に来た白い世界と一緒らしい。
「それで、おまえはどうするんだ?」
リアラインは僕に尋ねた。
「僕は戦争を止めたい」
「じゃあオレと戦うか?」
僕は首を横に振った。
「君と争いなんてしたくない。僕は君に戦争を止めてもらいたいんだ」
僕はリアラインを、違う道を辿ったもう一人の僕を受け入れに来た。戦いに来たんじゃない。
「君だって本当は人殺しなんて、博士たちを殺すことなんて望んでないはずだ」
「……どうだろうな」
「確かに君は未来から送られてきた記憶で真実を知って傷ついて憎んだと思う。繋がりと居場所を失って苦しんだと思うよ。それでも君は迷ってる。だから君はこの世界の僕だったらどうするのか、どんな答えを出すのか試した。そうじゃないのか?」
「……そうかも知れないな。じゃあお前の答えは出たのか?」
リアラインは他人事のように僕に尋ねた。
「全ての人にとって救いとなる答えはまだ見つからない、っていうかそんな答えがあるのかも分からない」
分からない事だらけだ。
「でも君の事は僕にも救えるかもしれない。僕も君と同じノアルだから」
彼はリアラインでもあるがノアルでもある。
「君が僕のことをよく知っているように、僕も君のことをよく知っている。だから僕はまず独りで苦しんでいる君のことを救いたい」
「どうやって?」
「僕が君の居場所になる」
レアンやアリスさん、みんなが僕を受け入れてくれたように。
「だから君も僕の事を受け入れて欲しい。そして僕という居場所を通じてまずは僕の仲間のみんなのことを受け入れて繋がりを作ってほしい。そうすればーー」
「お前がオレの居場所になってくれたとしても、お前とその仲間たちの繋がりが消えれば同じことだ」
その通りだ。
「今、お前は偶然にも居場所を見つけて維持することが出来ているかもしれないが、お前がその居場所をずっと維持できるとは限らない。他に居場所を作れるとも限らない」
あぁ嫌だ。失いたくない。
「むしろこれまでのようにまた独りになる可能性の方が高いんじゃないのか?」
そうかも知れない。そんな事考えたくもないが心の奥底では分かっていた。
「確かにその通りかもしれない」
でも……
「それでも僕は、僕を受け入れて信じてくれたみんなの事を信じる」
この世界で誰かと繋がって生きていくにはそうするしかない。
「まるでお前は別人みたいだな。オレとは違う」
彼は少し驚いているようだった。実際僕も彼にそう言われて驚いていた。
こんなに人を信じる事が出来るようになるなんて……でも僕に出来るなら彼にだって出来るはずだ。
「そうでもないよ。確かに僕と君は途中で違う道を辿ったから違う所がある」
僕は遠くにいる彼に語りかけた。
「でも同じ所もたくさんあるんだ」
きっと僕にも彼と同じ部分がたくさん合って、それは彼も同じなはずだ。
「君の言う通り僕も居場所を失うかもしれないし、君を止められなければ皆に失望されるかもしれない」
怖い。
「不安で怖いんだ。さっきも言った通り僕も君と同じノアルだから」
ノアルと言う人間は臆病で、いつも不安と孤独に苛まれている。
「君の記憶を見ている時、僕も同じ気持ちになった。憎くて、寂しくて、悲しかった」
僕も真実を知って苦しかった。あの後アリスさんが僕を追いかけて来てなかったらどうなっていたか分からない。
「君がいなくて、レアンもいなかったら、僕も君と同じ道を辿っていたかもしれない。でも僕が君になっていたかもしれないように君もレアンのいた世界の僕や今の僕になっていた可能性だってある」
僕が彼の様になっていたかも知れないし、彼が僕の様になっていたかも知れない。
「今の僕が有るのは君のおかげでもあるから。君のいた世界、レアンのいた世界から繋がって今の僕がいるこの世界がある」
彼がいなければこの世界は無い。
「だからこそ僕は君の事も孤独の苦しみから救いたいんだ」
僕がそう言うと、彼は苦そうな顔をしていた。
「皮肉だな。人を殺そうとしているノアルもいれば、人を守ろうとしているノアルもいた」
人に絶望し人を憎んだリアラインと、人を信じて人々を率いた指導者の事だ。
「そしてここにオレと世界を救おうとしているノアルがいる」
本当なんでそうなってしまったのか。運命なのか偶然なのかどちらにしても皮肉なものだ。
「だがこの世界にオレのような人間を受け入れてくれる居場所なんてない」
僕も少し前までそう思っていた。でもそんな事ないんだ。
「だから君にオレを救うことなんて出来ないし、そもそもオレは誰かに救ってもらいたいとも思わない」
……違うはずだ。
「世界を救いたいなら君はオレを殺すしかないんだ」
僕はレアンと出会う前、誰かと繋がりたくて、孤独に苦しみ、未来に恐怖していた。彼も僕ならそれを無くしたいと思っているはず。
「そんな事ない」
僕は彼の元に向かって歩き始める。
「リアライン、いやもう一人の僕。僕は君に、ほとんどの人に、その人を受け入れてくれる居場所自体はあると思っているんだ。でもその居場所を見つけるまでが苦しくて難しくて諦めてしまう人もいる。僕もそうだった。それでも勇気を持って諦めずに探していくしか無いんだ」
「それじゃあ話にならない。何も解決していない」
寒い、……いや熱い。
何故かは分からないが今、僕は熱さと寒さを同時に感じていた。
「それとも、みんなに居場所がある世界を創る方法でも知っているのか?」
みんなに居場所がある世界か。きっとその世界は素晴らしい世界だ。
ただ……
「分からない」
そんな理想的な世界を作る方法が分からない。
「多分その方法は今を生きる人々の誰にも分からないんことなんだと思う」
分かる人がいればその人が人類を導けば良い。その方法が誰にも分からないから悲しい事が起こるのだろう。
「今はまだ全ての人を救うこと、すべての人が居場所を見つけられる世界を創るのは難しいかもしれない。でも人は互いに助け合って生きていく事ができるはずだ」
「それはただの綺麗事だ。お前はまだしも他の人にオレ達のような人間の何が分かるんだ」
何処からか風も吹いて来た。
その強風はリアラインの元へ向かう僕の足を止めようとしてきた。
「居場所を見つけらなくて苦しんでいる人がいる。未来のオレはそんな人達を守るためにもその他の人々を攻撃した。みんなを救う事なんて出来ない。それなら居場所を見つけられず、世界に馴染めなかった人間は戦って自分たちの世界を築くしかない」
そうか、やっぱり未来でリアライン側で戦っていた人たちは居場所が無かった人達だったのか。
確かに彼の世界でのノアルという人間もリアラインにならなければ、ただ誰にも気づかれず、ひっそりと独りで死んで行く人生だったのかもしれない。どうなっていたかは分からないし、僕もこれから先どうなるか分からない。
「確かに君が起こす戦争で救われる人もいるかも知れない」
リアラインのお陰で救われる人もいるかも知れない。
拒絶しようとする彼に抵抗して、僕が彼の元へと近づくたびに風は強くなり、熱さも寒さも増していく。
「でも、それはやっぱりダメだよ」
誰かを助けるために誰かを傷つけて良いと言う事にはならない。
「戦うしかない時は自分や大切な人の命が脅威に晒されて、やむを得ず守る為の時だけだ」
戦う時なんて本来はそれくらいで良いはずなんだ。
「それ以外の理由では人を傷つけて良い理由にはほとんどならないよ。君の言う理由は人を傷つけて良い理由にはならない」
人を傷つけて良い理由なんてそうそう無い。
「確かに僕の言ってることは綺麗事かもしれない、でも希望はあるんだ」
人は愚かで自分勝手だ。現実も残酷で醜くて辛い。
でも……
「僕と君は人々が絶望的な状況の中でも助け合って生きている姿をレアンの記憶で見た。そして僕はレアンとみんなと出会って、こんな僕でも受け入れてくれる居場所を見つけたんだ」
僕はまだこの世界の可能性を信じていたい。人を信じていたい。
「みんな真実を知った後でも僕を信じて助けてくれた。だから今は居場所がない人にもきっと迎え入れてくれる人がどこかにはいる」
世界は厳しくても暖かい。そのことを彼にも少しでも良いから知ってほしい。
痛い、熱い、寒い。
刺すような突風と、焼かれている様な熱さと、凍える寒さが身体中を襲ってくる。
それでも前に進まなきゃ。
多分、これは彼の心と同じだから、そしてこれに似たような物が僕の心のどこかにもある。
だからこそ僕がこれを全部受け止めて彼の心を救う必要がある。
「それも可能性の話だ」
彼の言う通り、これも可能性の話だ。
「その通りだよ、そんな残酷な可能性の中でもみんな生きているんだ」
彼の元までもう少しだ。
「人はみんな、何かしらの悩みや苦しみがある。でも多くの人はその苦しみを抱え恐怖に怯える日があっても助け合って、支え合って精一杯生きているんだ」
レアンも、アリスさんも、みんな。
「だからその人々のためにもどうか、人を傷つけるのをやめてほしい」
僕は彼に頼んだ。
「オレは……」
彼は迷っていた。
「君は人を殺めていない。今ならまだ間に合う。これ以上君独りで苦しんでほしくない」
「オレだって分かってる! でもどうすれば良いんだよ!」
彼は叫び、呟いた。
「怖いんだ。人の暖かさも知っているから余計それを失った時が辛い」
あぁ、よく分かる。僕もそうだ。
「オレがやっと見つけたと思っていた居場所は空想のものだった。また失って孤独になるのが怖い」
彼は苦しそうだった。
「大丈夫、君には僕がいるから。それにみんなも君のことを受け入れてくれるよ」
僕は辺りをかすかに照らしている彼のいる一本木の所までたどり着いた。
ここでは寒さも熱さも痛みも、何も感じなかった。
「君はすごいな。本当に良くここまでたどり着いた。」
彼はそう言った。
「別にすごくないよ。何度も言ってるけど、僕は君と同じ臆病で怖がりなノアルだから」
僕は彼のもとに歩み寄る。
「ここまでこれたのはみんなのおかげだ」
未来の人々が希望を繋いでくれたから、みんなが信じて協力してくれたから、ここまで辿り着く事が出来た。
「僕は君やみんなのお陰で救われた。だから今度は僕が君やみんなを救う番だ」
僕がそう言うと、彼は何かに気づいたようだった。
「そうか。もしかしたらオレはずっと、今の君みたいになりたかったのかもしれない」
彼はやっと分かったと言うような表情だった。
「オレもただ、一人だけでも良いから。心の底から繋がり、大切に思えて、大切に思ってくれる人がほしかっただけなのかもしれない」
彼は穏やかにそう言った。
あぁそうだ、僕もみんなの事をもっと知って、みんなにも僕の事を知ってほしい。そしてよりお互いに心の底から繋がれたら良いな。
「いや、これは結構難しい願望か」
「確かに、それは誰にとっても結構難しい事かもしれないけど、まだ諦めるのは早いよ」
僕は彼に手を差し出した。
「僕達が君の居場所になるから」
僕の手を取るのは怖いはずだ。彼は家族を失って、信じたかった人達には裏切られた。
それでも、僕を信じてほしい。
「君も勇気を出して僕やみんなを信じて受け入れてほしい。そして君にも皆のいる温かい居場所で生きてほしい。そうすれば君にとってもみんなが大切な人達になるかもしれないし、みんなにとっても君が大切な人になるかもしれない。他にも大切な人が君に出来るかもしれない」
この手を取った先は、彼にとっても僕にとっても絶望かもしれないし希望かもしれない。これから先の未来がどうなるかなんて分からない。
それでもこの先には幸せがあると信じて、日々を精一杯生きていくしかない。
「僕は再び君にノアルとして生きてほしいんだ」
彼は僕の手を取……ろうとしたが、引っ込めた。もう少しのところで留まっているようだった。
「もう一人の僕」
僕は彼に言った。
「また一緒に音楽を作ろう、みんなで一緒に作るのも良い。また誰かと喜んだり、怒ったり、悲しんだり、笑ったりしよう。僕たちは一人は大丈夫だけど、独りぼっちじゃダメだ」
楽しむしかない、色々ある人生を。
「だから頼む、この手を取ってくれ」
僕は彼の前に手を差し出す。
「また僕と一緒に生きよう。生きてくれ!」
僕は君で、君は僕だ。
「ノアル!」
僕はもう一人の僕の名前を呼んだ。
すると彼もゆっくりと手を出した。そして僕の手を握った。
僕はそんな勇気を振り絞って僕を信じてくれた彼を抱きしめ、「ありがとう」と彼に伝えた。
彼はしばらくされるがままにしていたが、僕の体に腕を回した後、「こちらこそ、ありがとう」と返してくれた。
彼は僕の肩によりかかり、僕も彼の肩により掛かるように抱擁した。
「もう良いか」
彼がそう言ったその瞬間、まばゆいが心地よい白い光が僕たちを包み込んだ。
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