第36話 届け 

 研究棟の中は荒れていた。

 通路のいたるところに弾痕や爆発の跡があった。

 部屋の中の机や椅子、研究道具、器具も倒されていたり、破壊されているものがあり、研究資料も床に散らばっていた。

 その光景からレアンがシェイラ博士を探しながらも殆どの研究所内の新型敵ロボットを引き付けて、捕まるギリギリまで戦っていたということが伝わってきた。

「ロボットがいない」

 博士はそうつぶやいた。

「まだ数的にもリアラインの戦略的にもこの研究所内に敵ロボットは配置すると思うんだが、見当たらない」

 確かに博士の言う通りこの研究所内に入ってから敵ロボットの姿を見ることはなく、この研究所内の空間は静かで不気味だった。

「なにかの罠かもしれない、気をつけて進もう」

 僕たちはレアンたちをを探してこの研究棟一号館の一階と二階の部屋や回廊を歩き回ったが二人の姿は見当たらなかった。

「レアン達も敵もいないな、二号棟に進もう」

 僕たちは一号館の二階の渡り廊下を通って二号館へと渡った。

 その間に窓から外の街の景色が見えたが人々の様子まではよく見えず分からなかった。

 今世界中で使われているリアライン社のリアラインコネクトはリアラインの仕業なのか接続不能でつながらない。

 それにまだ早朝の時間帯だから、この街全体で見てもこの騒ぎに気づいている人は少ないはずだ。

 でも僕達やレアン達のロボットとの戦闘やチェイスでこの騒ぎに気づく人も多くなるはずだ。

 その前になんとかしないと。

 僕たちは渡り廊下を渡り終え、二号館の探索を開始した。

 二号館は確か、一号館よりも大きい研究室が多かったはずだ。

 僕は通路を歩き、慎重に曲がり角を覗いてみた。

 その瞬間、その曲がり角の先を歩いていた二体の敵ロボットに見つかった。

「敵だ!」

 敵ロボットは僕の方めがけて銃を撃ってきた。

 僕はその一瞬前に壁から少し出していた体を引き、敵のゴム弾から身を守ることが出来た。

 僕は敵の銃撃が止んでからすかさず反撃し、まず左のロボットに四発撃ち込み倒した。

 もう一体の敵ロボットも僕めがけて再び撃ってきた。

 僕はその銃撃から身を隠し、敵の銃が弾切れを起こした瞬間、その敵の頭を一発で撃ち抜き倒した。

「進もう」

 僕たちはさらに二号館の通路や部屋内を進むもすぐにまた銃声を聞きつけたロボットたちと戦闘になる。

 僕たちは進んで、戦闘して、倒して、進んでというように繰り返していたが、前進すればするほど敵の数は増えていき、少しづつ進める時間が少なくなってきていた。

 そんな時後ろから銃声が聞こえた。その方向を僕が振り返ると同時にすぐ横を銃弾が通った。

 後方から撃ってきたのは新手の敵ロボットだった。更にその後ろにも十数体以上の敵ロボットたちが見えた。

「隠れて!」

 僕たちはとっさに近くの机や椅子に隠れ銃弾から身を守った。

「囲まれた」

 博士は苦い顔をしてそう言った。

「とりあえず敵のいない方に移動しよう」

 敵ロボットの撃っている弾がゴム製といえども、これだけ撃たれれば怖いものは怖いし、当たればひとたまりもない。

 僕たちは何とか館内にある机、椅子、壁、柱などの遮蔽物を使いながら敵の射線の合間をくぐり抜け移動する。

 それでも僕たちは少しづつだが確実に追い込まれていった。

 このままではまずい。

 そう思った一瞬、ちらっと目の端になにかロボットではない物が動くのを僕は見たような気がした。

 僕は移動した先の遮蔽物に身を隠し、もう一度そちらの方をこっそり覗いてみた。

 その先には窓ガラスを叩いたり、手を振ったりしてこちらに存在を伝えようとしているレアンとシェイラ博士の姿があった。

「レアンだ! レアン達がいる!」

 僕はアリスさんと博士にもレアンとシェイラ博士を見つけたことを伝えた。

「どこ、どこにいるの?」

 アリスさんが聞いた。

「あそこだ、あそこに二人ともいる」

 僕はアリスさんとシンヤ博士にレアンたちの居場所を教え、レイラさんにもレアンとシェイラ博士を見つけたことを報告した。

 レイラさんはそのことをアルフ達に伝えてくれたようだった。

「助けに行こう」

 アリスさんは僕と博士にそう言った。

 レアンとシェイラ博士は部屋に閉じ込められているが助けることができれば勝機は充分にある。

「二人を助けられればこの窮地を脱することもできるかもしれない。ただ、あそこまでたどり着けるか……」

 博士は苦い表情でそう言った。

 確かに僕たちは追い込まれ、後退しながらここへ移動してきた。

 そんな状況の僕たちがレアン達の元まで向かう姿勢を見せれば、当然ロボットたちもそれを阻止するために動くだろう。

 僕たちはそれを攻めて突破しなければレアン達の元へはたどり着けない。

 それでも。

「二人を助けよう。でも僕一人で行く」

 僕はアリスさんと博士にそう伝えた。

「ノアルくん」

 アリスさんと博士は心配そうな表情でこちらを見ていた。

「アリスさんと博士にはなるべくロボットの注意を引きながら僕の援護をして欲しい。その隙きに僕が二人のもとへ向かって二人を助ける」

 僕はアリスさんと博士に作戦を伝えた。

「ノアルくん、その……」

 アリスさんと博士は口ごもっていた。

 なんて声をかければ良いのか分からないのかもしれない。

「大丈夫…いや、正直上手くできるかは分からない。でもこれ以外他に思いつかないんだ、みんなで行けば敵に囲まれて捕まってしまう。それならもうこの作戦しか無いと思うんだ」

 アリスさんも博士も他にいい案を思いつかないようで、何も言いようがないようだった。

「アリスさん、博士、どうかお願いします」

 二人は少しの間考えていた。

「それしか無いようですね。ノアルくん、お願いします。援護は任せてください」

 博士はそう言ってくれた。

「ノアルくん、お願いします。私も全力で援護するから」

 アリスさんも了承してくれた。

「お願いします」

 僕は二人に僕がここを離れたことをロボットたちになるべく気づかれないように二人に出るタイミングを見計らってもらった。

 僕は集中して出るタイミングを待った。

 アリスさんと博士は敵と撃ち合いつつ、敵の注意を引いてくれた。

 そして敵の撃破やリロードタイムなどが重なり、敵の銃撃が少し弱くなった。

「今だ」

 博士が合図を出してくれた。

 僕はロボットになるべく感づかれないようにかがみながらアリスさんと博士のもとから少しづつ離れた。

 まず僕は今の自分の状況を落ち着いて理解することに努めた。

 遮蔽物の配置や敵の位置をよく見て、どうやって進んだら上手く進めるか考える。

 敵を倒す必要があるかないか、どの遮蔽物を使ってどのルートで進むかを決めるながら慎重にでもなるべく早く部屋内や通路を移動する。

 僕はこれを繰り返しながら進んだ。

 その間アリスさんとシンヤ博士が敵ロボット達の注意をかなり引いてくれているのもあり、比較的敵に悟られずに僕は移動出来た。

 それでもいつまでもアリスさん達が敵の注意を引いていられるわけじゃない。

 まずい。こちらの敵の数も増えて、進むのが難しくなってきた。

 きっと敵も異変に気づいて僕のことを探しているのかもしれない。

 それでも進まないと、まだ半分くらいしか進んでいない。

 だがついに少し進んだところでまだ完全に見つかった訳では無いが僕は囲まれるような形になってしまった。

 どうする?

 かなり進んだが、まだレアンたちとの距離まで十五メートルほどはある。

 ここからは強行突破しか無いか……やるしか無い。

 僕の作戦を受け入れてくれて、敵の注意を引き付け、戦ってくれている二人のためにも僕は絶対にレアンたちのもとへたどり着かなければならない。

 僕は覚悟を決めて、進む障害になっている敵ロボットの一体にピストルの照準を合わせる。

 深く息を吸って、ゆっくり息を吐いた。

 僕は引き金を引いた。

 放たれた弾丸はその敵ロボットの頭部を撃ち抜き倒れたが、その近くにいたロボットが気づいた。

 僕はそのロボットにも照準を素早く合わせ引き金を引く。

 僕の撃った弾はそのロボットの胴体に三発当たり倒せたが、そのロボットも僕の撃った弾の二発目があたったときに撃ち返してきていた。

 その弾は僕の近くを通り過ぎていったが、その銃声でさらに周りにいた三体が気づいてしまった。

 これで僕の存在もここにいる敵ロボット達に完全に知られてしまった。

 もう進むしか無い、行こう!

 僕は思い切って前に飛び出して、ロボットたちと撃ち合いながら進んだ。

 まずは右の一体の頭を撃ち抜き倒し、一旦机の後ろに隠れ、銃撃から見を守る。

 さらに最低限必要な体の部位を出しながら、真ん中の一体を撃って倒し、左の二体の位置も確認する。

 レアン達も僕が向かってきている事に気づいた様子だった。

 そして僕が左の二体の敵ロボットも倒そうとした瞬間、右の方からも銃弾が飛んできた。

 僕は慌てて間一髪再び机の後ろに隠れ身を守った。

 その方角ををちらっと覗いてみた。

 四体のロボットが右のアリスさんたちの方から異変に気づいてやってきたようだった。

 その四体のロボットとさっき倒し損ねた二体のロボット、更に右から二体来た。

 僕はそのロボットたちから集中砲火を浴びた。

 ここにいる敵の狙う場所は僕一人の場所だけで良いため、集中的に撃たれ、僕はほとんど顔も出せず撃てないような状況になってしまった。

 僕はどんどん敵に追い詰められていくのが分かった。

 この状況を打開するには敵を倒し、進まないとどうにも出来ないのに僕が出来るのは敵の攻撃が弱まったその一瞬の隙きに撃ち返して、敵の進行を遅らせるくらいだ。

 もちろん進めば敵に狙い撃ちにされる。

 レアンならこの状況でも何とかできるかもしれないが、僕には無理だ。

 どうする、どうすれば良い。

 その時だった。

 僕への敵の銃撃が止まり、違う方向へともたらされた。

 僕は敵の方を覗いてみた。

 敵は違う方を執拗に狙って撃っており、レアン達も僕に対して違う所を見てと指を差している。

 その方向を僕は見てみる。

「アリスさん!?」

 そこにはシンヤ博士と一緒にいたはずのアリスさんが、遮蔽物を使いながらこちらに向かって来ていた。

「今! ノアルくん!」

 アリスさんは僕にそう言った。

「!」

 たしかに今なら敵の注意は僕よりもアリスさんのほうに多く注がれている。

 でもそれはさっきまでの僕と似たような状況にアリスさんを置くというわけだ。

「私は大丈夫だから! 進んで!」

 アリスさんは僕を見てそう叫んだ。

 そうだ、アリスさんが今このチャンスを作ってくれたんだ。

 ここでアリスさんを助けに行けばこの絶好の機会が全て無駄になってしまう。

 それはダメだ!

 僕は心を決め、思い切って前に出た。

 僕はまず左のロボット達にありったけの弾丸を浴びせ、三体倒し、一体もひるませることに成功した。

 そこでアリスさんに夢中になっていた真ん中の二体と右の二体のロボットたちが僕に気づいて、銃口を向けようとしてくる。

 その瞬間その四体にアリスさんが銃撃した。

 その弾は当たったり、外れたりしていて倒せはしなかったものの、四体が同時にひるんだ。

 今だ!

 僕は全力でレアンたちのもとへ走る。

 それでも怯んでいた敵ロボット達が体勢を立て直し、僕を斜め前方から撃とうとしていた。

 レアンたちの元へはまだ十メートル近くある。

 間に合わない! どうする!? なにか、なにかないか!

 僕は考えを瞬時に巡らす。

 そうだ!

 僕はあることをひらめいた。

 僕は前方の机目指して走りながら銃の弾をリロードした。

 そしてその机に滑り込みながらそのままレアン達がいる部屋の窓ガラスまで狙いを定めた。

 レアン、気づいてくれ!

 僕は狙いを定めたその方向へ思いっきりピストルを投げた。

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