第33話 人々

 その後すぐにオーロラは消えた。

 やはり僕たちがその一瞬のオーロラを見れたのは奇跡だったのだ。

 それから僕はアリスさんと丘を道沿いに下り、幻想的な体験をした後の余韻に浸りながらおばあさんの家に向かった。

 その間僕はなにかを忘れているような気がしていたが、結局何なのか思い出せないままおばあさんの家の近くまでたどり着いてしまった。

「あ、おばあちゃん。お母さんも」

 アリスさんが家の前に立っているアリスさんのおばあさんとお母さんを見つけた。

 おそらくアリスさんの妹さんはまだ寝ているのか姿は見えなかったが、アリスさんの表情がお母さんの姿を視認すると明らかに曇ったのが分かった。

 それが関係しているのかおばあさんは僕たちに気づき手を振ってくれたが、お母さんの方は最初は僕たちの姿を視認するなり安堵したような表情になったが、すぐに険しい表情で僕たちが来るのを待っていた。

「私、昨日お母さんと言い合いになったんだ」

 アリスさんが僕にそう呟き、なぜそうなったかを話してくれた。

 どうやら僕が昨日の夜に気絶した後、アリスさんのご家族に僕たちが家にいるのがバレ、アリスさん達はリアラインやレアンの事等の諸々の事情をアリスさんのご家族に話したらしい。

 その時にアリスさんのお母さんがアリスさんを心配して怒って、アリスさんもみんなの前だったていうのと非常事態の時に怒られたというのもあって、ついカッとなって言い返し、二人の間で少しの間怒号が飛び交うほどではないにしても言い争いになってしまったようだった。

 一応その時はアリスさん達の話を意外とすんなり受け入れてくれたおばあさんが二人の間を仲裁してくれたらしい。

 その後は安全な場所に移動するため気絶している僕も連れてみんなでアリスさんのおばあさんの家まで移動し、アルフ達はレアンの帰りを待つためにアリスさんの家に再度移動し、アリスさんのご家族はそのままおばあさんの家で待機して、今に至るという事だった。

「だからちょっと話が長くなるかも。もしかしたら私がノアルくんに協力するのをダメだって言われるかもしれない」

 アリスさんはそう言った。

 言い争いになった原因には僕も少なからず含まれているはずだから、申し訳ないな。

「でもなんとかするから。ノアルくんも話が良い方向に流れるように協力してくれるとありがたいです」

 僕はアリスさんに分かったと伝え、僕たちは僕たちを待っている二人の元へ向かった。

「お帰りなさい。お体はもう大丈夫ですか?」

 おばあさんが僕のことを気遣ってくれた。

「はい、大丈夫です」

 僕は返事を返した。

「アリスさんのおばあさん、お母さん。すみません、ご心配をおかけして、今回のことに巻き込んでしまって。本当にすみません」

 僕は色々とご迷惑をおかけしてしまっていることを謝った。

「大丈夫ですよ。私達はみんな無事ですから」

 そうおばあさんが言った後、ずっと険しい表情だったお母さんも表情を緩めてくれた。

「事情はだいたい聞きましたから。私もノアルさんたちを攻めるつもりは全くありませんよ」

 お母さんは僕には表情を緩め優しく言ってくれたが、再び険しい表情に戻りアリスさんに言った。

「ただアリス、ノアルさんもこんな時にどこ行ってたんですか?」

「えっと、それは……」

 アリスさんは言葉に詰まっていた。

「それは僕のせいなんです。僕が色々考え事をしてて、それで気分転換に外に出て丘の上でそのことを考えようと思って勝手に外に出たんです。その時、アリスさんが外に出る僕を見つけて心配してくれて僕の後を追って外に出たんです。だから僕が悪いです。すみません」

 僕は本当だけど、結構意味の分からない言い訳をした。

「そうですか。まぁ良いんです、無事に帰ってきたんですから。これでひとまずは安全ですから」

 お母さんは僕の言ったことを少し疑っていそうだったが、なんとかなったようだ。でもこれから言うアリスさんの言う事は受け入れてくれるだろうか。

「お母さん。私、みんなの元に向かいたい。みんなと協力して人を助けるために」

 アリスさんはお母さんにそう告げた。

「気持ちはわかるわ。でも昨日も言った通り、もうあなたを危険なところには行かせられない」

 そうお母さんは言っていたが、葛藤して本当にそれで良いのか悩んでいるようにも見えた。

「お母さん」

 アリスさんはお願いするように言った。

「ダメよ。私はあなたのお父さんに約束したわ。あなたとエリィのことは私が絶対に守ると。だからあなたにもしものことがあったら、私は、私は……」

 アリスさんのお母さんもまた大切な人との約束があるのだ。

 アリスさんのお母さんはアリスさんを、家族を心の底から大切に思っているんだ。

 みんなだってそばに家族の人がいれば、同じように。

「ありがとう、お母さん。私もお母さんが私のことを心の底から心配してくれているってことは分かってるよ。でもごめんなさい。私はそれでも行かなくちゃ、大切な人を守りたいから。みんなのこと、エリィ、おばあちゃん、お母さんのことを私は守りたい」

 アリスさんはお母さんにそう伝えた。

「それなら私も行くわ」

 お母さんはそういったが、アリスさんは苦い顔をした。

「走れないから、危険だよ」

 お母さんは自分の足を悔しそうに触りながら苦い顔をしていたが、そう言われることは分かり切っていたようでもあった。

 おそらくアリスさんのお母さんは怪我か病気かであまり早く走れないのだ。

 もしかしたらアリスさんが教えてくれたあの事件の時の後遺症なのかもしれない。

「アリス、あなたに一つだけ聞いても良い?」

 静かに二人のやり取りを見ていたアリスさんのおばあさんが口を開いた。

 アリスさんはうんと頷いた。

「あなたがしようとしていることは自分で決めたこと?」

 アリスさんは再び頷いた。

「これは私が自分で決めたことだよ」

 アリスさんはそう答えた。

「そう……」

 すると今度はお母さんにおばあさんは言った。

「それならもう私達は二人を信じるしかないのかもしれないね」

 おばあさんはアリスさんのお願いを認めてくれたみたいだ。

「今、この状況を打開できるのはアリス、ノアルさんたちしかいないわ」

 おばあさんは穏やかに、でもしっかりした口調で言った。

「お母さん」

 ただアリスさんのお母さんはまだ迷っているようだった。

 おばあさんは切ないようなでも暖かさのある微笑みを浮かべて諭すように言った。

「あの人なら、こういう時大事な約束をしたあの人ならどうするか、あなたこそが一番良くわかるはずよ」

 するとお母さんははっと思い出したような表情になり、その後今まで苦しそうだった表情がある時間を懐かしんでいるような表情になった。

 多分、あの人というのはアリスさんのお父さんの事だろう。

「確かにあの人は、助けを必要としている人がいるなら絶対に見捨てたりしない」

 そうお母さんは言った後、一息ついてアリスさんに言った。

「分かりました。アリス、後はあなたに任せるわ。自分で決めなさい」

 お母さんはアリスさんの事を認めてくれた。

「ありがとう! お母さん」

 そうアリスさんがお礼を言うと、お母さんはアリスさんを抱き寄せた。

「絶対無事に帰って来て」

 アリスさんのお母さんは懇願するようにアリスさんにそう言った。

 それにアリスさんもお母さんを抱きしめるように腕を伸ばして答えた。

「必ず無事に帰ってくるよ」

 アリスさんはお母さんにそう言った。

 その後二人は元の位置に戻り、今度はおばあさんとアリスさんがお互いを抱きしめた。

「ノアルさん」

 その間にアリスさんのお母さんが僕に声をかけてくれた。

「すみません、色々と迷惑をかけてしまって」

 お母さんは僕に軽く会釈しながらそう言ってくれた。

「いえ、僕の方こそ迷惑をかけてますから。それにお互いの事を思って話し合う事が出来るのはとても良いことだと思いますから」

 僕もお母さんの方に軽く会釈しながらそう言ったら、お母さんは少し安心したように穏やかに微笑んで軽く会釈してくれた。

「ノアルさん。ノアルさんもどうかご無事で」

 お母さんは僕に手を差し出してくれた。

「はい、ありがとうございます」

 僕はお母さんと握手し、その後おばあさんとも握手をした。

「これも運命なのかもしれないですね」

「運命?」

 意味深な事を呟いたおばあさんに僕は尋ねた。

「運命ってどういう事?」

 僕のそばで聞いていたアリスさんもおばあさんに尋ね、おばあさんは僕から手を話した後答えた。

「それは私の夫、あなたのおじいちゃんにも、昔、運命に導かれるように世界の命運を背負って戦った時があったみたいなの」

「え!? 私のおじいちゃんが!!」

 どうやらアリスさんも知らなかった事のようだ。

 そのアリスさんの反応とは裏腹にアリスさんのおばあさんは「えぇ」と静かに頷いている。

「だから私にはアリス達の話も嘘だとは思えなかった。それで私はあなた達を信じてこの世界の運命を託す事にしようと思ったの」

 アリスさんのおばあさんは昨日の夜に話したリアラインの話や未来の話しを信じてくれた理由も話してくれた。

「おばあちゃん」

 アリスさんは嬉しそうに呟いた。

「もう少し私も若ければ、力になれたかもしれないけどもう無理ね」

 おばあさんはフフフと苦笑していてアリスさんもそうしていたが、僕は笑っていいのか分からなかった。

 それからアリスさんは興味津々におばあさんに尋ねた。

「それで、そのおじいちゃんの話っていうのはどういう事なの? おばあちゃん家にある武器庫も関係ある?」

 するとおばあさんはうーんと考えて答えた。

「関係あるわ。でもそれを話すととても長くなるから、また今度ゆっくり話しましょう」

 おばあさんはフフッと穏やかに笑った。

 僕たちはその話がとても気になったが、今は一刻を争うのでおばあさんの言う通りまた今度にすることにした。

「じゃあ行って来るね」「行ってきます」

 アリスさんと僕はアリスさんのお母さんとおばあさんに手を振り別れを告げた。

「気をつけて、いってらっしゃい」「必ず無事に帰ってくるのよ」

 おばあさんとお母さんも僕たちに手を振って見送ってくれた。


 それから僕とアリスさんはおばあさんの家を後にして、星々が照らす大自然の中を歩き、人の歴史を感じる地下廃墟都市を通って、アリスさんの家の地下の階段前にたどり着いた。

 僕たちは階段を上がり床扉を開け、家の中へと上がりリビングへと向かった。

 リビングにはレアン以外の音楽部のみんなとシンヤ博士がいた。

 皆も僕たちに気づくと出迎えてくれた。

「もう具合は大丈夫なのか?」

 アルフが僕に聞いた。

「大丈夫、心配かけてごめん。皆に、シンヤ博士にも聞いてほしい話があるんだ」

 僕は白い世界で知った真実を、レアンの安否を、このままではレアンの記憶どうりにリアラインが戦争を起こしてしまう事、そして意を決してリアラインの正体は違う世界の自分だということを話した。

「そうか、だからリアラインはお前たちが一番良く知っているはずだと言ったのか。こうなったのは私のせいなのだな」

 シンヤ博士はそう言った。

「兄さん…」

 ヒロが呟く。

「そこまでしてタイムマシンを作ろうとしていたのは、過去に戻ってあの事件を防いで父と母を救うため?」

 ヒロは博士に聞いた。

「あぁ、そうだ。あの二年前の事件で死んだ父と母を助けるために、私はタイムマシン計画に全てを費やした。そして政府の協力も取り付けてタイムトラベル計画の実現が現実になろうとしていると思った私はいつしか手段を選ばないようになってしまっていた」

 博士はヒロに、皆に答えた。

「私は自分のしている事が見えていなかった。だから人としてしてはならない危険な実験を計画したときも、この計画は人々にとって救いになる計画だから、計画の被験者に選ぼうとしている人達はあの事件の犯人と似て存在が危うくて危険だから、彼らの犠牲はむしろ人類にとっても尊い犠牲になるんだと私は勝手に決めつけたんだ」

 シンヤ博士の話もまた白い世界で聞いたリアラインの話しと似て悲しみに満ちていた。

「いくら父さんと母さんを助けるためでも、誰かを代わりに犠牲にするなんて……」 

 ヒロが怒りと悲しみをにじませた声でそう言った。

 博士の気持ちも分かる、でも僕は肯定する事はやっぱり出来ない。だから……

「でもシンヤ博士。今の博士はまだ罪になる事を計画はしたが犯してはいない。罪を犯したのは違う世界のシンヤ博士、そして僕だ。そんな僕と博士にできるせめてもの贖罪は違う世界から託された人々の希望を実現させることだと思うんです」

 今ならまだ間に合う。

「僕はこれからレアンとシェイラ博士を助けに、リアラインを説得して戦争を止めに行きます。だからシンヤ博士、どうか博士の力を僕に貸してください」

 僕は博士に頼んだ。

「ノアル君……ありがとう。こちらこそ協力させてください。タイムマシンも破壊しましょう」

 博士はそう言った。

「良いんですか?」

「ハイ、ここで破壊しなければ私が辞めても私以外の誰かがまた実験を行ってしまうでしょうから」

「分かりました、破壊します」

 博士の本気の覚悟が伝わってきた。

「オレにも協力させてくれ。頼む」

 ヒロがそう言った。

「ヒロ」

 僕がそう呟いた時、「俺も手伝うからな」「私も」「僕も」とアルフ、レイラさん、エディも手伝うと言ってくれた。

「皆、危険だけど、それでも良い?」

「もちろん……仲間だからな」

 少し恥ずかしそうだがアルフはそう言ってくれて、みんなも頷いてくれた。

 僕は目頭が熱くなるのを感じ、少しの間目に映る物がぼやけていた。

「ありがとう」

 僕たちはレアンとシェイラ博士を助け、タイムマシンのデータと本体を破壊し、リアラインを説得して戦争を止めるための作戦会議を行い、作戦を成功させるために必要な物を準備した。

「皆、準備は良い?」

 皆は深くうなずいた。

「じゃあ行こう!」

 僕は明るい口調でそう言った。皆も笑顔で前向きな言葉で答えてくれた。

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