~現代編~
第31話 孤独
僕は再び目を覚ました。
まずい。ここ数日はなかったあの感覚が、孤独と不安にのみ込まれて何もかも苦しくなる感覚が襲ってきた。
「っ」
嗚咽が少し漏れてしまった。この感覚がいつまで続くか分からない。
皆には見せたくない。こんな無様な姿を見せられない。
ここはアリスさんの隠れ家の二階の部屋だ。僕はベッドの上にいる。気を失った後、誰かがここまで運んでくれたのか。
本当迷惑かけてばかりだ。ごめんなさい。
何にせよ速くここから出ないと、苦しいのが止まらなくて何も出来なくなる。
僕はベッドを降り、部屋を出て、時折漏れそうになる嗚咽をなんとか飲み込みながら階段を下りた。
幸いにも階段を降りた先のリビングには誰もいなかった。僕はリビングを出来る限り静かに移動しながら玄関に向かった。
そして玄関を開けて外に出た。
草原が風に吹かれ、空は厚い雲に覆われ、地上も僕も暗い夜の闇に飲み込まれてしまいそうだった。
僕は足早に歩いた。どこに向かうわけでもなくただ、ただ足早に歩きながら考えた。
僕がリアラインだったなんて。
こんな事みんなに知られたら、レアンに知られたらどうなるんだ。
拒絶されるか、失望されるか。
もう嫌だ。消えてしまいたい。
そもそもレアンのいた世界の未来では、僕は僕同士で戦っていた事になる。
僕も未来で人々を率いて戦った僕みたいに、いつも前向きで明るくてみんなに慕われるレアンみたいに、いつかなれたら良いなとか思ってたっけ。
何を思い上がっていたんだろう。僕は所詮僕なのに。何者にもなれず、何も出来ないままただ独りで死んで行くだけなのに。
生きる意味なんてあるのか? この世界に生まれた意味なんてあるのか?
何で僕は生きているんだ。
気が付くと僕はここら一帯を見渡せる丘に来ていた。
僕は丘にある一本木に寄りかかり、一呼吸した。
これから僕はどうすれば。
「ノアル君」
後ろから声がした。アリスさんだ。
アリスさんは僕が来た道に立っている。暗くてぼんやりとしか姿は見えないが声で分かる。
まずい、今はダメだ。
僕は木の裏側に隠れた。
「あっ」
アリスさんの足音が近づいてくる。
「い、今はだめだ! 来ないでください! お願いします」
「ごめんなさい! えっと、私、裏にいるから、それ以上近づかないから」
アリスさんが僕が寄りかかっている木の裏まで来たことが分かった。
「いや、僕の方こそいきなりごめんなさい」
はぁ、僕は情けない。
多分、アリスさんはどうしていきなり僕が倒れ、そして出歩いているのか気になっているのだろうが聞きづらいのだろう。でも今の僕は普通に話せる状態じゃない。少しでも油断すれば何もかも崩れてしまいそうだ。
「勝手に付いて来てしまってごめんなさい。私寝れなくて、ベランダで外を眺めてたら歩いていくのが見えたから」
そうだったのか。アリスさんも不安でしょうがないのだろう。
何せもう少しで世界が変わってしまうのかもしれないのだから。
「全然大丈夫だから、気にしないで」
僕は今できる精一杯の口調で大丈夫だと返した。
それからしばらく沈黙が続いた。
「あの、皆は無事だから。でもレアン君のことはまだ分からない」
アリスさんはみんなの安否を教えてくれた。
「そっか、みんなが無事でとりあえず良かったよ」
本当に良かった。
「レアンも大丈夫だよ。きっと大丈夫」
僕もアリスさんにレアンは大丈夫だと伝えた。
「そうだね、レアンくんは強いから。うん、きっと大丈夫」
本当はリアラインに捕まってるけど無事ではあるから、レアンは大丈夫だと僕はアリスさんに伝えるべきなんだと思う。
そして今すぐにでもレアンとシェイラ博士を助けに、リアラインのなそうとしていることを止めに行くべきなんだと思う。
でも今の僕にはこれからどうすれば良いのか分からない。
「ノアル君」
アリスさんが口を開いた。
「ノアル君は何か、何か苦しんでいることがあるからここに来たと思うの」
アリスさんは慎重に配慮するようにそう言った。
「もしよかったらその事、私に話してほしい。私、全部聞くから」
アリスさんに真実を話して幻滅されるのが怖い。
「その話を聞いて私がどんな反応をするのかは今の私にも分からないけれど、でも絶対に見捨てたり、拒絶したりしないから」
心の奥底にあるどうしようもないくらい情けなく、醜くて、暗いものを知られて失望されたくない。
「私の事、信じてほしい。私はあなたの力になりたい。お願いします」
でもアリスさんは僕の話を聞くよと言ってくれた。そして力になりたいと言ってくれた。
アリスさんが僕を音楽部に誘ってくれたから皆に会えて、居場所が出来た。
数日という短い時間だけど、僕が今まで見てきたアリスさんはみんなにも、こんな僕にも優しくしてくれる人だ。信頼できる人だ。
信じるのは怖い。裏切られるのが怖い。
でも、それでも僕は信じてみたい。アリスさんを信じたい。
「アリスさん……僕は、僕はリアラインなんだ」
僕はアリスさんにリアラインの正体は違う世界の自分であることを伝えた。
そして白い世界で知った真実を、レアンは無事だが捕まっていること、母が倒れてから今まで独りで生きてきたことを何とか話した。
「リアラインの記憶の中の僕は考え方も行動の仕方も感じ方もまぎれもなく僕と同じだった。リアラインが存在しなくてレアンも来なかったら僕もリアラインになっていたのかもしれない」
アリスさんはどう思っているのだろうか。こんな情けない奴の情けない話を聞いて。
「僕は臆病で自分勝手な人間だ。僕はリアラインの話を聞いた後、リアラインを止めるべきかみんなに真実を話すべきか迷ったんだ。皆に嫌われて居場所を無くして、また独りになるのが怖くて、それで逃げ出して、気づいたらここに来ていた。……もうどうすれば良いのかも分からない」
やっぱり幻滅しているのかな。
「ごめん、こんなときにも自分の心配ばかりで」
何やってんだ、僕は。こんな話をして。
もうこんな奴死んでしまえば良い。……死んでしまえば?
「僕が消えれば、リアラインも消える。それならーー」
「やめて! それだけはやめて!」
アリスさんは懇願するようにそう言ってくれた。
「ごめん! やめるから! 本当ごめん、ごめんなさい」
余計心配させてしまった。本当に何やってんだ。
そもそも僕には死ぬ勇気もないのに。
「全然謝る必要なんて無いよ」
アリスさんは安心させるようにそう言ってくれた。ありがたくて、申し訳ない。
……一応これで僕は自分の全てを打ち明けた。
アリスさんがどう思っているのかは分からない。怖いけど、おかげで心のつかえは取れたような気がする。
後はもうアリスさんを信じる事しか僕に出来ることはない。
「大切な事、話してくれてありがとう。自分が心の奥底に抱えている事を話すのって隠すよりもさらに勇気がいる事だと思うから」
アリスさんは僕の話を全部聞いてくれた後でもそう言ってくれた。
「確かにリアラインさんは同じノアルくんなのかもしれない。でもこの世界のノアル君はレアン君と出会って、私を助けてくれて、皆と一緒に過ごして、戦争を止めるためにリアラインさんと戦った。その事実は変わらないよ」
アリスさんの言葉はとても優しくて温かくて、アリスさんがどんな風に思うかなんて心配はいらないものだったみたいだ。
「この世界のノアルくんも、リアラインさんになってしまったノアルくん、未来で人々の上に立って戦っていたノアルくん。三人とも同じノアルくんかもしれないけど三人とも違う人生を歩んでいる。だからきっと三人とも同じ部分もあると思うけど、三人の歩んできた人生の中で生まれた違う部分も絶対にあると私は思うの」
アリスさんはそう言ってくれた。
「ごめん、上手く言えないけどこれだけは確かだから、私の知ってるノアルくんはとても心が温かくて優しい人だよ」
とても心が温かくて優しい人、それはアリスさんの事だよ。
「私はこれまでもこれからもノアルくんを信じる。みんなもきっと信じてくれるよ。だからノアル君も苦しい時や辛い時があったらその時は少しづつでも良いの。私を、私達を信じて頼ってほしい。力になるから、支えるから」
アリスさんの一つ一つの言葉に僕は心が救わていくような気がした。
「私やみんな、そしてこれまでもこれからもたくさんの人達がノアルくんと出会って助け合いながら生きていくから」
僕が気づいた時には目元に溜まっていた冷たいものが温かいものに変わり、頬を流れていた。
「ノアルくんは独りじゃないよ」
アリスさんは僕の深い孤独を抱えた暗い心をも温かい優しい光で照らして、救ってくれたような気がした。
この恩はどうやって返せば良いのだろうか。
「ありがとう、アリスさん」
この言葉一つで足りるような気は全然しなくて、僕はアリスさんに感謝してもしきれなかった。
「こちらこそ」
アリスさんは和やかにそう言ってくれた。
いつの間にか夜空の大部分を覆っていた雲は引き始め、星々の光が雲の隙間から月明かりと一緒に大地を照らし始めていた。
「私思うんだ。リアラインさんも孤独で寂しいんじゃないかって」
アリスさんはそう言った。
「これは勝手な憶測なんだけど、私が思うにリアラインさんは未来からの記憶が送られて来た時に真実を知って、それで信じてきた人たちに裏切られたと分かって、とても傷ついたと思う」
実際僕もリアラインの記憶を見てる時そう感じた。
「でもこの世界のその人達はまだ罪を冒していない。リアラインさんも今まで一緒に頑張ってきた人たちを殺めたり、戦争を起こしたりするのには抵抗があるはず。だからリアラインさんはノアルくんを白い世界に呼んだんだと思う。ノアルくんの全ての記憶と真実を知ったこの世界のノアルくんがどんな答えを出すのか試してるのかもしれない」
確かにそうかもしれない。僕の答えか、それはまだ分からないけど気づいたことはある。
「それで私の考えとしてはリアラインさんを止めるためにも攻撃して破壊するんじゃなくて、リアラインさんの抱える寂しさや苦しみを受け止めるべきだと思うの。私たちはリアラインさんのことを受け入れるべきなんだと思う」
アリスさんの言う通りだと思う。僕は違う道を辿ったもう一人の僕を拒絶するのではなく受け入れた上で、生きて行くしか無いんだ。
「でも片方だけじゃ上手くいかなさそうだから。リアラインさんにも私達のことを受け入れてもらう必要があるんだけど、それが難しそうだね」
確かにリアラインにも僕の事を受け入れてもらわなければならない。
「それにこれは私の考えだから、参考程度にするくらいが丁度良いかも。自分の考えは最後には自分で決めるべきだと思うから」
アリスさんはそう言った。
やっぱり僕は自分でも認めたくない暗い部分を抱えている。それでもその部分を認めた上で受け入れて、向き合って行くしか無い。
今の僕があるのは違う世界の二人の僕、そしてみんなのおかげだ。
なすべきことは決まった。
「アリスさん、僕はリアラインを止めに行くよ。レアンを助けて、リアラインと話して、戦争を止めるために」
僕はアリスさんに迷いは晴れたと伝えた。
「ノアル君」
アリスさんは呟いた。
「私も協力させて!」
「良いの!?」
「もちろん!」
アリスさんは手伝うと言ってくれた。
「それに皆も協力してくれると思う。少なくとも私は力になるから。よろしくお願いします」
アリスさんは僕に協力するよと言ってくれた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
僕ももっと彼女のように人を心から信じられるように、好きになりたい。僕もアリスさんやみんなの力になりたい。
そういえばアリスさんは誰かに聞いてほしい話は無いのだろうか。
「あの、アリスさんは何か聞いてほしいことか、話したいこととかありますか? もし話したいことがあれば良かったら僕も聞くから。何かあれば……」
「私? 私は大丈夫……私もあるかな」
アリスさんが苦笑したのが分かった。
「さっきまで不安で寝れなくて、外を眺めてたから」
アリスさんは少し言葉を詰まらせながらそう言った。
「それはリアラインのこと?」
僕がそう言うとアリスさんは少し沈黙した後、答えてくれた。
「それももちろんあるんだけど、他にも色々あって」
そう言うアリスさんは何か堪えているようだった。
「ノアル君、私も話を聞いてほしくて。良いかな?」
「もちろん。聞いています」
僕がそう言うと今度はアリスさんが深呼吸した後、話しを始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます