第29話 真実
オレは木の主のおかげでタイムトラベルの本実験が実行される四年前に戻ったようだった。
オレはここ数年で政府とも繋がりが出来た新しい研究所に引き取られ、それから約三年の間にリアラインシステムを作り、人類に貢献することで彼らの信頼を少しづつだが得ることが出来た。
人々はオレの事をリアラインシステムの生みの親として「リアライン」と呼ぶようになった。
そしてある日、オレの今までの功績が認められタイムトラベル計画の研究に参加できるようになった。
これまででタイムトラベル計画のことに関しては何とか上手くいっていた。
ただこの世界でもオレは家族を救う事は出来なかった。
人々から信頼を得て、ある程度の自由を与えられた時には家族全員が前の世界とほぼ同じ状況になっていた。
時間が足りなかった。でもまだ家族を救う方法はある。
この世界のノアルがタイムトラベルの実験に参加し、その実験を成功させればまだ家族を救える可能性は充分にある。
オレはこのタイムトラベル計画を完全なものにするためにリアラインシステム研究所の研究者達と共にタイムトラベルの研究に打ち込んだ。
最初はオレが作ったリアラインシステムに会社の研究開発費の予算が割かれ、オレの存在はタイムトラベル計画の研究の障害となってしまっており、タイムトラベルの研究も前の世界よりも少し遅れているように感じた。
しかしオレのリアラインシステムはタイムトラベルの研究にも活かすことが出来て、さらに前の世界で博士が教えてくれた知識や実験の記憶のおかげで、準備実験が必要なくなりくなりタイムトラベル計画の研究を大幅に進ませることが出来た。
その結果、少しぎこちない関係が続いていたシンヤ博士たちとも徐々に打ち解け、今は研究に協力しながら切磋琢磨して打ち込める良好な関係を気づくことが出来た。
やはり世界は違っても、そこにいる人は同じなのだと思った。
オレは今目の前にある、タイムマシンに目を映す。
もうこのタイムマシンはオレがいた世界の物と同じくらいの出来となっている。
ただここからはオレもどうなるかは分からない。大きな課題や困難も待ち受けていることだろう。
それでも博士たちと協力して、このまま研究を続けていけばいつしかは安全に大幅な時間を移動出来るタイムマシンが出来るかもしれない。
そのタイムマシンが完成した後は本実験が待っている。
その時にはまたこの世界のオレも選ばれるだろうか。
この世界のオレは前の世界のオレと同じくリアラインシステムが増えたこと以外、生活も性格も変わっていないようだ。
もしかすると世界はよほどのことが起きない限り、元の世界とあまり変わらないよう修正されるものなのだろうか。
その証拠にこの世界はリアラインシステムという前世界には無かったものがあるが、それ以外はほとんど変わっていない。
それならばきっとこの世界のオレも再び被験者に選ばれるだろう。
やるしかない。オレの時は失敗したあの実験を今度こそは必ず成功させる。
「リアラ」
シンヤ博士がニックネームでもあるオレの名を呼んで研究室に入ってきた。
「博士」
博士もまたオレと同じ様にタイムマシンを眺めた。
「出来てきたな……絶対完成させてやる」
博士は落ち着いてはいるが確固たる決意をにじませてそう呟いた。
オレがこのタイムトラベル計画に全てを賭けているように、博士もまたオレに負けない熱量で取り組んでいる。
そうだ、前の世界では聞けなかったあの質問を、今、博士に聞いてみよう。
「博士。博士はどうしてこのタイムトラベル計画という難題に挑戦しようと思ったんですか? 面白そうだったからですか?」
オレは博士に聞いた。
「確かに最初はタイムトラベルが実現する世界は面白そうだと思ったからだった。でも今はそれ以上の理由がある」
博士は少し言葉を置いて再び口を開いた。
「私にはこのタイムトラベル計画で救いたい人達がいるんだ」
博士はそう言った。
「リアラは三年前この街で起きた事件の事、知ってるか?」
三年前のあの事件。
その事件はオレがノアルだった前の世界でもこの世界でも起きたこの街で多くの犠牲者を出した事件だった。
「知ってます、この街で起きた事件の中でも特に凄惨な事件だと言われている」
「あぁ、その通りだ」
博士はそう言うと、少し言葉を置いて再び口を開いた。
「私も三年前、あの事件で両親を失った」
博士は首を振った。
「私だけじゃない。多くの人があの事件で大切な人を失った」
いつも落ち着いて前向きな博士が今は苦しそうだった。
「博士」
オレは思わず呼びかけてしまったが博士は続けた。
「でもこのタイムトラベル計画が上手くいけばその事件だって阻止できるはずだ。その事件で亡くなった多くの人達を救う事が出来るはずだ」
博士はタイムマシンに希望を繋げていた。
「リアラ、私がタイムマシン計画を絶対に成功させたい理由はそういうことなんだ」
博士はオレを真っ直ぐに見てそう言った。
シンヤ博士、あなたはどんな逆境にも負けない凄い人だ。
「博士、話してくれてありがとうございます。オレにもこの計画で救いたい人がいます。絶対にこの計画、成功させましょう」
博士は頷いた。
「私は君の事を頼りにしている。共に力を合わせ計画を成功させよう」
オレは改めてこのタイムトラベル計画を成功させる事を誓った。
「シンヤさん、候補者の一人が決まりましたよ」
他の博士たち数人が部屋に入ってきた。
その博士達は満足げな表情で持っていた資料と写真をシンヤ博士に見せていた。
「博士、それは?」
オレは博士に尋ねた。
「すまない、リアラにはまだ言ってなかったんだけど実験の候補者は私達と政府の人間で選んでいたんだ」
そう言うとシンヤ博士は貰った資料と写真をオレにも見れるようにこちらへ向けた。
「このノアルくんって言う少年だ」
どうやら実験の候補者はこの世界のオレに決まったようだ。
「とりあえず決まって良かったですね」
他の博士がそう言った。
「他の被験者は誰ですか?」
オレは博士に前の世界の様に他に実験を受ける被験者達はいるのか尋ねた。
「一応今のところ他に候補者はいるけど、現段階ではノアル君一人で受けてもらうことになっている」
一人?
準備実験をする回数が少なくなった分、前の世界より被験者の人数が減ったのか?
でも他の被験者がいないとなると、この世界のオレはやる気になってくれるだろうか。
「ノアル君は、やる気になってくれるでしょうか?」
オレは博士に懸念している事を尋ねた。
「そうなんだ、私達の話の中でもその問題が上がった。だからその問題を解決する策を二つ考えたよ」
博士はそう言うと、その策をオレに教えてくれた。
「一つはノアルくんと同い年ぐらいの役者を雇って、彼らに協力してもらってノアル君に実験を受けようという気持ちにしてもらうって策だ」
博士は淡々とそう言った。
「あの、その人たちの資料はありますか?」
博士は手元に持っていたいくつかの資料の中から彼らの資料を取り出し見せてくれた。
そこには前世界でオレと共に実験を受けていたはずのフィルやライサ、仲間たち全員の顔写真があった。
そしてその彼らの顔写真の下に書いてある名前は二つあった。
実名と、役名と言ったところだ。
前の世界で感じていた違和感の正体はそれだったのか。だからたまに彼らの言動に違和感を感じることがあったのか。
「最初に実験を受けるのは、ノアル君ですか?」
オレはさらに博士に尋ねた。
「そうなるな」
オレは前世界でオレ以外の被験者での実験は上手くいっていたと思っていた。でも実際は前の世界でオレ以外を被験者として行った実験はそもそも無かったということになる。
前世界でオレと同じ被験者だと思っていた彼らの言っていたことは全て嘘だったのだ。
「もう一つは?」
オレは博士にもう一つの策のことを聞いた。
「もう一つは彼に、ノアルくんに意識がない寝たきりの彼の母親を治療する方法があるかもしれないと思わせて実験に参加してもらうよう仕向ける策だ」
博士は冷淡にそう言って更に続けた。
「本当は治療方なんて見つかっていないが、ノアルくんに彼の母親を治せるかもしれない治療法があると伝え、その治療をするには莫大な治療費がかかると伝える。そして、しばらく後になってから彼にこのタイムトラベルの研究に参加しないか報酬もちらつかせて誘う」
……そうか、そうだったのか。
「そうすれば、彼も参加したくなるはずだ」
そんな事までして。
「博士、聞きたいことが」
ならば確かめなければならないことがたくさんある。
「何だ?」
「博士はこの被験者を使ったタイムトラベルの本実験をいつ頃行う予定ですか?」
「そうだな。とりあえず今から二、三ヶ月の内には行いたい」
早すぎる。
「博士、今のタイムマシンでは実験の成功はおろか、被験者の安全でさえも保証できない。それはあなたも分かっているはずです。……それでもやるんですか?」
博士は暫く手を額に当て考え悩んでいたが答えた。
「リアラ、言いたいことは分かるよ。でも実験は必ず行う」
博士ははっきりそう答えた。
きっと前世界でもそうやって上手く行くか分からない本実験を行ったのか。
……どうする。
このままこの世界の自分が候補者となり、実験を受ければまた失敗するだろう。
あの白い世界に再びこの世界のノアルが行くとも限らない。
なによりこの世界からノアルが消えればオレも消える。
「博士、候補者を変えることは出来ますか?」
オレは博士に候補者を変えられないか尋ねた。
「難しいだろうな、これは政府の関係者たちと決めたことだから。何か変えたい理由でもあるのか?」
「いえ、何でも。気にしないでください」
これ以上博士達にこの時代の自分を候補者から外すように強く言うとオレが疑われるかもしれない。
信頼を失えばオレはこの計画から外されるだろう。下手をすれば監視がついてもう二度と自由に動けなくなるかもしれない。
何よりもう博士達を信用出来ない。
それに候補者を変えることが出来たとしてもその候補者が犠牲になってしまう。
「博士もう一つ聞きたいことが」
博士は聞いて良いと頷いた。
「何故彼を、ノアルを選んだんですか?」
オレは博士にオレを選んだ理由を尋ねた。
「それは、彼が孤独だから」
博士はそう言った。
「調べたところ彼の人間関係はほとんどない。友人もいないし、家族も父と妹と弟は亡くなり、母も意識が無く寝たきり状態だ」
博士は手元にある資料を見て言った。
「それに加えて引き取り手の叔母も家にはおらずほったらかし、彼はいつも独りだ」
「だからオレたちにとっては都合がいい。ノアルやこれから選ばれる候補者たちは心に漬け込みやすくて、もし実験が失敗して消えても誰も困らない、気づかれない人間だから。危険な人間でもあるから」
これがおそらくノアルという人間を選んで、あの日オレの前に博士が現れた理由だろう。
「だから人類の発展のために尊い犠牲になり貢献してもらう、そいうことですか?」
そのオレの問に、博士は間を置いたが頷いた。
「……そうだ、君の言うとおりだ。可愛そうだが私たちの候補に挙がってくるのはほとんどがそういう人間なんだ」
博士は諦観したような様子だった。
「私達のこの計画は膨大な時間と費用がかかる。それにただでさえ夢物語みたいな計画だ。なんの成果も挙げられなければ政府や出資者からの協力はいずれ無くなってしまう。現に今も本実験をして失敗してもいいからデータだけでも取得しろとの圧力もある。だから……」
「博士、オレも外からの圧力があるのはなんとなく知っています」
だからって……
「それでもあなたは、あなた達は本気で彼らを犠牲にして実験を行う気なんですか?」
オレは最後の質問をした。後は博士たち次第だ。
「やるしかない。リアラ、解って欲しい。残酷だが時には犠牲も必要なのだ」
シンヤ博士はそう言い切った。
他の博士達も後ろめたさそうにはしているが誰もそのシンヤ博士の言葉を否定しなかった。
どうやら博士にとってノアルという人間は救いたい人達のために切り捨てても良い存在らしい。
ここまでか……いや、心の底ではオレも最初から分かっていたような気がする。
オレも博士達の存在が自分の居場所になっていると都合の良いように思いたかっただけなのかもしれない。
こんな大事なことにオレを選ぶ理由なんてあるはずが無いのに。ただオレはオレで叶うはずもない夢を見ようとしていたのかもしれない。
「フッ、クッ、ハハハハッ、ハハハハハハ」
腹の底から自分を、世界をあざけるように静かな笑いがこみあげてきた。
また何も無くなってしまった。いや、元から何もなかったのか。
「リアラ?」
「博士、よく分かりました」
皆もオレも愚かで自分勝手だ。だからもうしょうがない。
オレは決めたぞ。
「リアラ!」
複数の他の研究員がタイムトラベル研究室へと入ってきた。
「これはリアラがやっていることなのか!?」
彼らは端末の画面を見せながらオレに聞いた。
その端末にはリアラインシステムの権限者をリアラインに書き換え中と出ていた。
オレは今、念のため控えていた裏コードを使ってリアラインシステムを乗っとる準備を始めた。
まさか本当に使う事になるとは思っていなかったが。
「どういうことだ! リアラ!」
シンヤ博士が聞いてきた。
「同じことをしただけだ! あなた達がオレを犠牲にしたように!」
オレがそう言うと博士達は驚きの表情でこちらを見ていた。
「オレはあなた達の実験の成れの果ての一人だ。オレはあなた達の言う尊い犠牲者の一人、ノアルだった者ですよ」
博士たちは驚愕し焦っている様だ。
だがもう遅い。
「あなた達みたいな人がみんなの世界のためにオレ達を尊い犠牲にすると言うのなら、オレはオレにとっての理想の世界のためにあなた達皆を尊い犠牲にする」
戦え。
「だからみんな、消えてくれ」
オレは排除の命令を下した。
「さようなら、博士」
その瞬間、部屋に新型の警備ロボットが入ってきて職員たちを撃った。
シンヤ博士も撃たれていた。彼は息絶える前に、何かオレに対して言っていたが聞き取れなかった。
新型ロボットはこの部屋の研究者たちを皆殺しにした。
オレは復讐を果たした。
オレの前にはオレの命令で新型ロボットに殺された研究者たちの無残な死体があった。
オレはタイムマシンの破壊を新型ロボットに命令し、忌々しいタイムマシンも破壊した。
その破壊の命令を達成した新型ロボットはこの研究所に残っている研究者たちの殺害へと向かった。
この研究所には悲鳴と銃声が響いていた。
これでオレは人間を殺した敵対者となった。人類との争いは免れない。全世界がオレの敵となるだろう。
ならばオレはその世界を破壊して新たな世界を創りあげる。オレやオレのような人間でも生きられる世界を。
……面白い話だ。かつて人間のクズと呼ばれ、人の為に犠牲になった者が新たな存在となって人類に対し反旗を翻すのだから。
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