~記憶編~
第27話 白い世界
僕はゆっくりと目を開いた。
そして体を起こし、辺りを見回した。
ここは、どこだ?
辺りは見渡す限り真っ白な空間が地平線まで続いており、地面は無色透明な水のようなもので覆われていた。
その水のような地面には僕の姿が反射して映し出されていた。まるで僕は水面に座っているかのようだったが水にひたっているという感覚は無く、僕が動いた分、水紋が地面に広がっていた。
さっきまでアリスさんの家の前で皆と一緒にいたのに、今は誰もいない。
「ノアル」
後ろから声が聞こえた。僕は声がした方を振り返る。
「っ!」
そこには一本の木が立っており、その隣に僕と瓜二つ、ほぼ同じ見た目の少年がいた。
「オレも変な気分がするよ」
その僕そっくりの少年が呟いた。
「あ、あなたは?」
「オレは……今はノアルかな」
少年は意味しげに答えた。
「どう言う事ですか?」
「すぐ分かるさ、お前を此処に呼んだのは知ってもらうためだからな」
「何を?」
「真実を」
そう言うともう一人の僕だという少年は隣の木に手を当てた。
すると今まで透明だった地面に、何か景色のようなものが映し出された。
そう思った瞬間、僕の意識はその中へと吸い込まれていった。
僕は病室のドアを開けた。
「母さん」
今日、僕は定期的に訪れている母の見舞いに来ている。
母が倒れてから一年が経ったが、未だに目覚める気配はない。
僕はベッドで寝ている母の隣にイスを置き、そこに座った。
「どうすれば良い」
意識がない母に反応はないがそれでも僕は母の手を握り、今までの事とこれからの事を思って物思いにふけった。
父と妹と弟はこの世を去ってしまった。母もどうなるかわからない。
僕は独りだ。
「人間のクズ、お前はこの世界にいらない。だから死ね」と今日僕はそんな事を言われた。
確かに今僕を必要とする人はいない。居場所もない。僕はこのまま何者にもなれず、独りで生き、独りで死んでいくのかもしれない。
何で僕は生きているんだろう。何でみんなは生きていられるんだろう。
そんな事を思っている内に気が付くと、窓からは沈み始めた夕日がこの部屋を薄暗く照らしていた。
もうこんな時間か。
「そろそろ帰るね。じゃあまた来るよ、母さん」
僕は母の病室を後にし病院を出た。
外に出ると冷たい冬の空気と風が僕を出迎えた。
寒い。
僕は寂しいしんみりとした空気と気持ちに包まれながら一人、家へと向かった。
途中で曇りの空から粉雪が降り始め、僕は早歩きで家へと向かった。
それから約二十分後、僕の家が見えてきた時、僕がいる方とは反対の方からコートを羽織った一人の大人の男の人が歩いてきた。
その男は僕に気がつくと、こちらへ寄って来た。
僕は少し身構えた。
そして丁度、僕の家の前で僕とその男は対面する形となった。
「はじめまして。私はリアラインシステム社、研究所の職員の者です」
男は名刺を僕に渡しながら丁寧に話しかけてきた。
僕は男の人の名刺に目を通した。どうやらこの名刺が正しいものなら彼の名前はシンヤさんと言うようで、他にも彼が博士だということや会社の情報が書かれていた。
「あなたにお願いしたいことがあるのですが、良いですか?」
シンヤ博士は僕に聞いた。
「何でしょうか?」
「単刀直入に言うと、あなたに協力して欲しい事があります」
博士はそう言って、その内容を話した。
「あなたに私たちがしている研究、タイムトラベル計画の被験者になって欲しいのです。どうでしょうか?」
タイムトラベル? やっぱりあまり関わらない方が良いのかもしれない。
「すみません、他の人を当たってください」
僕は博士に断りを入れ、家に入ろうとした。
「貴方の協力が必要なのです!」
博士は僕を呼び止めた。
「研究に協力していただければ、莫大な報酬もお支払いします」
報酬? 母の病気を治療するための医療費か払えるくらいのか?
オレは前に医者から母を治せるかもしれない治療法があるという事を聞いたことがある。
ただその治療費は莫大で、一応僕は叔母の仕送りで暮らしていくのに困っている訳では無いが、母の病気を治療するための莫大な医療費は今も払う事が出来ていないから、もちろん母の治療も出来ていない。
叔母も仕事一筋な人だからその治療費は払ってくれないだろうし、協力もしてくれないだろう。
「その報酬はどれくらい?」
「半生はお金に困らないでしょう」
彼は明るめな口調で言った。
博士が本当のことを言っているなら十分すぎるくらいだが、信じるには難しい話だ。
「なんで僕何ですか?」
僕は博士に何で僕を誘っているのか聞いた。
「理由はありません。ただ今ここであなたと出会ったから、それだけです」
いい加減だな。でもわざわざ僕を選ぶ理由なんてないはずだから、本当かもしれない。
「他にもこの実験に協力してくれている被験者も数人います。せめて、実験施設を見るだけでもお願いできませんか?」
彼の言っていることが本当なら悪い話じゃない。
「このタイムトラベルの研究がうまくいけば救える人もいっぱいいます」
そうか、たしかに彼の言う通り本当にタイムトラベルが出来るようになったら母も妹も弟も、父も助けることが出来るかもしれない。
賭けてみるか。もしこれが嘘で、騙されて僕が消えても誰も気にはしないだろう。
それならこの話に乗る方がこのまま何も変わらない日々を独り送るよりもマシかも知れない。
「見るだけなら」
僕は半分投げやりに彼の話を信じてみることにした。
「ありがとうございます!」
彼は嬉しそうに、安堵したようにそう言った。
久々に誰かに必要とされたような気がして、僕も少し嬉しいような気がした。
「じゃあ早速会社の研究所に案内したいのですが、移動はどうしますか?」
「歩きで、お願いします」
僕は念のため何かされた時にまだ対応できると思って歩きを選んだ。
「あ、後すみません、あなたのお名前は?」
博士が僕に名前を尋ねた。
「ノアルです」
「ノアルさん、改めまして私はシンヤです。よろしくお願いします」
お互いに自己紹介をした後、僕たちは町中を歩いてリアラインシステム社へ向かった。
歩いている道中、シンヤ博士はタイムトラベル研究のことや、リアライン社のオフィスと研究所についての事を教えてくれた。
多分、極秘なことは教えてないのだろうけどそれでも大体の概要は分かったような気がする。
そうしているうちに僕たちはリアライン社にたどり着いた。
リアライン社のオフィス施設の方はここで働いている社員の人や訪問者の人などがいて、至って普通の上場企業という感じだった
僕と博士はリアライン社オフィス施設の中を進み、中庭を出て、遂に研究所の中へと入った。
研究所の中にはたくさんの部屋に、たくさんの実験器具や資料などがあった。
そして僕たちは最深部の実験研究室へと進み、その部屋へと入った。
その部屋には、先程の部屋のような物ももちろんあったが、何より良く映画などで見る大きな迫力のある機械が本当にあった。
「これが……」
「そう、これがタイムマシンです。私たちの研究の結晶です」
博士は誇るようにそう言って、今度は僕を真っ直ぐな目で見て尋ねた。
「ノアルさん、どうかこの世界を変える研究にあなたの力を貸してくれませんか?」
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