第3話 結果 

 僕はレアンと帰り道を二人で歩いて帰っていた。

「レアン、君メチャクチャ強いんだな。びっくりしたよ」

「そういえばそうだったな。なんか体が勝手に動いてたよ」

 レアンはハハハと笑っていた。

 それにしてもレアンは強かった。一体未来で何してたんだろう。

「ところで何か思い出せたことはあるの?」

 僕はレアンに記憶を何か思い出せたか尋ねた。

「いや、自分がまぁまぁ動けること意外何も」

「そっか」

 どうやらレアンはまだあまり未来のことや敵のことなど、任務に関することを思い出せていないらしい。

「そういえばあの不良達はどうなったんだろうな?」

 今度はレアンが僕に尋ねた。

「まぁ、保健室で手当を受けながら大勢の先生に囲まれての事情聴取じゃないかな」

「やりすぎたかなぁ」

 レアンは苦笑いしながらそう言った。

「床に伸びてたしね。でも襲ってきたのは向こうだから自業自得な部分がほとんどだと思うよ」

 僕も苦笑しながら答えた。

「あ、後、助けた二人の方は大丈夫だったか?」

 レアンは僕に助けた二人のことを尋ねた。

「うん、大丈夫そうだったよ」

 僕がレアンにそう答えて、町並みも落ち着き始め、僕達が緩い坂を登り始めた頃、誰かが後ろから僕の事を呼んだ。

「すみません!」

 僕とレアンが立ち止まってその声がした方を振り返ると、そこには先程助けた不良と言い争っていた少女がいた。

 少女は優しく誰からも愛されそうな顔立ちをしており、明るい茶色のロングヘアに、白い肌。細身で身長は僕とレアンよりも一、二回り小さい。

 そんな彼女が僕たちの少し後ろから駆け足でこちらへ向かって来た。

「先程は助けていただきありがとうございました」

 少女は僕たちの側へ辿り着くと、僕にお礼を言ってくれた。

「全然、大丈夫ですよ」

 そう僕が答えると少し緊張していた様子だった彼女は安心したように微笑んだ。

「あっ、私、アリスです。よろしくお願いします」

「ノアルです。よろしくお願いします」

 お互いに自分の名を名乗って自己紹介をした。

「もうひとりの方はどこにいるか分かりますか?」

 アリスさんは僕にレアンのことを尋ねた。それもそのはずで僕の隣にいるレアンの姿は彼女には見えていない。

「あぁ、レアンのことかな……」

 僕はそう言いつつ、レアンがいる方をチラ見した。

 当のレアンは「何か良い言い訳を、頼む!」と言って僕に頼んできた。

「レ、レアンは一足先に帰りました」

 僕は先ほども使った例の言い訳をした。

「そうですか、まだお礼言えてなかったので。また今度にしますね」

 一応アリスさんは納得してくれたらしかった。

「良かったら僕の方からレアンに伝えておきますよ」

「良いんですか?」

 僕はうんと頷いた。

「ありがとうございます、お願いします」

 まぁ当の本人は横でガッツリ聞いてるけど。

 それから何となく流れで僕はアリスさんとも一緒に歩いて帰る事となった。

「あの、もうひとりの方はあの後大丈夫でしたか?」

 僕はアリスさんに不良のスネを蹴ってアリスさんを助けた子の事を尋ねた。

「あ、レイラさんの事ですね。一応ノアルさんが食堂の方へ向かったあの後、レイラさんと帰ってきた先生と私の三人で話してたんですけど、様子は大丈夫そうでしたよ」

「そうでしたか、良かった」

 あの子はレイラさんって言うのか。とりあえず二人とも無事に助けられて良かった。

「そういえば先生達から聞いたんですけど、あの時私達を襲った人たちはしばらく停学らしいですよ。それでもダメだった時は退学らしいです」

 アリスさんは苦笑しながらそう言った。

「じゃあ、しばらくは学校も安全そうですね」

 僕も苦笑しながらそう答え、彼女は頷いた。

「それにかなりレアンさんに痛い目をみたと聞いたので、これからは悪さをしようと思っても怖くなって出来ないかもしれませんね」

 確かにあのレアンの強さを体感した後だとそう思いそうだ。そうだといいなと僕は思った。

 その後はお互い隣を歩きながらも話せず、しばらくの沈黙が続いた。

 レアンは僕に「何でもいいから、聞いてみるのが良いんじゃないか?」と簡単そうに言ったが、その勇気がないから僕はボッチなのだ。

 僕だって何か話そうとはしているが喉と口の間辺りでブレーキがかかって何も言えない、というのを繰り返していた。

 まずいよ、どうしよう。

「あ、あのノアルさんは、何か好きな物とか趣味はありますか? あ、後敬語じゃなくても良いですか?」

 そんな沈黙を破ってくれたのは他でもない彼女だった。

 ありがたい。

「あ、ハイ、大丈夫です」

「ありがとうござ、ありがとう。ノアルくんも私に敬語じゃなくていいので」

 アリスさんはそう言ってくれた。

「あ、それで、さっきの何か好きなものとか趣味は?」

「えっと、趣味はアニメ見たりとか、小説読んだり、ゲームしたり……あ、あと曲を作曲して、それを弾いたりとかしてる、かな」

「えっ! 自分で曲作って、さらに弾けるの!」

 アリスさんは興味津々に反応してくれた。

「そんなに上手く出来るわけじゃないけど、一応少しは」

「えっと、ノアルくんは楽器は何を使ってるの?」

「一番はキーボードかな」

 僕がそう答えると彼女は更に嬉しそうになった。

「あの、ノアルくん」

 彼女がそう言って立ち止まったので、僕と魂化しているレアンも立ち止まった。

「お願いしたいことがあって」

 アリスさんが慎重な面持ちだったので、僕も慎重に聞くよと頷いた。

「私音楽部に入ってて。二週間後にある高校の文化祭に音楽部のみんなで出てライブをするって決めてたんだけど、一人色々あってライブに出られなくなってしまって、メンバーが一人足りなくなっちゃったんだ」

 アリスさんは悲しげな表情をしていたが、切り替え、僕の目を真っ直ぐに見つめた。

「それでもし良かったら、ノアルくんに助っ人として私達と一緒にライブに出てほくて。どうかな?」

 アリスさんは僕にそう尋ねた。

 僕は注目されるのは嫌じゃないけど、人前に出るのは慣れてないし苦手だ。

 緊張して失敗するかもしれない。そうなったら迷惑がかかって、この人呼ばなければ良かったって思われるかもしれない。

「無理はしないでね! 嫌じゃなかったらで、文化祭が終わるまでとかノアルくんの自由で良いので。どうかな?」

 そんな僕の様子を察したのかどうなのかアリスさんは気を回してくれた。

「その、僕は今まで誰かに合わせて曲を弾いたことが殆どないから、あまり上手く出来ないかも」

「全然大丈夫だよ。もちろん上手く出来るならそれに越したことはないけど、上手く出来なくてもその時はお互いにカバーすれば良いから」

 どうしよう。

「なにより一番は自分たちの出来る範囲で全力で楽しんで演奏しようってみんなで決めてるの。だから失敗とかしても大丈夫!」

 アリスさんはそう言ってくれた。

「えっと……」

 失敗して、失望されるのは怖い。でもアリスさんは話しかけづらいであろう僕に声をかけて、頼ってくれた。

「手伝っても良いんじゃないか? アリスさんはノアルを頼ってるんだ。オレはノアルにとっても良い事になると思うけどな」

 アリスさんの話を聞いていたレアンも僕を促した。

 アリスさんは緊張こそしているが、僕の方をまっすぐ見つめている。

 僕はレアンの言葉とアリスさんの勇気に少し前向きに慣れた気がした。

 僕もアリスさんの様に勇気を出してみよう。

「まずは、音楽部のみなさんと演奏してみてから決めてもいいかな」

 僕がそう言うと、アリスさんの表情が和み、笑顔になった。

「もちろん! ありがとうノアルくん」

 アリスさんに喜んでもらえて、僕の方もなんだか嬉しくなった。

「一応音楽部は明日から再開するんだけど、明日来れそうかな?」

 アリスさんは明日来れるか聞いた。

「うん、大丈夫」

「じゃあ明日九時に音楽部の教室、305教室にお願いします!」

 それから僕たちは再び歩きながら話した。

 アリスさんはライブで演奏しようとしている曲を教えてくれて、その後僕たちは文化祭のことや音楽部のこと、好きな音楽やエンタメのことなど色んなことを話した。

 アリスさんは穏やかで優しくて、前向きで明るくて。彼女は良く幸せそうに笑うから僕もつられて笑顔になってしまう事が良くあった。

 アリスさんといる時間は陽だまりのような暖かさに包まれた時間だった。

 ただそんな時間はあっという間に過ぎ去り、僕たちは分かれ道にたどり着いていた。

「あ、そうだ。連絡先、リコネ教えてもらってもいいかな?」

 アリスさんは僕に尋ねた。

 リコネと言うのはリアラインコネクトの略で、リアライン研究所が開発したメッセージ・通話アプリだ。

 僕はアリスさんとリコネを交換した。こうして僕の数少ない連絡先が一つ増えた。

「ノアルくん、今日は本当に色々ありがとう」

「こちらこそ」

「じゃあ、またね!」

 アリスさんは僕に手を振った。

「うん、また!」

 僕も手を振り返し、僕たちは分かれお互いの帰路についた。

 いつの間にか空の色はオレンジ色になり、夕暮れ時の太陽に町が照らされている。

 僕は清々しい晴れやかな気持ちで帰り道までの道のりを魂化しているレアンと共に歩いた。


 それから僕とレアンは家へと帰りつき、玄関を開けてリビングへと入った後、レアンは魂化を解き、現体化した。

 「じゃあまずはちょっと早いけど、夜ご飯にする? 昼、最後まで食べれなかったし」

 僕がレアンに聞くとレアンは「助かる、お腹空いてたんだ」と言った。

 というわけで僕達は夕飯を食べる事にして即席ラーメンを作り、それを食べた。

「明日から、新型ロボットのテスト配備が始まります」

 僕が食べながらテレビをつけてみると、アナウンサーの人がそう言い、明日から配備される新型のロボットの事を放送していた。

 僕とレアンはそのテレビに映っている新型ロボットを見た。

 テレビに映っている新型のロボットは旧型と見た目はあまり変わらないが、色が紺色か黒色で、情報処理速度や運動性能など全体的な性能が旧型より良くなったと紹介されていた。

 さらにテレビに出演していた職員らしき人はよりこの新型よりも優れたロボットをゆくゆくは作っていきたいと言っていた。

 そんなテレビを見ながら僕とレアンは昼ご飯を満足に食べれていなかったためというのもあり、気づいた時には二人ともラーメンを食べ終わってしまった。

「そういえば気になってることがあるんだけど……」

 レアンは椅子に座ったまま体の向きだけ僕の方を向けてそう言った。僕は聞いて良いよとうなずいた。

「ノアルは一人暮らしなのか? 親御さんは遠いところに住んでいるのか?」

 レアンのその質問に僕は戸惑ったが答えられた。

「父が六年前に事故って。他の人を巻き込む事はなかったけど、その時に父と妹と弟が亡くなった。事故った理由は……簡単に言うと、まぁ色々とし過ぎていたって事なんだけど、詳しくは聞かないでくれるとありがたい」

 僕の頼みにレアンは深く二回頷いてくれた。

「そして二年前、母が倒れて意識不明になったから。僕は表向き叔母と一緒に暮らしているってことになってるよ」

「ごめん、ノアル」

 レアンは申し訳無さそうな顔をしていた。

「良いんだ。いずれ話すことにはなるかなって思ってたから、こっちこそ重い話になってごめん」

 レアンはまだ気まずそうな表情をしていた。

「ノアル、オレは短い間しかいられないけど出来ることがあったら言ってくれ」

 そのレアンの言葉に僕はうんと頷いた。

「ありがとう、その時が来たら頼らせてもらうよ」

 僕が明るめにそう言うとレアンの表情も少し緩んだ。

「じゃあそろそろ僕は明日の曲の練習をするけど……レアンも聞いてみる?」

 その問いにレアンは嬉しそうに頷いた。

 僕たちはキーボードのある音楽部屋に向かった。

 部屋に入ると僕はいつも使っているキーボードの前にある椅子に座り、イヤホンをして、レアンにはもう一つある別のイヤホンを渡した。

「じゃあ、弾くよ」

 僕はアリスさんの言っていた曲を弾いた。レアンは僕の横で静かに僕が弾くその曲を聞いていた。

 そして僕は教えてもらった曲を全部一回ずつ弾き終わった。

 弾き終わった後、レアンから「ノアル、めっちゃ上手だな」と褒めてもらって、嬉しかったが少し照れ臭くもあった。

 それからレアンはネットで調べてみたら何か思い出せるんじゃないかということで僕の部屋でパソコンを触って色々調べるようで。一方の僕も再びキーボードを弾いて明日に向けての練習をしていた。

 その間に僕はこれまでの事を思い出していた。

 僕はずっと独りだった。

 元々人と接するのが苦手な僕は家族を失った後、人と深い繋がりを築くことが出来なくて独りになった。

 今、生きていて意識もある唯一の家族の叔母は昔から仕事一筋の人だったから暮らしていくのに十分なお金は送ってくれるけど、会ったことはない。

 ネットコミュニティやゲームでオンライン上の人々との繋がりはあってもお店や宅配の人と挨拶を交わすことは合っても、ふとした瞬間に家の中で一人、どうしようもないくらいに自分が孤独なのだと思い知らされる。

 家族がいた時だって完璧だったわけじゃない。我慢する時も、傷つく時も、不安で苦しくなる時もあった。

 でもそこには居場所があった。帰って来れる温かな居場所があった。でも今はない。僕には居場所がない。

 だからこのまま人と心から繋がる事が出来ず、この先永遠に独りなのではないかという深い孤独感に苛まれ、不安に息が詰まって涙が止まらなくなることも度々あった。

 だけど自分から他の人の世界に一歩踏み込む勇気もないから何も変わらない。他の人から見ればなんでそんな事が出来ず、悩んでいるのかと不思議に思われるのかもしれない。だけど僕にはそんな難しい事がどうやったら出来るのか分からなかった。出来るようになりたかったけど出来なかった。

 だから僕は好きな事、音楽にしがみついて曲を作って弾いた。

 もうコレしかなかったからだ。

 でもほとんど何も持っていない人間の僕が、音楽でも駄目だったらと思うと恐ろしくて。本気になりたくてもなれず、結局何もかも中途半端だった。

 僕はもう限界に近かった。

 そんな時に、今日僕はレアンと出会ってアリスさんと出会えた。

 もしかしたら今この時が、僕にとっての運命の分かれ道なのかもしれない。

 今頑張れば僕にも深い繋がりが出来て、居場所ができるかもしれない。独りじゃなくなるかもしれない。

 それなら精一杯やってみよう。レアンの任務のことも、アリスさんの音楽部のことも。

 僕は明日に向けて今できる精一杯の練習をした。

 そして練習を終えた後はレアンと合流した。

 結局レアンはまだ何も思い出せなかったそうだが大体の今の時代のことは分かったらしい。

 それから少しゆっくりした後、僕たちは寝るための準備を済ませた。

「寝る場所は母の部屋のベッドでいいかな?」

 母の部屋に入った後、僕は横にいるレアンに尋ねた。

「良いのか?」

「うん、良いよ。長く使っては無かったけどたまに片付けと掃除をしてたからそんなに散らかってはないと思うし、後はレアンさえ良ければって感じかな」

「ありがとう、使わせてもらうよ」

 レアンはお礼を言って了承もしてくれた。

「じゃあおやすみ、レアン」

「おやすみ、ノアル」

 僕は母の部屋から出て、自分の部屋に入り、自分のベッドの上に横になった。

 それから今日起きたいつもと違う色んな事を思い出しながらも、いつもと違う事がたくさんあった疲れで、僕の意識は少しも立たないうちに深い眠りに落ちていった。

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