第2話 とりあえず一回死んどきますか

「とりあえず一回死んどきますか」


 契約が完了した後、とりあえずお開きにして仕事を辞めてくるのでまた明日ということになった。次の日、出社した俺はおちつけといってくる同僚や上司をちぎっては投げ、ちぎっては投げすることにより(比喩表現)攻略完了して意気揚々と帰ってきた。そこでいろいろ聞いてみようとオラクルを開き、無事仕事を辞める段取りをしてきたと報告をしたのを聞いた風を食む者が最初にした発言がアレだ。


 いきなりぶちかましてきた風を食む者を改めて観察した。肩まで伸びた艶やかな金の髪、最高級のエメラルドさえ霞んでしまうような麗しき瞳、鼻筋はきれいにとおって一部も隙もなく、唇はうすく華麗にきらめいている。まさに天使のようなという表現が相応しい容姿だったが。

「悪魔だったか」

「神様です」

「なるほど、邪神ということか」

「善神です」

 胡散臭そうにながめる俺にたいしてニッコリときれいに笑って見せた彼は続けた。

「仕事をあっさりやめたところを見るに、ある程度の蓄えはあるのでしょう?」

「まあ高給取りでしたからね。探索にどれだけかかるかにもよりますが」

「丁寧語は必要ありませんよ。これから長い付き合いになる予定ですからね」

「了解」

 そういう自分は丁寧語だが、その方が自然に話せるのだろう。

「探索の費用なら当分は武器が壊れるたびに現金で買い替える必要がありますね」

「交換所でコアポイントってのを使って交換するんじゃないのか」

「交換所の品は基本的に契約した神、あなたの場合は私の主が創造したか、祝福を与えたものしか品目に加えることができないのです」

「あー、非常に嫌な予感がするんだが」

「あとで実際に確認していただければわかると思いますが、交換所の品は非常に交換ポイントがお高くなってます」

「ですよねー」

「例外もありますけどね」

「というと?」

「パーティ機能、配信機能、マーケット機能、オークション機能、なんかのシステム的な機能を解放する権利の交換は契約神によらず固定ポイントです」

「おーーーー!!!!」

「ということで最初に目指すのはマーケット機能の解放ですね。マーケット機能が解放されればコアポイントで他の人が出品した商品を交換できます」

「ふーん? でも俺が解放しても、その時点で他にマーケット機能を解放した人が一定以上いないと欲しいものはあまり手に入らないのでは」

 風を食む者はかわいそうな者を見る目で俺を見た。

「残念ながら、マーケット機能を解放した人が少ない段階であなたがマーケット機能を解放する可能性は雀の涙ほどもありません」

「あ、はい」

 いつくしみの目で俺を見て、優しくつづけた。

「システムを通さなくても、インターネットや直接取引であればダンジョンドロップや交換品も取引できます。その場合は現金が余計にかかることになりますが選択肢として覚えておいてください」

「さて、マーケット機能の解放が最初の目標と話しましたが正確にはあなたが初期状態で行くことのできる我が主のダンジョンの中でもっとも難易度が低い所で最弱の魔物を一匹倒せばシステム関連の機能解放権利はすべて交換できるでしょう」

 俺は表情が引きつるのを止められなかった。

「あーー。強い神と契約したから弱い魔物を倒してもたくさんポイントもらえるってことかな」

 慈悲をかける天使の表情で奴はいった

「儚い希望にすがったところで絶望がより深くなるだけですよ」

 この悪魔が!


 奴は遠い目をして語りだした。

「主は最弱の魔物を作ってみたので確かめてくれと私に申しつけました。私は戦力をはかるため戦うことにしました。人間の時間に換算して三日三晩の死闘でした」

「……」

「死闘を制した私は主に強すぎてお話になりませんとお伝えしました。主は納得して新たに最弱の魔物の創造に取り掛かりました。しかしこれは長い長い戦いの始まりにすぎなかったのです」

 奴はふっと笑みを浮かべた。

「主と私の人間時間にして5000年の努力による結晶、とくとご賞味ください」

「契約解除しようかな」

「すりつぶすぞ、人間」

「ヒェッ」


 気を取り直すように大きくため息をついた風を食む者は話をつづけた。

「それで話は最初に戻りますが、この先、肉体の死はあなたにとって最も親しい友となります」

 最低の親友なんだが。

「高天原システムにおいて肉体が死亡した際の蘇生に関しては契約神の裁量になります。力のない神であればそもそも蘇生ができず、ある程度力のある神でさえ蘇生のコストはおおきなものになるでしょう。命大事にが基本方針です」

「ですがご安心ください!! 我が主にかかればあなたを蘇生するなどお茶の子さいさい。なんとお手頃価格0ポイント!! まさかのノーコストです!!」

「キャッチコピーは死んで覚えるダンジョン探索!! お気楽に死亡ください!!」

 魂が肉体から抜けそうだった。


「完全な肉体の死というのは魂に負担をかけるので、死の衝撃に対して耐性が高い性質の者でも1ヶ月ぐらいは重度のうつのような症状に襲われます。耐性が低い性質の者だとトラウマが一生残り廃人と化します」

「あなたは幸い人類で最高峰の耐性の持ち主ですので3週間も安静にしていれば回復するでしょう。さらに死の衝撃に対しては回数を重ねるごとに耐性を強くすることができます」


「ということで魔物の強さを実感するために一度戦ってみましょう」 

「まった! まった! どうしてそうなる」

「一度死んだからって死に対する衝撃に耐性が上がっても、強くなるわけじゃないんだろう? 結局鍛えるなら、わざわざ死んでみなくても勝率が高くなってから挑戦すればいいじゃないか」

 奴は指を一本立ててフリフリした。

「残念ながら普通に鍛えても加齢を挽回できる領域に行くまでに老いさらばえてしまいます。スキルは戦った相手が格上であればあるほど習得率、習熟率共に上がりやすくなります。まずは簡単に死ななくなるまで、防御系のスキルを習得してレベルが上がるように死にまくって、その間にあがいてワンチャン攻撃系のスキルを習得してレベルアップできるようにしましょう」

「いっておきますが、そこらの神と契約しても絶対にまねできない特権なのですよ。まねしようとしても蘇生コストによって詰みますからね」


 天を仰いだ俺は、リスクの低い方法があれば教えてくれてるだろうなと思いつつ念のため聞いてみる。

「俺が契約した神以外のダンジョンにはいることはできないのか」

「できますけど、一定の格があるダンジョンかつ階層で、一定以上の強さの魔物をたおさないとコアポイントももらませんし、スキルも習得しませんよ。具体的にいうと我が主が用意した最弱の魔物より五倍ぐらい強くないと恩恵を受けとれる対価の最低ラインに達しません」

「これは他の神も自分が用意した以外のダンジョンで自分の契約者に恩恵を与えるためには一定以上強力な魔物を倒させないとダメですね。我が主の条件ほど極端ではありませんけど」

「これは契約神が用意したダンジョン以外で活動する場合、高天原システムの処理コストが大きくなるため、弱い魔物を倒してもエネルギーの採算が赤字なのです。ある程度は契約神が補填しますが、特別な理由なく赤字を垂れ流している場合、契約者に請求がいきます。これは請求される方が本来の決まりです。契約神がある程度補填してくれるのは慈悲によるものなのでお気を付けください」

 腹をくくるしかなさそうであった。


 翌日、買い物に出かけて金属バット、鉈、斧と仕入れてきた。小一時間悩んだすえに金属バットに獲物を決める。


 「ステータスオープン」

 ファストトラベルを押す。移動可能な行先一覧が表示された。契約神のカテゴリには一つだけ行先が表示されている。その名も初級ダンジョン。初級ダンジョン。もう一度言おう初級ダンジョンである。初級とかいいながら死地なのだ。詐欺もいいとこだろ。

 ちなみに交換所も昨日、オラクルのあとに見てみたけどそっと閉じた。

 死ぬのだろうか。生き返るとはいえ死ぬのだ。風を食む者があれだけ言っていたのだから奇跡など起こりようがないはずだ。だが始めから負けた気で行くのもどうかと思う。やってやる!やってやるぞ!ヒャッハーーー!!


 俺は初級ダンジョンの文字を押す。次の瞬間、洞窟らしき中に立っていた。広くはないが横幅も天井もバットを振るうには支障ない。洞窟自体がうっすらと光を放っていて薄暗いが見えないほどではない。灯りを持ち込まなくても最低限の視界が確保できることはあらかじめ聞いていた。

 俺は心を奮い立たせいるように声に出した!

「ヒャッハーーー!!!!」

 勢いのまま走り出す、加速しきる前に白いボールのようなものが視界に入った。魔物だ。体当たりしかできない最弱の魔物。事前情報通りの魔物に向かって突撃しながら大きくバットを上に振り上げる。意識がはっきりしていたのはこの瞬間までだった。あとは何が起きているのか把握する暇もなく衝撃と激痛が繰り返されて、混乱の中意識がうすれ、気が付いた時には自室のベッドに横になってぼんやりしていた。

 まるで回らない頭と空っぽの気力を絞り出してSNSでつぶやく。


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