第1話 ステータスオープン

 ゲーミングチェアに座った俺はそわそわする気持ちを抑えて深く息を吐いた。さっきこの世界で起きた重大な変化について発表されたあと、政府が公開したこの件に関する専用ホームページを一通り確認した。


 地球という惑星において一定の歴史と文明的な発展が起きたため、地球は次の段階へとシフトしたというのが政府の発表だった。


 何の制御も行わずにシフトが発生すると無事に安定させるのは難しく、多大な犠牲と社会的混乱をともなう可能性が高い。

 なぜそんなことが分かったのかというと、シフトの発生を察知した異界の神より接触があったのだそうだ。そこで異界の神は日本という国と契約を結びたいと政府に持ち掛けた。シフトを制御するためのシステムを構築する代わりに日本の住人と個別に契約する権利が欲しいと。

 どういう経緯があったのかはわからないが最終的に日本政府はこの契約を吞んだ。

シフトによってこれまで空想上の存在であったありとあらゆる神秘が顕現する。それを現代日本社会にソフトランディングさせるために異界の神により創造された高天原システム。システムは政府の発表が開始された時点で既に稼働しているということだった


 俺は、意を決してそっとつぶやいた。

「ステータスオープン」



名前:佐藤大介(さとうだいすけ)

年齢:28歳

コアポイント:200


スキル

称号

交換所

ファストトラベル

オラクル

設定と契約



 ステータスが燃え上がりそうなほど熱心に眺めたあと、震える指でスキルの文字を押してみる。おそらく取得したスキルの一覧や詳細が見れるのだろう。


 一般教養レベル5、数学レベル6、物理学レベル5、ITエンジニアレベル6、日本語5、英語4、サブカルチャーレベル6、交渉4、マネージメント4、情報収集5、料理4、登攀3、筋力3、持久力3、というのが今持っているスキルのようだ。


 スキルレベルについて考えると、自分の客観的な能力の評価と照らし合わせてみるのなら、レベル5あればプロとして活動していけるようなレベルといった感じではないだろうか。それほど的外れではないと思う。

 スキルの詳細にはアーツというものがあった。暗算や筋力強化など効果の予想しやすいものから、システム設計書生成のようなちょっとどうなるか分からない物もあった。近頃はやりの生成AIのようなアーツだろうか。


 次に称号の文字を押す。画面が移り変わり称号の詳細画面になる。現在取得している称号の一覧が表示された。


 一流エンジニア、ITインフルエンサー、野良数学博士、サブカルマイスター、知識人、野良物理学士、バイリンガル、アマチュア料理人、準マネージャー、準交渉人、登攀愛好家、筋トレ愛好家、ジョギング愛好家、迅速果敢、飛耳長目、精明強幹、海内奇士。


 各称号の詳細を確認すると、どの称号も称号と関連の深いスキルや能力、アーツの習得、習熟、上昇、効果にプラス補正がかかるようだ。今の所ほかに特殊な効果を持つようなスキルはなさそうだ。


 交換所の文字を押すとポップアップで交換所の内容は契約した神に依存するので先にオラクルにより神と契約するようにとメッセージが出た。ファストトラベルも同じだった。

 少し考えてオラクルを飛ばして、設定と契約を押してみると同様のポップアップメッセージが出た。


 発表された内容や専用サイトの解説を思い返せば、神との契約が重大な選択になることは明らかだった。契約した後に契約を解除して別の神と契約することもできるが、ここで契約する神というのはシステムのような無機的な者ではない。超越的な力は持つが情緒的には人間に近い。もちろん例外や個体差というものも大きい。契約において様々なしがらみを無視できないことは明らかだった。


 一息ついて改めて覚悟を決めた俺はオラクルの文字を押した。ステータス画面が切り替わり拡大される。そこに一人の男性が映し出された。品のいいロングテールコートにロマンスグレーのまさにセバスチャンというような執事にみえる。彼は慇懃に礼をとり口を開いた。

「お初にお目にかかります。あなた様の契約をご案内せて頂くミューテールと申します。親しみを込めてセバスチャンとお呼びください」

 苦笑した。心を読まれたのだろうかと考えながら答えた。

「初めまして、セバスチャン。佐藤大介と申します。この度は契約の案内をよろしくお願いします」

 控えめな笑顔を浮かべながらセバスチャンは頷いた。

「では早速ご案内をさせて頂きます。まずあなたさまの情報に関してどこまで収集していいか決めましょう。収集する情報によってご案内できるご契約者が変化します。ご注意と致しましては収集する情報が多ければ多いほどご契約者が増えるとは限らず、また良いご契約者に恵まれるとは保証できません」

「収集する情報に関しては条件を指定することはできません。例えば、今までの人生における実績を収集する場合には良い実績だけ、ある年齢以降の実績などの指定はできないということでございます」

「では収集する情報の一覧を表示ますので、収集してもよい情報にはチェックボックスにチェックをいれてください」

「何か質問があれば随時質問してください」


 俺はざっと一通り一覧に目を通してすべてという項目だけにチェックをいれた。

 この28年間真っ当に頑張って楽しんできたつもりだ。お天道様に顔向けできないようなことをした覚えはない。失敗も含めて俺の人生だと胸を張って言える。


 技術的、社会的な秘密契約についてはこの調査においては一切考慮する必要はないという政府の保証がある。高天原システム構築時の契約により、この調査で得た情報は神の紹介のときにだけ使用され、契約が完了、もしくは中断された時点で情報を閲覧した案内人と神々の記憶からも消去されるそうだ。


「これでお願いします」

「了解しました。収集を開始する前にもう一度確認させていただきます。収集する情報はこの一覧の通りでよろしいですか」

「はい」

「では収集を開始します。完了しました。ほーほーほー。素晴らしい経験と実績、能力でございますね」

 開始の宣言から一息つく間もなく完了の報告を受けたことに内心驚きながら先をうながした。

「引く手あまたでございます。古今東西ありとあらゆる神々が契約をもとめるでしょう。なにかご希望の条件はございますか」

「ダンジョン探索者になろうと思っています。ソロで活動したいので一点特化ではなく幅広く恩恵を受けられるような神と契約したいです」

「ほーほーほー。その条件でお勧めできる方向性として2つあります。各神話の主神など強大で万能の権能を持つ神と契約する方法が一つ目です。この場合神が強大すぎるため恩恵を受けるための対価が厳しく最初は大変な苦労を背負うことになります。ですが苦労を乗り越えて大きく成長すれば超然たる力を振るい、人の器を超えて神の領域にたどり着くことさえ夢ではありません。大器晩成型の道です」

「もう一つは各神話の主神など強大な神々ほど力は持たないが幅広い権能を持つ神と契約することです。この場合力の弱い神々ほどあなたを優遇してくれるでしょう。ただし滑り出しは優遇されればされるほどうまくいくと思いますが、うけることができる恩恵の上限も低い。より高みを目指そうとすれば、契約した神に多大な対価を払い共に成長していく必要があります。契約した神の力によっては契約した時点であなたが神の領域にたどり着く可能性はなくなります。もちろん途中で別の神と契約しなおして可能性を上げることは可能ですが、さまざまなしがらみはついてまわるでしょう」

 どちらが好みかなど考えるまでもなかった。

「私が契約できる神の中でもっとも万能で、もっとも力の強い神はどのような神ですか」

「ほーほーほー。ではその条件で探してみましょう」

 そういったセバスチャンは、ここで初めて超然とした態度を崩した。一瞬の驚き。味合うようにゆっくりと笑みを深めて言った。

「おどろきました。まさかあの方が契約を求められるとは。これは千載一遇のチャンスであると同時に長い試練の始まりとも言えます。まず前提としてあまりに強大すぎる神であるため具体的にどんな神であるかあなたは知覚することができません。説明できることとしては古く大きな力を持つ神であること。成功するためには長く険しい試練が待ち受けること。果てしない研鑽の先には絶大なる力を得ることが約束されていること。一度契約してしまうと、契約を解除しても魂に残った力の残滓による影響で契約に応じることのできる神が現れる可能性は限りなく低いこと」

「どういたしますか。率直にいってやめておくのが賢い選択です。あなたであれば他にも契約を求める主神クラスの神がいらっしゃるでしょう。その道でさえ成功にたどり着くのは大変です。たとえどれほどその成功が大きくとも」


 さすがに安易には頷けなかった。セバスチャンと会ってまだほんの少ししか経っていないが、この男が動揺を表にだすというのが途轍もなく珍しい事態であるということには確信があった。

 その男がここまで念を押すのだ。正直どれほど大変なのか測りかねた。


 だが、と思う。こんな事態になったからにはどこまでも上を目指してみたいという気持ちは俺の中で無視できないほど大きかった。

 ならば踏み出そう。ここから新たに始める。進むのだ。どこまでも。

 覚悟ともに頷いた。もしかしたらこれから何度もこの決断を後悔するのかもしれない。だが今この時、選択した覚悟は本物だ。

「契約します」

「よろしいでしょう。では私はここまで、このままお待ちください」

「ご案内ありがとうございました」

「こちらこそ、面白い経験をさせて頂きました。縁があればまたお会いしましょう」

 そう言って礼を取ったセバスチャンは溶けるように消えた。


 誰もいなくなった画面を前にしばらくたたずんでいると、いつの間にか果てのない暗闇の中で浮いていた。不思議と落ち着いた気分で浮かんでいると、遠くに何か存在していることに気が付いた。気が付いた瞬間にたちまちその気配は大きくなった。どこまでも大きく。あまりの存在の大きさに自分という存在は塗りつぶされてしまった。暗転。


 ぱちりと目を開く。とんでもなく永い眠りから覚めたような気分だった。その割にはあっさりとした目覚めだ。開いた視界には宙に浮いた何らかの画面とそこに映る少年が見えた。自分の置かれた状況に思考が追い付くまでたっぷり5分はかかった。


 その間画面に映った少年は一言もしゃべらずに、こちらを気遣うようにじっと眺めていた。美しい少年だった。天使というのが実在するならこのような非現実的な美を体現しているのだろうと思った。彼は俺が落ち着いたの見計らって安心したように声をかけてきた。

「無事契約は成立しました。私は主よりあなたの担当を任されました。眷属神の、そうですね。風を食む者とでも呼んでいただければ」

「私は佐藤大介と申します。よろしくお願いします」

 名乗り返したところでふと気づいて、苦笑した。

「? どうかされましたか」

「いえ、私は契約相手がどんな神か知ることができないどころか、眷属たるあなたの名前さえ知ることができないらしい。一体どれほど強大な存在と契約したのだろうかと思いまして」

 風を食む者は困ったように笑った。

「私は末端の眷属の一柱にすぎませんが、並の神話の主神程度であれば軽くあしらえますからね。それほどの神と契約できたと思っていただければ」

 浮かべた苦笑が深くなるのをこらえきれなかった。

「あらためてどんな試練が待ち受けているのかと思うと現実逃避したくなりますね。自分で選んだ道とはいえ」

 風を食む者が今度は楽しそうに笑った。

「試練が大変であることは自信をもって保証いたします!」

 実に嬉しくない保証だった。

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