第5話 戦う決意

 最寄りのハンター協会の事務所は雑居ビルの5階にあった。

 入口の扉には上位ハンターのにっこり笑ったポスターがあり、写真の上には『明日から君もハンターだ。さあ偉大なる1歩を踏み出そう』と文字が書いてある。


 中に入ると僕と同じぐらいの子供達や高校生が登録の順番を待っている。

 事務員は普通の人だ。

 美男美女というわけではない。

 普通の事務所だね。

 だが、奥の机に所長と書かれたでかい名札が置いてあり、物凄い美女が座ってた。

 きっと元上位ハンターだ。


「坊主、キョロキョロするな。初めてきた場所でお上りさんだと舐められるぞ」

「はい」


 大船おおぶねさんに付いてきてもらった。

 見ると僕と同じぐらいの子供は半数が親を伴っている。

 僕も登録の順番待ちに並んだ。


 たいしたトラブルもなく僕の番になった。

 用紙に必要事項は既に書いてある。

 僕のハンター名はリフォーマーだ。


「ではキルポイント測定機に手を置いて下さい」

「はい」


 キルポイントはいまだにゼロだ。

 でも僕はこのゼロという数字が誇らしい。

 きっとゼロ以外の数字だったら、討伐を思い出して吐いてしまうだろう。


「ゼロです。まだダンジョンには入られてないようでね。ダンジョン講習はどうします?」

「ダンジョン講習ってどんなことをやるんですか?」

「ハンターに付き添ってもらいダンジョンで討伐をします。素材を採取して、キルポイントが入ったら卒業です」


 吐き気が少し感じられた。

 討伐の様子を頭に描いたからだ。


「必ずやらなくちゃいけませんか」

「いいえ。親に付き添ってもらい初討伐を終える子も少なくないですよ」

「じゃあやりません」

「いつでも申し込みはできるので、気が変わったらいつでもどうぞ」


 ICチップの入ったカードを渡された。

 Fランクとある。

 ハンターランクはFから始まってE、D、C、B、Aと続き。

 そして、その上はS、SS、SSSとなっている。


 ハンタークラスを上げるのは簡単だ。

 モンスター素材を買って来て納入すれば良い。

 だが、Cランクぐらいをこの方法で維持するのは、毎年数千万のお金が必要になってくる。

 見栄で上げるのは虚しいことだ。


 大船おおぶねさんがダンジョンキノコの納入書類を提出する。

 僕のハンターランクは10分掛からずEになった。

 でもDは難しいかなと思ったら、大船おおぶねさんが魔石とスライムの体液の納入書類を提出。

 僕のハンターランクはDになった。

 Cは無理だな。

 Dになると量より質が求められるからだ。


 量でなんとか上げられるのはDまで。

 そのDのノルマも僕には難しそうだ。

 EとDを行ったり来たりすることになるのかな。


 ハンター事務所での用事は終わった。

 今日は学校を休んでる。

 その理由が公証人役場に行くためだ。

 大船おおぶねさんの遺産を受け継ぐ。


 公証人役場では、証人と役場の人が揃ってた。

 自己紹介して遺言書の作成に入る。


「第1条、遺言者は、遺言者名義の次の預貯金を、相続人、戸塚とつかつくる、◯年◯月◯日生に相続させる……」


 遺言書の読み聞かせが始まった。

 それが終わり、修正箇所がないということで、署名捺印。

 遺言書が出来上がった。

 大船おおぶねさんの息子ではないけども、息子になったような気がする。


「坊主、ありがとな。これで俺の肩の荷が少し降りた。それで頼みがある。俺が死んだら元妻と息子達に死を報せてくれ。形見を欲しがったら、適当な品物を渡してほしい。まあ、形見なんか欲しがらないと思うがな」

「そんなことないですよ」


 気休めだな。

 僕には大船おおぶねさんと息子さん達の確執がどんなものか知らない。

 きっとかなりこじれているに違いない。

 死ぬ前に会わせてあげたいけど、僕にはどうしたらいいか分からない。


「昼飯に美味い物を食おうぜ」


 商店街に行くと飲食店や居酒屋、色々な食べ物屋がある。

 大船おおぶねさんは居酒屋を見ると何かと戦っているような険しい顔を見せた。

 大船おおぶねさんの手を見ると震えていた。

 手が震えるのは前からあったけど、今日は大きく震えている。

 大船おおぶねさんは立ち止まって何かを言いかけたが、速足になって定食屋に入った。


 定食屋のビールのポスターを大船おおぶねさんは睨んでいる。

 きっと飲みたいんだな。

 でも飲んだら、きっと息子さん達との関係が壊れた昔のことを思い出して落ち込むのだろうな。


「カツ丼2つ」

「へいよ」


 隣の席のサラリーマンが美味そうにビールを飲んでいる。

 大船おおぶねさん顔をそむけた。

 大船おおぶねさんは戦っているんだな。

 なんとなく他人から見たら泥臭くてしょうもないその戦いが、僕には格好良く映った。

 大船おおぶねさん負けるなと応援したくなる。

 言ったらたぶん生意気言うなと言ってげんこつだろうな。


 僕達はカツ丼をかき込んで、素早く商店街を離れた。


「炙ったダンジョンキノコが食いたい気分だ。ただあれを食うとな……」


 酒が飲みたくなるって言いたいんだな。

 大船おおぶねさんは常に酒の誘惑と戦っている。

 僕は死への恐れと戦ってない。

 いつか戦わなくてはいけない気がする。


 その時は大船おおぶねさんみたいに泥臭く戦おう。

 他人からみて恰好悪くても、たぶん大船おおぶねさんなら分かってくれる。

 それだけで十分だ。


 戦う決意が固まった。

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