十六章 記者会見

「寺崎さんと三浦さんは、まとめて、脅迫されていた」

 広場での犬飼の態度を見れば、あきらかだった。寺崎に新聞をわたせなければ、三浦でも構わないという態度だった。

「内通者を使うとき、もっとも瓦解する可能性が高いのは、なんだと思う?」

「まァ、裏切りだろうな」

「ついで、第三者から気がつかれることだ。裏切りと発覚、この二点を防ぐには、共犯がいちばん、手っ取り早い」

 成海たちは丸ビルを出た。パーキングへと向かった。

「同じ罪を背負っていれば、いっぽうがいっぽうを裏切ることがむずかしくなる。共犯者がそばにいたら、いっぽうの失敗をフォローできるからね」


「紫外線電灯を、三浦が捨てに行った件がまさしく、そうだな?」

「うん。三浦さんは寺崎さんが疑われるわけにはいかないと思っていた。彼が捕まれば、自分まで引っ張られる。だから、すぐに助けに、はいった。証拠品を処分したんだ」

「無関係だったら、無視しているはずだからな」

「必死になって、新聞の秘密を隠そうした。ゆえに、ふたりの強固な共犯関係がわかる。しかし、ここで疑問が出る。どうして、彼らは白い蠍の命令をきいていたのだろうか?」

「たしかにな。研究員なら、給料はよかったはずだ。お金の問題ではないだろう」


「つまり、弱みだ。盗みよりも、恐ろしい犯罪を行っていた過去があった。脅迫されていたんだ。それが……」

「流血の金魚祭りか?」

「まちがいない。比較的、大石さんとかかわりの薄い三浦さんに殺害させることで、両天秤の共犯にした。ふたりを同時に脅迫できる」

「一石二鳥どころじゃないな」藤堂は唸った。「相川会の幹部連中を刑務所おくりにした。混乱にじょうじて、強盗も行った。寺崎という金の鳥まで、手にいれることができた。一石三鳥だ」


 三人はスカイラインにのりこんだ。

 助手席に成海、後部座席に沼田がすわった。

 藤堂はアクセルを踏むと、同時に言った。

「じつは、いままでの捜査で、三浦が過去に、医薬品の密売で疑われていたことがわかったんだ。そこの五ページ目だ」

 成海はファイルをめくった。三浦の調査内容が書かれていた。七年まえである。

「当時は証拠不十分で、有耶無耶になったのだが……」

 沼田が相の手をいれた。

「寺崎も同じだ。補導の過去があった。彼が十台のころだ。年齢の観点から、公式な記録は消えているが、葛西署の警察官が名前をおぼえていた。薬物の売人がいる場所に、しょっちゅう、出入りしていたらしい」

 沼田は成海のもっているファイルに右腕をのばした。ページをめくった。

「頭がよくなる薬と称して、違法薬物が売られていた。成績に悩んで、買っていたらしい」

「学生が薬物に染まりやすい動機のひとつですね。そのとき、白い蠍とかかわった可能性が高いでしょう」

 成海は一読したあとに、漏らした。

「年齢的にも、三浦さんがさきに白い蠍に脅迫されていたはずです。おそらく、お金を要求されていた。その支払いがなくなることを条件に、流血の金魚祭りの悪事に荷担したのかもしれません」

「寺崎が肩代わりになるからだな。じっさい、あの事件以降、寺崎のほうが優先して、脅迫されていた。衛生実習室の目撃もあった。新聞をもち運んでいたのは、寺崎ひとりだった」

 成海は藤堂に顔を向けた。

「真犯人がどうして、流血の金魚祭りの実行犯を突きとめたのか。ぼくには、だんだん、わかってきたよ」

「なに?」

「一年ほどまえから、三浦さんと寺崎さんの共犯関係はこじれはじめていた。そう、気づかれてしまったんだ」

「気づかれた?」

「今岡さんだ。寺崎さんの上司だよ。彼女は多目的研究センターから報告されている欠品の量を怪しんでいた」

「そうか! 一年まえの盗難騒ぎだ」

 多目的研究センターの状況は、一変した。

「ぼくたちがきのう、暗号をブラックライトで浮かびあげたとき、こう書かれていた」


 ――十万円、顕微鏡、住所録のいずれかを要求……。


「とうぜん、いままでのように、顕微鏡を故障品と騙り、盗むことはできない。ほかの部署のチェックが甘くても、いまは目を光らせているかもしれない。住所録だって、そうそう見つかるわけもない。置いてあるとしても事務室だ。そうなると……」

「十万円をゴミ袋にいれて、差し出すしかない」

「そして、だれが十万円を払っていたかと言うと……」

「寺崎だ」

 三浦より立場が低かったのは、わかっていた。

「そうだ。寺崎さんは長いあいだ、十万円を払いつづけていたはずだ。ずっと身銭を切っていた。かたや、三浦さんは共犯者でありながら、上納金は免除されている」

「三浦への不満は、想像できるな」

「流血の金魚祭りから五年、経っている。おぼえている者は、白い蠍のなかでも少ないはずだ。寺崎さんの場合は、呼び出しただけだ。手をくだしたのは三浦さんだ。寺崎さんが言い逃れを考え出しても、おかしくないころになる」

「大石を刺したのが、三浦ならば、さきに足がつくのも三浦だ。寺崎ばかりが不利ではない。……たしかに、こじれるな」

「ふたりの状況をあらわすように、多目的研究センターでは、彼らの口論が数多く、目撃されている」

「加古と秋田がきいていたくらいだからな」

「もしも、流血の金魚祭りの真相を調べるために、寺崎さんの様子を伺っている者がいたとしたら、この一年間は、絶好の機会になった」

「……殺害された大石には、身内がひとりいた。だれかはまだ、わからない。しかし、怪しいな」

 沼田は身をのり出した。

「どうやら、連続殺人事件の背景がわかってきたようだ」

 成海に注目が集まった。確信の籠もった声が紡がれた。


「この動機にかかわる問題は、多目的研究センターの関係者のなかに犯人がいることを示している。天井裏の状況だけじゃない。内部にいる者以外に、聞き耳を立てられないからだ」

「やはり、いままで調べた五人のなかに、犯人がいる。いちばんの問題は、密室殺人とアリバイを崩せていないことだな。……成海は大石の血縁者が、連続殺人事件に、かかわっていると思うか?」

「わからない。木村さんは、血縁者の年齢、性別までは、きいていなかった。五人のうち、だれが血縁者でも、おかしくない」

 成海は顎に手を置いた。

「ふだんから連絡をとっていたのならば、金魚祭りに、寺崎さんと行ったことも話していたのかもしれない。だったら、寺崎さんの働いている場所にもぐりこもうとしても、おかしくない」

「わかった。十分だ。沼田さん」

「ああ。人員を割いてもらおう。大石の育った神奈川県の施設を探れば、手掛かりが見つかるかもしれない」

 沼田は携帯電話をとった。

 私物である。交番勤務の制服警官とことなり、所轄の刑事たちは、私用の携帯電話をふだんから使っていた。むろん、傍受されることのない無線連絡が推奨されているが、仲間内に迅速な連絡がとれることから、厳密に守られているとは言えなかった。スピードがなによりも求められているゆえに、警察のあいだでも、黙認されているのが実情である。

「警視庁の刑事よりも、所轄のほうが動きやすいだろう」

「お願いします」


 沼田が番号を押す直前だった。

 着信音が鳴った。定期報告のようだった。

 電話に出た。話している途中で、沼田の声はおおきくなった。

「すでに出した?」

 不穏なことばがきこえてきた。

「ああ。弁護士の介入があったのか? 遺棄した犯人は、どうしている。逮捕したままなんだな」

 部下と電話しているようだ。

「三日後に再出頭する。わかった。ほかには?」

 成海は漏れてくる声に、耳を研ぎ澄ました。悪い知らせばかりではないようだ。沼田の相槌によって、進捗のほどが伝わってきた。

「そっちはどうだ。ああ。おくってくれ。まったく、なにしているんだ。一応な。記者と対面した場合も考えられる。たのんだぞ」

 電話は切られた。沼田は目尻を押さえた。

「なにか、あったんですか?」

「どう話せばいいか。まず、寺崎の四肢を遺棄した男のことだ。罪を認めたよ。フードをかぶっていた男といえば、わかりやすいか。本名は安藤剛。いっしょに捕まえた連中も、まったく同じ証言をしている」

「いい知らせですね」

 成海は、あえて、前向きな態度を見せた。

「ただ、成海くんの捕まえた桜井は、解放された。もう取調室を出た。昼間の話だ。流血の金魚祭りのころも、そうだったが、白い蠍がからむと、弁護士がしゃしゃり出てくる。こんかいも、弁護士の入れ知恵があったようだ」

 その弁護士も、弱みを握られているにちがいなかった。

「安藤は、自分たちの犯罪行為をすらすらと話している。しかし、桜井はまったくの無関係で、居合わせただけだと言っている。桜井は外にいた。あいつらの証言の後押しになっている」

「桜井のやつ、あらかじめ、口裏を合わせていたな」

「ぼくに、ナイフを向けようしていました。銃刀法違反の罪には問われませんか?」

「桜井は表向きには、土木業をしているらしくてな。枝を切るためのナイフだと答えている。刃渡りも短い。違反はしていない」

 成海のほかに、目撃者はいない。

「ナイフを出そうとした意図はなく、勘違いで、争っている途中に、ポケットから落ちたと嘯いている」

 沼田はおおきな溜め息をついた。

「時間をかければ、証拠があがって、逮捕状も出るだろうが……」

「数日はかかるという見込みなんですね」

「ああ。取り調べは一課ではなく、二課が行った。強引に捕まえても、意味がないと考えたようだ。彼らは、白い蠍の内通者を突きとめたがっていた。しかし、その時間の猶予がない」

 取り調べには時間制限があった。朝方にはじまったのならば、午後には、解放しなければならなかった。桜井はなにもしなくても、自由の身をえられたのである。

「桜井も警察の内規を知っているわけではない。いますぐに、自分の取り調べを終えるかわりに、知っていることを、なんでも答えると言った。交換条件を出してきたんだ」

「警察としては、願ったりですね。ただでさえ、時間はかぎられていた。釈放はしなくてはならない」

「ああ。むろん、桜井の要求を鵜呑みにはしなかった。手練手管に押し引きしたようだ。保険証、顔写真、指紋、現住所、実家、職場、銀行口座、携帯電話、すべて、了承のもと、確認をとった。三日後の再出頭まで、約束させたらしい」

「泳がせるつもりだったのかもしれませんね。桜井さんが指示を出せば、どこの会社に、白い蠍の内通者が潜りこんでいるかわかります。最悪、再出頭を無視しても、逮捕状を出しやすくなるでしょう」

「二課は最初から、逮捕するつもりはなかったわけだ」

 桜井は、さらに、尾行なしを求めた。弁護士だって、控えていた。逮捕していない者のプライバシーを侵すことはできなかった。

 警察にしても、いまの住所のまえを見張ればいいのである。

 二つ返事で、了承した。

「警察側に失うものは、ないですからね。口約束のかわりに、貴重な証言をえられます。表向きな合意を見せるでしょう。それで、桜井さんは、なにを話したのですか?」

「流血の金魚祭りは、やはり、白い蠍の仕業らしい。ただ、桜井は関与していないと言っていた。口をひらくたびに、自分がまったく、無関係であることを強調した」

「認めたら、逮捕になりかねない。とうぜんだな」

「桜井は自分が江戸川区を離れているあいだ、辺見が強行したと言った」

「辺見さんは、五年まえのリーダーの名前ですよね。いま、どうしているんですか?」

「麻薬中毒で死んだそうだ。流血の金魚祭りから半年後だ。盗んだ宝石などを換金し、まとまった金がはいった。根こそぎ、違法薬物に注ぎこんで、心臓突然死だ」

「……どうだかな。死人に口無しだ」藤堂はつづけた。

「リーダーのせいにしておけば、自分にお金がわたっていないことにできる。辺見の死は事実でも、換金で手にいれた金は、隠しもっているかもしれない」


 沼田も同意見だった。大金がなければ、こんかいのような大規模な集団犯罪は、行えなかったはずだからだ。

「まァ、個人的には、当時の未解決事件の全容がわかったことで、少し、溜飲はさがったがな」

 担当刑事だった沼田にとっては、満足できる証言だったようだ。

「あとは数日、待つしかない。桜井が尻尾を見せれば、違法な金も押収できる」

 桜井だけではなく、安藤の証言もとれていた。いままでの推理の裏付けになったらしい。死体の遺棄は、やはり、相川会への報復行為だったのである。

「ゴミ袋にあった、ばらばら死体は、廃工場で見つけたらしい。安藤が話した。あちこちから集めたゴミ袋のなかにあった。いったいだれで、どこから来たのかは、見当もつかなかった。しかし、白い蠍のタトゥーだけ、確認できた」


 成海の推理に齟齬はなかった。

 かえしだと判断し、相川会の縄張りに、運ぶことにしたのである。

 安藤の口からは、正確な時間があかされていた。

「安藤は午前十時、葛西駅のモニュメントの羽に、右腕をむすんだ。駅前でいちばん、目立つ場所だったから、そこを選んだらしい」

 しかし、結び目がゆるく、羽から外れてしまった。彼はそのときには、逃げていた。町外れにとめたヴェルファイアにのり、廃工場へとかえった。


「つぎに午後三時三十分、銅像のうえに左脚を置いた」

 左近川親水緑道である。手のひらを向けている女性の銅像があった。

「夕方四時十分、教習所ちかくに、左腕を立てかけた」

 神社の鳥居のまえだ。通行人の目にとまりやすい場所だった。

「しかし、通り沿いで、巡回の警察官に見つかってしまった。安藤は仲間と相談し、時間をあけることにしたらしい」

 つぎの日の深夜が最後だ。

 小松川インターチェンジのしたに、右脚を置こうとした。

 しかし、成海に見つかり、アジトの廃工場まで辿られたのである。


「監視カメラの映像とも一致している。虚偽はないだろう」

「廃工場にあった三つは、やはり、区外に置くつもりで?」

「ああ」

「ほかのゴミ袋はどうして、のこしていたんですか?」

「白い蠍の連中にも、常識はあったらしくてな」

 沼田は人差し指を車内の床に向けた。

 二回、ゆらした。廃工場の棚のしたをあらわしていた。

「殺人事件と特殊詐欺は、べつに考えていたらしい。臓器のはいったゴミ袋は、なんらかの形で、警察に押収させるつもりだったと答えている。人骨ではない。捨てるのは、簡単だったと思うが、証拠品はのこすべきだと判断したようだ」

「白い蠍は、相川会がやったと思っていたでしょうし、自分たちがやっていないことを、突きとめてもらいたかったはずです。臓器を出して、相川会の縄張りに置いたところで、気づかれないでしょう。それで、棚のしたにひとまず、置いていたのでしょう」

 沼田は部下からの報告をすべて、伝え終わったらしい。

「ああ、そうだ」

 ふたたび、携帯電話を出した。

「記者会見の動画をおくってもらったんだ。葛西署の署長が矢面に立っている。立場的に、見ておかないとな」

「放送されていたんですか?」

「ああ。もう、トップニュースになっているはずだ。さいきんは、オンラインでも見られる。江戸川区の住民には、周知の事実になったと言っていいだろう」

 

 沼田は動画を再生した。

「四肢を遺棄していた安藤は、葛西署の留置場にいる。タイミングとしては、ぎりぎりだったな」

 運転席のホルダーに置いた。

 成海は画面を凝視した。長テーブルのうしろに、三人、すわっていた。中央にいるのが、署長にちがいなかった。ひとりだけ、スポットライトを浴びていた。白髪の短髪に、丸眼鏡、ネクタイを固く締めていた。

 記者の質問がはじまった。


 ――署長に伺います。最初に、死体の一部が発見されたのは、二日まえということですが、どうして、すぐに公表しなかったのでしょうか?

「犯人を警戒させないためでした。犯人が遺棄したのは右腕だけでしたが、五時間後に、同一人物の左脚、左腕と、つづけざまに遺棄されました。身体の部位は、まだのこっています。そこで、犯人のつぎの行動を待ち、身柄を確保することにしたのです」


 ――すべて、同一人物の身体ということですが、被害者の身元はわかっているのでしょうか?

「はい。確認はとれています。非常に衝撃の多い事件です。遺族へ配慮を考えなくてはなりません。実名は控えさせていただきます。みなさまにも、ご配慮のほうを、お願いします」


 ――犯人を警戒させないことが目的だとおっしゃいました。その成果はあったのでしょうか?

「きのうの夜中、パトロールカーが逃走車両を追いかけていたという目撃情報を、ご存じだと思います。この件は、連続遺棄事件にかかわるものでした。遺棄している現場が発見され、通報を受けて、犯人を追ったものです。パトロールの成果と言えるでしょう」


 ――犯人はすでに逮捕されたということですか?

「はい。葛西署に連行されました。白い蠍と呼ばれている犯罪集団に所属している男でした。自白もしています。こちらは、ちかいうちに、発表できると思います」


 ――われわれの調べでは、右腕、左脚、左腕の発見が目撃されています。四肢の一部です。もしも、発見されていない部位があれば、区内に遺棄されたままだと思うでしょう。住民の安心のためにも、回収された遺体のすべての部位をお教えください。

「きのうの夜中、最後の四肢である右脚を回収しています。そして、犯人が根城にしていた廃工場に踏みこんだ際、ゴミ袋にはいっていた頭部、胸部、臀部、三つを回収しました。遺体はすべて、そろったと言えるでしょう。二度と、町中で見つかることはありません」


 ――現場には、警察官以外の市民が協力していたそうですね。警察四一の作者だという証言もありました。あらゆる事件を解決している、現代の名探偵です。この証言は事実でしょうか?

「警察の捜査は市民の協力で、成り立っています。個人の名前は出せませんが、友好的な関係を築いている者がいるのは、たしかです。決裁権者であるわたしが、その人物のあらゆる行動を許可しています」


 ――遺体を遺棄した犯人は逮捕済みのようですが、殺害をも認めているという理解で、よろしいでしょうか?

「被害者がだれに殺されたのかという件も含めて、いまだ、捜査中です。殺人事件の発覚から、三日しか経過していません。都度、進展していますが、すべての謎は、今後の捜査によって、あきらかになるでしょう。しばし、お待ちください」


 ――江戸川区内には、100以上の小中学校があります。下校の時刻、歩道に遺体の一部が落ちていたことで、子どものいる家庭に動揺が走っています。子どもたちの精神的なケアは、どのように、お考えでしょうか?

「このたびは、非常に凶悪な事件に見舞われました。児童の不安はとうぜん、考えられます。われわれは市民の安全のために、署内の警察官を総動員し、三日間の見守り活動を決定しました。各学校に集団登校、集団下校をお願いしており……」


 動画の再生は停止した。

 まだ、質疑応答はあったが、録画は終わっていた。殺人事件の話題を離れたからにちがいなかった。

 記者会見は、午後一時ごろに、はじまったらしい。


「だれでも、午後には、現在の状況を知ることができた」

 成海は、どこか、引っかかりをおぼえていた。

 胸中に、言い知れない不安が生まれていた。

 自然と呼吸はあらくなった。


「一般市民にも、遺体の遺棄と警察の回収は、周知の事実になった。犯人にも同じことが言える。自分の捨てたゴミ袋をひろった者がいたことを、いま、はじめて、知ったはずだ」

 そもそも、なぜ、犯人は寺崎の身体を、ばらばらにしたのか。

 あたりまえの前提が、埋められていなかった。隙間を認識しても、正体はつかめていなかった。

 成海の不安は恐怖となって、胸中を圧迫していた。

 はげしい焦りは、青ざめた顔色にあらわれていた。


「記者会見のなかで、意図的に言及を避けた話題は多かった。捜査上の機密が含まれている。とうぜんだ」

 署長は、四肢を遺棄した犯人と寺崎を殺害した犯人は、べつだと明言しなかった。まだ、真犯人が捕まっていないと伝われば、市民に混乱を招いてしまうからだ。

「ほかにも、署長の伝えていないことで、ぼくらの知っていることがあった。それが引っかかっているんだ。いった、なにがあった?」


 ……考えろ。巡らせるんだ。もっと、ならび立てるんだ。

 一瞬、息がとまった。思いあたった。


「そうだ! ゴミ袋だ。内容物の一部が省かれているんだ!」

 膝を打った。

「たしかに、記者たちに伝えなくてもいい情報だ。でも、待てよ」

 さらに、犯人の考えることを先読みした。

 セントラルスケジュールの出番だった。つらつらと書きこんだ。


「――犯人は寺崎さんの身体を野外に放置した。時間を置いたあと、ばらばらにした。分解しなくてはならない理由に、あとから思いあたったからだ。しかし、ぼくの見たところ、寺崎さんの遺体に犯人を示す証拠はなかった……」


 各部位が脳裏に浮かんだ。

 やはり、なかった。


「……ほかに調べていないのは、べつのゴミ袋の中身になる。犯人が記者会見を見て、言及されていないゴミ袋を、未回収だと判断すれば、いったい、どうする? 証拠隠滅に動くにちがいない」

 焦りの正体がわかった。

 犯人が動くかもしれないのだ。悪意をもった行動だ。

「最悪の可能性が考えられる」

 藤堂と沼田は、成海に声をかけていた。

「しかし、白い蠍の拠点の場所は、犯人にわからないはずだ」


 集中のあまり、成海の耳に、はいっていなかった。

「ぼくの杞憂だ」

 ようやく、平静にもどった。


「これ以上、あたらしい殺人事件の起きようがない」

 成海はふたりの顔を見た。

「だいじょうぶだ」

 晴れ晴れと言った。

「そう、犯人が証拠隠滅しようにも、突きとめようがないんだ」

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