第32話 ヒューマンコロシアム
異世界『マリオネット・サーカス』に迷い込んで六日目、いよいよ『キシンサイ』当日となった。
俺は緊張した様子のマキナとともに『キシンサイ』とやらが執り行われる巨大な施設へと入っていく。
「なんというか、古めかしい場所だな」
率直な感想が思わず口から漏れていた。機械仕掛けでどちらかと言えば未来的だった街とは違い、自分たちが訪れた場所は古代建築を思わせる作りとなっていたからだ。
「ココハ、イチマンネンモムカシニタテラレタソウデスカラ。ソノトキカラ『キシンサイ』ハツヅイテイマス」
淡々と、緊張した声でマキナが解説してくれる。1万年以上前の建物が当然のように残っているのもすごいな。
「当時からって、その時の文明が今も続いているってことか?」
「ソウイウコトニナリマスネ。ソノコロカラ、ワタシタチト『ニンゲン』ハキョウセイシテキタノデス」
共生、って言ったんだろうな。俺たちの世界にとっての人間と犬の関係に近いのかもしれないけど、立場が逆だとどこか空恐ろしい気がするのは人間の身勝手な感想だろうか。
「それで『キシンサイ』は年に1回だから1万回も続いているんだろ? そのたびにどんな願いも叶えてきたのか?」
俺にとっての重要事項を確認する。元の世界、小鳥遊龍弥の世界であろうとアルシュ・ドラグニカ・クラウンの世界であろうと、とにかく元の場所に戻る。それが達成できなければリリムの命を危険にさらすことになるんだから。
「ネガイガ、カナウ? アア、ソウデシタネ。コンカイノ『キシンサイ』ニユウショウシタノナラ、
「今回の? 今までの『キシンサイ』は違ったのか?」
「コンカイノ『キシンサイ』ガトクベツナノデス。ムシロ、コノサイゴノ『キシンサイ』ノタメニ、イママデノ『キシンサイ』ハアッタノデス」
吶々と、真剣な表情でマキナは語る。文字通り、今回の『キシンサイ』は彼女たちにとっても特別なんだろう。そんな祭りに個人的な事情で参加して申し訳ないが、それでも自分は勝ち残らないといけない。
ルールはマキナから聞いて概ね把握している。
ヒューマントレーナーが1対1で対決するトーナメント大会、トレーナーは3体までの『人間』を繰り出すことができる。
前回の優勝者であるティタノはシード参加であり、初参加のマキナと当たるのは最後の決勝だ。
「ヨバレマシタ、イキマショウ『マスター』」
マキナに手を引かれ、1回戦の会場へと連れて行かれる。
「っていうか、コレって」
入場と同時に鳴り響く歓声。周囲が観客席となっている円形の闘技場、まさに古代ギリシャのコロシアムといった感じだった。
「ココガ『ヒューマンコロシアム』。『ヒューマントレーナー』ガ、オタガイノ『ニンゲン』デキソイアウ、ネンニイチドノハレブタイデス」
マキナの声が緊張で震えている。だが、俺は別のモノに気を取られてしまった。
「ん? アレ、は……」
コロシアムの観客席中央、舞台を象徴するように具えられた像にどこか既視感を覚えた。
大きく口を開いた、威容ある機械仕掛けの竜。俺は……いいや違う、私はそれを毎日のように鏡で見ていたはずだ。
自身の胸に刻まれた
「なんで、この世界にコレが?」
疑問を感じたのもつかの間、会場のマイクを通して金切り声が聞こえてきた。
「Hyoooooo!! ミナサンご機嫌カーイ!? IYOIYO始まったZE、お待ちかねの『キシンサイ』ダ~」
ノリノリのラップ調で司会席らしき場所から全身機械が剥き出しになったヤツが叫んでいた。
「随分なノリだな。『キシンサイ』ってのはもっと神聖なモノだと思ってたが。アイツもマシーナリなのか?」
隣のマキナに聞く。
「モチロン『キシンサイ』ハ、シンセイナモノデスヨ。デスガ『オマツリ』デモアルノデ、マイトシアンナカンジデス。チナミニ、カレハ『ハワード』トイイマス。『マシーナリ』ニアコガレタ『オートマタ』。ゼンシンヲ『マシーナリ』ノハイキブヒンデカタメタ、ニンキシカイシャデス」
「……いろんな奴がいるんだな」
こんな機械と人形の世界にも差別や憧れなんてモノはあるらしい。だけど、その結果人気者として受け入れられているあたり、自分のたちの世界よりも進んでいるのかもしれないな。わからんけど。
「ソレジャアお待ちカネの1回戦DA!! 1回戦敗退常連ノ『マリオネット』オピノキと、今回初参戦ノ『マリオネット』マキナとの対決ダ!! ウ~ン、低レベルな争いが予想されるZE!!」
司会者の失礼な紹介に合わせて俺たちは舞台の中央へと進み出る。反対側からも対戦者が現れた。
「マキナ。マサか、キミがサンカするナンテね。サイゴの、キシンサイなんだ。ボクが、かたせてモラウ、よ」
対峙するのは木製の身体をしたマリオネット。中空から複数の糸が彼に伸びて彼を動かしている。
「オピノキ、ワタシハズット『ヒューマントレーナー』ニアコガレテイマシタカラ。イツモカテナクテモ、アキラメルコトノナイアナタノスガタニ、ハゲマサレテキマシタ。デスガ、ワタシダッテマケルワケニハイカナイノデス。オネガイシマス『マスター』」
マキナの合図とともに俺は前に出る。
「ぼ、『ボール』にも、いれないなんて、ショシンシャ、まるだしだね。いく、よ、『マスター』!」
俺の前にサッカーボール大の大き目の球体が転がり、それが止まると同時にボールが割れて光り輝き、中から
「は~、またバトル? オピノキも全然指示が上手くならないのに、ヒューマンバトルだけは好きだよね。ま、いいけどさ」
気だるげに現れたのは痛んだ長髪を後ろで雑にまとめた男だった。手には剣と盾、身体は細身だけど良く引き締まって腹筋も薄く割れている。
「う、うるさい、な。それでも、ボクはおまえたちが、スキだし、かちたいんだ」
「……ま、いいけど。今回が最後の『キシンサイ』だっけ? 決勝までは無理だけど、ま、一度くらいは勝たせてやらないとな」
めんどくさそうにしながらも、男は俺と向き合う。気だるげな表情の中で、その瞳にだけは確かな勝利への決意が込められていた。
いい関係だ、と思った。
これまで積み上げられた時間がそこにあったのだろう、と感じた。
だけど、俺は負けない。
負けるわけにはいかないからだ。
「アストラルギフト、全起動」
俺は俺の全霊をもって、この『キシンサイ』を蹂躙する。
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