第31話 人形と機械の世界
俺はマキナにお願いしてマリオネット・サーカスの世界を案内してもらうことにした。
少なくとも現時点で元の世界に帰る手段がない以上、情報収集だけでもしておかないといけない。
「すごい、本当に機械と人形だらけなんだな」
マキナに都市の本通りまで連れてきてもらうと、そこでは多くの人形たちが行き交っていた。
彼女の説明によると、マキナのように球体関節かつ外部から見えない糸で駆動しているモノたちを『マリオネット』、外見はほとんど人間と変わらず内部動力機構を持つモノを『オートマタ』、逆に人間的な構造を一切持たず異形な機械生命として成立しているモノたちを『マシーナリ』と言うらしい。
「ワタシハチョット『マシーナリ』ガ、ニガテデス。イツモワタシタチ『マリオネット』ヲ、バカニシテキマスカラ」
少しだけ拗ねた様子のマキナが印象的だった。姿かたちが違えば、彼女たちの世界でも差別やいじめがあるのかもしれない。
「マキナもそんなこと思ったりするんだな。俺はどちらかと言えば、マキナたちマリオネットの方が親しみやすいよ」
歩きながら彼女にフォローを入れる。
「エ、ホントウデスカッ!? スゴク、ウレシイデス!」
今の言葉がよほど嬉しかったのか、マキナは俺の両手を掴んで嬉しそうに上下にブンブンと振る。
「お、おいおい。そんなに喜ばなくてもいいだろ?」
「ソンナコトアリマセン。ミトメテモラエルコト、ミトメアウコトガデキルコトハトテモスバラシイコトデス。アノ、ヨロシケレバ『マスター』トヨンデモイイデスカ?」
マキナは掴んでいた俺の手を離して、少しだけ恥ずかしそうに目をそらした。
「俺は別に構わないけど。どっちかと言えばマスターはマキナの方だろ?」
彼女がヒューマントレーナーだというなら、感覚的にはそっちの方がしっくりくる。
「ソウナノデスカ? トレーナーノカタタチハ、ミナサン『ニンゲン』ノコトヲ『マスター』トヨンデイルノデ」
なるほど、その辺は異世界における常識の違いなんだろう。異文化と向き合っている以上、こちらが相手の世界の常識に合わせるしかない。
「まあよくわからないけどマキナの好きに呼んでくれ。それより、少しお腹が空いてきたかもしれない。食事を摂ることのできる場所ってあるのか?」
予定外の世界に訪れた緊張が少し和らいで空腹を感じてきたのもあるけど、この世界において人間が食事できる場所や食べ物があるかの確認は早い段階でしておかないと。
「ショクジ、デスカ? アア、ソウデシタ『ニンゲン』ハ『フード』ガナケレバシンデシマウノデシタ。アレダケベンキョウシタノニ、ワタシハマダマダデス」
人間が食事をすることを失念していたのがよほど悔しかったのか、マキナがうなだれている。
「そんなにおちこまなくったっていいだろ」
「オチコミモシマス。『トレーナー』ニアコガレテオキナガラ、ワタシハマダナニモアナタノコトヲシラナイノデスカラ。ココカラ、スコシアルイタトコロニ『ヒューマンショップ』ガアルノデスガ、ソコニ『ヒューマンカフェ』モヘイセツサレテイルノデ、ソコニイキマショウ』
マキナは落ち込んだ様子で道を進んでいく。正直『ヒューマンショップ』とか『ヒューマンカフェ』とやらの響きは不穏過ぎるが、俺の世界でいうペットショップとか猫カフェみたいな感覚なんだろうか。
「……ウウ、マイニチナガメテイタノニ、『ニンゲン』ノ『フード』ノコトヲワスレルナンテ」
ブツブツとマキナはまだ落ち込んでいる。
「初めてのことに失敗はつきものだしそこまで気にするなよ。それに、その口ぶりだとマキナたちは食事がいらないのか?」
「ハイ、ワタシタチハソレゾレニコトナル『エイキュウキカン』ヲモッテイマスカラ」
とんでもない答えが返ってきた。永久機関、自分が知る世界の常識、小鳥遊龍弥の世界でもアルシュ・ドラグニカ・クラウンの世界でも実現不可能とされているソレが当たり前に存在するのか?
しかも個体ごとに別のカタチで。それはとんでもない文明技術の差じゃないか。
「マキナたちって、すごいんだな」
「スゴクナイデスヨ。『エイキュウキカン』トイッテモ、テイキテキナ『メンテナンス』ハヒツヨウデスシ、ソレガデキナクナッタトキガワタシタチノ『ジュミョウ』デス」
なるほど、だとするとそのメンテナンスがマキナたちにとっての食事に該当するのかもしれない。
「モウウゴケナクナッタソノトキハ、『オタキアゲ』ヲシテモラウノデス」
お焚き上げ? この世界でも供養的な儀式をするんだろうか?
それかもしくはこの世界にとっての葬儀的なモノなのかもしれない。
「ソレヨリワタシハ、アナタタチ『ニンゲン』ノホウガスゴイトオモイマス。ワタシタチハ、デキルコトヲシテイルダケ。ナノニアナタタチハ、デキナイコトニテヲノバス。ソレハ、トテモスゴイコトデス」
マキナの語り口にウソはない。彼女はどこか尊敬するように俺を見つめていた。
さすがに恐れ多くて面映ゆい。完璧な永久機関を備えた彼女を前に、こっちは実に不完全でチグハグな生き物だからだ。
「できないことに手を伸ばした結果自滅するのも人間だよ、マキナ。自分にできることをする、ただそれだけのことが俺たちにとってはとても難しいことなんだ」
自分に出来ないことに手を伸ばす。自分に出来ることをやろうとしない。この二つのことが社会をより複雑に、かつ多くの無駄を生み出してしまっている。本当、永久機関にはほど遠い。
「ママナラヌ、モノデスネ。キットソノ『ムダ』ガ、セカイヲヨリ『オオキク』『ヒロク』シテイルノダトオモウノデス。ダカラ、ソノ『ムダ』ヲナクシタワタシタチハ……」
何か言いかけてマキナの言葉が止まる。彼女の視線は道の先に現れた存在に注がれていた。
「ヨウ、マキナ。魔力糸仕掛ケノ『マリオネット』如キガ堂々ト道ノ真ン中ヲ歩イテンジャネーヨ。テメエノ古臭イ名前ゴト、スクラップニシテヤロウカ? ガッハッハ」
粗野な言葉を吐きながら俺たちの前に現れたのは『異形』と呼ぶしかない巨大な存在だった。数多くの機械の集合体、それが一部の隙もなく緻密に噛み合って生き物のように駆動している。
「……ティタノ、アナタデスカ。マスター、カレガ『マシーナリ』デス。イツモ『マリオネット』ヲミクダシテクルノデス。カカワリアイニナラナイホウガイイデス、イキマショウ」
マキナは俺の手を引いてマシーナリ、ティタノとやらの横を抜けようとする。しかし、
「オイオイ、無視スルコトハネエダロマキナ。ツイ本当ノコトヲ言ッタダケジャネエカ。古イモノ、使ワナクナッタモノヲ捨テルノハ当タリ前ノコトダ。古臭イ永久機関ヲ後生大事ニシテル『マリオネット』ノ時代ハ終ワッタンダ。常ニ最新ノ俺タチ『マシーナリ』ガ最高ダッテコトガ何故ワカラネエ?」
ティタノは機械仕掛けの腕を大仰かつ滑らかに動かしながら熱弁する。
「マキナモ俺ト同ジニナレヨ。今ナラサービスデテメエノ手足ヲ機械化シテヤッタッテイインダゼ」
「おい、さっきから黙って聞いてればなんだお前は。他人の在り方をとやかく指図できるほどお前が偉いのか?」
やめておけばいいものを、俺はついマキナの前に進み出てマシーナリ、ティタノと向き合っていた。
小鳥遊龍弥である自身とアルシュ・ドラグニカ・クラウンである自身が胸の内でお互いにこの愚行を自嘲し合う。「だって、
「ナンダオ前ハ。マキナガ知ラネエ『オートマタ』トツルミハジメタノカト思エバ、コイツハ『人間』ジャネエカ。ドウシタマキナ、コンナ物ドコデ拾ッタンダ?」
ティタノは面白おかしそうに俺の後ろにいるマキナを覗き込む。どうやらこのマシーナリにとって人間である俺は眼中にない存在らしい。
「ヒロッタ、ノデハアリマセン。カレハ、キカンゲンテイデワタシノ『マスター』ニナッテクレタノデス。ワタシハ、サイゴノ『キシンサイ』ニ、コノヒトトイッショニデマス」
マキナは俺の手を掴んで、堂々とティタノに宣言した。恐怖を抑え込む彼女の手が、少し震えている。
「ハ? 『マスター』ダト? コンナヒョロッチイ『ゴミ』ガ、マキナノ『マスター』?」
ビキッと、目の前のティタノからどこか歯車が軋む音が聞こえた。
彼のどこが目なんだかわからない視覚センサーが、俺を敵として認識したのが直感的に理解できた。
「『ボール』ニモ入レズニ野放シニシテオキナガラ『マスター』トハ笑ワセルジャネエカ。マキナガ言ッテイタ『ヒューマントレーナー』ニナルッテ夢ガ本気ダトハ思ワナカッタゼ。ダガ弱小『マスター』ヲ手ニ入レ夢ガ叶ッタトコロデ、ソレニ何ノ意味ガアル? 所詮イツカハ誰カニ潰サレ、自分デゴミ箱ニ捨テル未来ヲドウシテ想像デキネエ」
ティタノが機械の巨大な足を俺たちの目前に踏みだして土煙があがる。マキナにとって大切な夢も、簡単に踏みつぶすことができる、そう言いたいのか。
だけどマキナはティタノにひるむことなく彼を見上げる。
「ワタシハ『ユメ』ニ『イミ』ヲモトメマセン。ノゾンダコト、タダソレダケデジュウブンナ『カチ』ガアルカラデス。デスガ、ワタシノ『ユメ』ハ『マスター』ガ、コノセカイニキテクレタコトデカナッタ」
彼女の翡翠色の瞳が俺に振り向く。
「ノゾムダケデヨカッタ『ユメ』ヲ『マスター』ガカタチニシテクレタ。ダカラ、コンドハワタシガ『マスター』ノノゾミヲカナエルンデス。サイゴノ『キシンサイ』、ワタシノ『マスター』ヲ『ショウリ』サセテミセマス」
「ク、クハハハハハハッ。何ヲホザクカト思エバ、『キシンサイ』デ勝ツダト? ナンダヨマキナ、オ前ガナリタカッタノハ『ヒューマントレーナー』ジャナクテ『エンターテイナー』ダッタンジャネエカ。ダトシタラ間違イナク、オ前ガナンバーワンダヨ」
ティタノは大きく身をよじりながら笑い転げている。マキナはそんな彼を睨むように黙って見つめていた。だけどあいにく、俺はここまで言われて黙っておけるほど大人じゃない。
「笑って馬鹿にできるのも今の内だこの機械野郎! 俺と彼女で『キシンサイ』ってのを勝ち上がる。その時になって吠え面をかくのはお前の方だっ」
胸に湧いた苛立ちの感情をそのまま言葉にしてヤツにぶつける。すると、さっきまで笑い転げていたティタノがピタッと静止し、彼の瞳であろう場所が赤い眼光を放つ。
「雑魚ヒューマン如キガヨク吼エタモンダ。最後ノ『キシンサイ』、俺ニトッチャドウデモイイシ、参加シナクテモヨカッタガ。…………決メタゼマキナ。俺モ出テヤルヨ」
「─────ティタノ、」
マキナが息を飲んだのが俺にも伝わる。
「ソウダヨ、『マリオネット』ハ、ソノ引キ攣ッタ顔ヲシテルノガオ似合イダ。セイゼイソイツノ首デモ洗ッテヤレヨ。マアドウセ、身体ゴト叩キ潰スカラ関係ナインダケドナ。ガッハッハ」
隠しもしない殺気を撒き散らしながら、大きな機械音を響かせてティタノはどこかへと去って行った。マキナは、まだ震えている。
「大丈夫か、マキナ? あいつはもう行ったぞ」
「イエ、チガイマス、ソウデハナイノデス。スミマセン『マスター』、ワタシハヨケイナコトヲイッテ、ティタノヲ『キシンサイ』ニ、ヒキダシテシマイマシタ」
「そんなに気にするなよ。アイツを焚き付けたのは俺も一緒だ。大丈夫だって、俺はあんなのに簡単に負けたりしないから」
誰が相手だろうと負けられないんだ、誰が出てくるかは関係ない。
「デスガ『マスター』、ティタノハ『キシンサイ』ヲ、ヒャクネンレンゾク『ユウショウ』シテイル、サイキョウノ『ヒューマントレーナー』ナンデスヨ?」
「…………」
後になって、つくづく反省した。何かを決める前に、人の話はよく聞いておこうと。
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