第22話 エル・キングダム
ある王国の話をしよう。
その世界の名前はエル・キングダム。当時、そこは数多の国が覇を競い合う群雄割拠の時代だった。
そんな数ある小国のひとつ、クラウン王国は大きな問題を抱えていた。
世継ぎがいなかったのだ。
この時代、跡継ぎのいない国は真っ先に狙われた。政治的にも軍事的にも食い物にされて飲み込まれることがたびたび起きており、クラウン王国もこのままでは同じような末路を辿ることが目に見えていた。
国王夫婦は仲睦まじかったが、自分たちに子供がいないことで国が乱れることを恐れて一心に神へと祈りを捧げ続けた。
1年、2年、3年と毎朝毎晩祈り続け、それでも何も得られることのないまま5年の月日が過ぎていった。
国王夫婦もいよいよ自分たちに子宝は恵まれぬだろうと諦めかけていた時、彼らの祈りに天啓が告げられる。
『子供が、欲しいのですね。望まぬ形かもしれませんが、あなた達にひとつの命をお預けします。明日の朝、小川で身を清めると良いでしょう』
この声を聞いた国王夫婦は目を見合わせて驚き、そして喜んだ。
2人は翌朝、王家の聖域とされる小川へ赴き身体を清めた。すると上流の方からゆったり静かに何かが流れてくる。それは揺り籠だった。
国王夫婦は驚きながらも揺り籠をのぞき込むと、なんとそこには元気そうな赤子が柔らかい布に包まれていたのだ。
2人は『神が自分たちに子供を与えてくれた』と大いに喜び、彼らと同じ金の髪と蒼い瞳、そして胸に
アルシュ・ドラグニカ・クラウン。それが運命の赤子に与えられた名前だった。
アルシュは健やかに成長していく。
大病にもかからず、言葉も早く覚え、素直で何に対しても興味を持ってその飲み込みも良かった。
彼はすでに4歳にして大人と物怖じせずに話せるほどに王族としての風格を持っていた。
その姿を見て誰もがクラウン王国の未来が安泰したと喜ぶ。
だが、国王夫婦の顔には少しの憂いがあった。
王妃のお腹が少しだけ膨れている。彼女は妊娠をしたのだ。
かつてあれだけ望んだ自分たちの実子が、彼らにとってこの上ない不安材料となる。
夫婦はアルシュに対して真の愛情を注ぎ続けた。だからこそ自分らの本当の血を引き継ぐ子供が産まれた時にアルシュがどういう立場になるのかが不安で仕方なかった。
アルシュが彼らの実子でないことは国中の誰もが知っている。生まれてくる子が男児だった場合、いや女児だったとしても、その子こそが正統な王位継承者だと持ち上げてくる者が出てくるかもしれない。
もしかすれば、自分たちですらそう思ってしまうかもしれないことが2人にとっての恐怖だった。
しかし時は無情にも流れ過ぎていき、アルシュが5歳になった翌月に王妃は初めての出産を無事成し遂げた。
産まれた赤子に与えられた名はリリム・リア・クラウン。まだ生えそろわない金の髪と、美しい蒼い瞳をした女児だった。
アルシュは妹が産まれたことを喜び、毎日のようにリリムのいる揺り籠へ彼女の顔をのぞきに通っていた。その赤子が自分自身の立場を危ぶませてしまう存在であるとも知らずに。
そんな子供たちを眺めながら国王夫妻はある名案を思い付く。
翌日、クラウン王家はアルシュ・ドラグニカ・クラウンとリリム・リア・クラウンの婚約を発表した。
2人が婚姻関係にあれば政的に敵対することもなく、クラウン王家としても正しい血統が受け継がれていく。何度も悩み続けた中で、彼らにとってはこれがベストな選択だった。
こうしてアルシュとリリムは兄妹でありながらもお互いを将来の結婚相手としてすくすくと成長していった。
アルシュとリリムの二人は血の繋がった兄妹以上に仲良く、アルシュは妹を何よりも眩しい世界の宝のように大切にし、リリムも兄を誰よりも誇らしく尊敬していた。
国王夫妻の計算違いは、そんな妹を守るために騎士としての訓練をアルシュが申し出たことだった。王族の男児が恥にならぬ程度に騎士の手習いを行なうのは元々しきたりとして存在したが、アルシュが望んだのは真に戦う者としての訓練だった。
妹を守る、その一心で10歳の少年が口にした決意を国王たちは退けることができなかった。
アルシュは王族としての教育も受けながら、同時に騎士としての厳しい訓練もこなしていく。
はじめは凡庸と思われた才覚も、真面目で自身に厳しい性格もあいまって、厳しい訓練の中で徐々に研ぎ澄まされていった。時折彼が見せる神がかった動きは、指導に当たった騎士団長すら度肝を抜かされるほどだった。
時が経ち、アルシュが15歳になるころには彼は一つの師団を任されるほどの実力を手にする。
だがそこで、国王夫婦にとって最大の誤算が生じた。
王女リリム・リア・クラウンが『
『
このことによりクラウン王国は多数の国からの侵略対象となり、リリム本人を誘拐する試みも幾度となく仕掛けられることになった。
突如窮地に立たされたクラウン王家、それを救ったのは誰であろうアルシュだった。
彼は常に戦いの最前線に立ち続け、鬼神のごとき活躍で何度も他国からの侵略者を撃退した。
また妹リリムが多数の国を併合した帝国に誘拐された時も、単身で帝国に乗り込み彼女を救い出すという偉業を成した。
クラウン王家に守護竜あり、遠く離れた異国にも届くほどにアルシュ・ドラグニカ・クラウンの名は知れ渡っていく。
救国の英雄、アルシュが18歳になる頃にはクラウン王国で彼を敬わぬ者は誰一人としていないほどになっていた。
だが、それだけの栄誉を受けながら、アルシュはある悩みを抱えていた。
頭痛が、止まないのだ。
戦いのたびに、鬼神のような力を発揮するたびにその痛みは強くなる。
ズキズキと、頭を割りそうな痛みが彼につきまとう。
ついには、戦いとは無縁の時でさえ痛みが増していった。
ズキズキ、ズキズキ。
生活に支障が出るほどの慢性的な頭痛が彼を悩ませた。
しかしある日、その痛みが急に止まる。
彼は久々に爽快な気分で顔を洗い、目の前の大きな鏡に映った自分の姿を見て口にした。
「…………誰だ、こいつ?」
金色の髪に蒼の瞳。その日、小鳥遊龍弥は知らない自分と向き合っていた。
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