第三世界エル・キングダム

第21話 アラサーシスター


 月曜日の朝、ひどい倦怠感とともに目を覚ます。

 どうにかベッドから身体を起こすけれど、そこから立ち上がる気力がわいてこなかった。


「……さすがに、2連続は無茶だったか」

 心当たりはひとつだけ。先日の連休にやったキャンプの疲れが出たんだろう。


 俺は連休の前半に美奈弥と、後半にはフィンリルとのキャンプ計画を立てて実行していた。後で美奈弥にバレたら何か言われるかもしれないが、まったく違う内容のキャンプだから勘弁して欲しいと思う。


 美奈弥とやったのはスタンダードなゆるめのキャンプ。こっちは異世界で何度も野営を繰り返した経験もあり、彼女をリードして大きな失敗もなくこなすことができた。


 問題はフィンリルとの方で、そっちは軽装備で山中を駆け回るっていうキャンプよりもスポーツの側面が強い山頂走破だった。深夜にフィンリルと山の頂から見上げた月光は美しかったけど、一般の高校生にはとてもおすすめできない内容だ。一応自分は特殊な訓練を受けているからこんな馬鹿みたいなことやったけど、遭難なんかしたら周りにとんでもない迷惑がかかるので、きちんとルールとマナーを守ることは大切だと思う。


「ま、異世界に遭難した自分が言えたことじゃないけどな」

 そんな妄言を思い浮かべながら自分で自分にツッコミを入れ始めるあたり、俺もいよいよ調子が悪いらしい。そんなタイミングで部屋のドアがノックされる。


「お兄様~、いらっしゃいますか? そろそろ朝ごはんを食べないと学校に間に合いませんわよ~」

 のんびりとした上品な声に続いてドアノブが回され、先日フィンリルがカギを壊したせいで扉が簡単に開く。


「こらリリム、せめて俺の返事を待ってからドアを開けろよな」

 部屋に入って来たのは長身で豊満な体形をした女性、リリムだった。彼女は相変わらずTシャツにジーパンという、お姫様口調に合わないラフな格好をしている。


「あら、何か困ることでもありましたかお兄様。きちんとノックもしましたし、それでも取り繕えないことがあるのだとしたらお兄様の気が抜けている証拠ですわよ」

 ずいぶんと厳しいことを言ってくれる。だけど彼女の言葉に同意する自分がいるのも確かだ。


「そうだな、少し気を抜いていたかもしれない。反省するよ、リリム」

 自身に気合いを入れ直し、どうにかベッドから足を下ろして身体を起こす。


「それにしても珍しいですわね、お兄様がこんなに油断されているのも」

 リリムは当然のようにベッドの俺の隣に座ってきた。ベッドのスプリングが軋むのに少し遅れて彼女のたわわな胸が揺れる。


「おいリリム、いい加減にその格好はやめないか。正直、目のやり場に困る」


「あら、そうなのですか? だったらなおのこと、この服装を続けないとですわね。だってお兄様、ではそのような反応されることなんてなかったですから」


「……まあ、小鳥と似たり寄ったりの体形だったからな、リリムは」


「もう、失礼ですわ。さすがに小鳥さんよりはグラマラスな身体付きだったと思います」

 リリムはその姿にそぐわない頬を膨らませる仕草で抗議する。


「あのな、そんなこと言ってるとまた小鳥が腹を立てるぞ」


「だって妹の座を譲りたくないんですもの」

 妹、俺とリリムの見た目の年齢差からすれば異様な発言だが、彼女の声は真剣だ。


「たく、妹に色気を求める兄貴なんていたらヤバいだろ。それにお前たちはどっちも、俺の妹だよ」

 リリムの金色の髪を優しくなでる。そう、俺にとってはどちらも本物の妹であることに変わりない。


「それは、嬉しいのですが。わたくしはもうひとつの立場も諦めたつもりはありませんわ」

 彼女は両手を俺の手に重ねて、潤んだ瞳で見つめてくる。

 愛しい面影、重なる記憶─────ひどい、めまいがした。


「───、」

 揺れる視界を片手でどうにか抑え込む。


「っ、すみませんでしたお兄様、本当に調子が悪いのですね」

 少し眩んだ様子の俺を見てリリムが言う。


「少し、な。だけどこのくらいの不調が表に出るのは修練が足りていない証拠だ。先に行っててくれ、すぐに自分もリビングに行く」

 修練、か。そういえばこっちに来てからずっとサボってたな。


「もう、連日女の子をとっかえひっかえして遊んだ罰が当たったのかもしれませんわ。ですがお兄様、今日は体調が優れないようですし学校は休まれた方がよろしいと思います」

 リリムは立ち上がろうとする俺を抱きしめるように制する。

 同時に香る優しい匂い、金髪碧眼の高貴な眼差しが、俺が今どこにいるのかを忘れさせた。


「……すまん、リリム。甘えていいか?」

 つられて、今まで抑えていた自分が顔を出す。


「ええ、もちろんです。わたくしはそのために、ここにいるのですから」

 彼女の手が俺の額に触れる。ひんやりと冷たい。どうやら熱もあるらしい。


「食事でしたらわたくしが持ってきますし、美玖お母様に頼んでお薬も貰ってきますわ。お兄様はゆっくり横になっていてください」

 リリムは俺をベッドに促して立ち上がる。その時ふと思い出したように、


「そういえば、お兄様宛てに何か届いていたのでしたわ」

 彼女は自身の胸の谷間からなにやら封筒を取り出した。


「こら、リリム。自分の身体で遊ぶなって、言っただろ」

 はしたない行いをする彼女をたしなめる。


「ごめんなさいお兄様、この身体がつい楽しくって。……それに、これは他の方に見られないように隠して持ってきた方が良いかと思いまして」

 リリムから渡された封筒を見て、俺は彼女の行動に納得した。


「─────すまない、リリム。本当に気が抜けているな、

 この1週間、郵便物は自分が真っ先に確認していたのに、今日は体調が優れないことで忘れていた。


「───、」

 封筒を丁寧に開け、三つ折りにされた書類に目を通す。一番大事な文言は、黒文字で大きく書かれてあった。


「わかって、いたはずなんだがな」

 封筒も書類も手からこぼれ落ち、自分は腕で視界を覆う。


「大丈夫ですか? お兄様」

 リリムの心配する声が聞こえる。彼女は私が大丈夫ではないと知りながら、それでもそう聞かずにはいられなかったんだろう。


「少し、疲れたみたいだ。休むことにするよ、リリム」

 肉体、精神、そのどちらもが悲鳴をあげていた。ベッドに横たわり、一度全てのスイッチをオフにする。その間際、


「お休みなさい、アルお兄様。わたくしは、あなたをいついつまでもお支えしますわ」

 まるで聖母のように優しい、私の家族の声が聞こえていた。

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