第14話 それでも俺は
夢から、目を覚ます。
遠い記憶を遡った代償に、俺の中の
「目が、覚めた?」
同時に、俺の胸元から女の声が。赤い髪をした女性の、金色の瞳が俺を見つめている。
「まだいたのかアリステア、早く自分の部屋に帰れよ」
「ふふ、気付いてる? 結構最低なこと言ってるわよタツヤ」
「人のベッドに勝手に来ておいて、ふざけたこと言うな。もう野宿生活じゃないんだからくっついてくる必要もないだろ。……おかげであの世界の夢を見るはめになっただろうが」
「あの世界って私の世界のこと? それじゃあ、随分と甘い夢だったわね」
「そんなわけあるか、ずっとお前に引っ掻き回されるだけだったぞ」
「ならやっぱり、私にとっては甘い夢だわ」
何故か嬉しそうに、あの頃と同じようにアリステアは俺の胸元に顔をうずめてきた。
「最後はどうせ、兄様が死ぬところで終わるんでしょ? 甘い夢で、甘い毒。私、毎朝その場面で目を覚ますもの。自分の命を使ってまで呪いをかけるなんて、よっぽど兄さまは私のことが憎かったのね」
口調が、いつものやつに戻らないな。こういう時、アリステアのメンタルはどん底にいる。
「……なんで、こっちに来たんだ?」
少しだけ、話題をずらした。
「私の部屋にいてもつまらないから。アリストスの玉座とこの家をリンクさせてるから政務は滞りなくできるけど、とにかく退屈なの。でも、タツヤが聞いてるのはなんで私がこの世界に来てたのかってことよね」
「ああだって、
「ええ、だから頭に来て戦争ふっかけちゃった。もちろん押さえるところは押さえてだけど」
こいつの場合『抑える』じゃなくて『押さえる』だからな。
「俺もこの世界に帰ってきた時驚いたさ。お前が異世界からの侵略者になってたからな。いや、お前ならいつか本当にやるんだろうなとは思ってたけど、いくらなんでも早すぎだろ」
タイミング的には俺がアリステアと別れて1年後くらいのはずだ。
「おかげでタツヤのいない世界のためにマテリアルギフト持ちと戦うことになったわ。振り返ってみれば、随分と割に合わないことをしたわね」
財善寺との戦いを思い出したのか、アリステアはさらに深く俺の胸に顔をうずめようと顔を押し付けてきた。
「自業自得だろ。……そういえば結局、なんで俺にはマテリアルギフトがなかったんだ?」
「なんでかしら。マテリアルギフトは時の海を生身で渡る際に付与されるものとは聞くけれど、タツヤの場合は肉体じゃなくて精神体の方にギフトが与えられたってことかしら。精神が剥き出しになるほどの臨死体験とかしたことある?」
「そんなこと言われても困るが。そういえば、キャンプで小鳥が川で溺れるのを助けた時に死にかけたな」
子供の時の頃、遠い記憶をどうにか思い出す。
「じゃあそれなのかもね。ちょっとエピソードとしては弱いけど」
「あと他には海で美奈弥が溺れてるのを助けようとした時に溺死しかけて、トラックに引かれそうな子供を助けた時に自分が死にかけて……」」
「……よく生きてるわね」
「あと飛行機の墜落事故の時も絶対死ぬと思ったな。それと……」
「もういいわよ。それだけ死に瀕したなら、あなたの肉体の殻がほつれて精神体が剥き出しになっていてもおかしくないわ。だからタツヤは時の海を渡った時に肉体ではなく精神、強い物質じゃなくて強い概念が付与されたんでしょうね」
「なるほど、そういう理屈になるのか」
「レアケースもレアケースよ。少なくとも私が召喚した者の中にアストラルギフトを持つ者はいなかった」
「……やっぱり、俺の前にも召喚者はいたんだな」
「どうしたの、気になる?」
「そいつらはどうなったんだ?」
「マテリアルギフトを徴収して元の世界に帰したわよ。アリストスに残りたいヤツには忠誠を誓わせて臣下として取り立ててやった者もいるけど」
「そう、だよな。だけど俺があの世界で戦ったやつらの中にマテリアルギフト持ちは一人もいなかった。だからアルステッドは最初からお前に勝とうとしてなかったんじゃないか?」
直に財善寺のマテリアルギフトを目にしたからこそ思う。当時の俺は、とてもあんな力に敵うほどの力はなかった。
「それは、兄様の目的が私を殺すことだけだった場合でしょ。あの人は精神的に私を完全に屈服させたかった。それがダメなら永劫不滅の呪いをかけることでよしとした。私を殺すことじゃなくて、私に勝つことを目的にしてた。だから結局、兄様は私が憎くて憎くて、大嫌いだったのよ」
「……確かに、な。アルステッドはお前のことが憎くて嫌いだっただと思う」
「なにそれ、これって私を慰めてくれる流れじゃなかったの?」
アリステアの恨みがましい瞳が俺を見上げてる。
「そんな優しいこと俺がするかよ。……ただな、それだけじゃなかったんじゃないかって」
「他に、なにがあったっていうの。タツヤに、兄様のことがわかるわけ?」
アリステアは少し挑むような目で俺を見てた。自分に理解できない兄のことが、お前なんかにわかるのかって。
「ああ、なんとなくだけどな。だからアイツはお前を俺のところに送ったんだろ。本当の1人にならないように。少しでも、お前に助かる道が残るように」
「あなたは人の善性を信じすぎよ。私を恨んで当然の異世界の男がいる牢獄に放り込むのは、どう考えたって兄様が私を憎んでる証でしょ。結果論で、人の在り方を決めるのは感心しないわ」
「ま、そりゃそうだけどさ」
自分の中に浮かんだ考えが妄言であることも自覚しながら、それでもと思ってしまった。ただその前に、アリステアの妖艶な声が俺の耳元で響く。
「それよりタツヤわかってる? 私はアリストスに帰れば嫌われ者で、あの世界に生まれてくる子供たちも兄様の残した呪いで必ず私を嫌うわ。……でもねタツヤ、もしもこっちの世界で、アリストスの世界に関係ない人との間に私の子供が生まれれば、その子は呪いにかかることはないわ」
俺の顔の間近で、金色の瞳が懇願するように潤んでいる。
「まあ、そうなるよな」
「そうなったら、あなたが私に勝手に感じてる罪悪感も、どこかに消えてくれるかしら? 私はいいわよ、たとえあなたが……」
「そんなことのために子供が生まれたらかわいそうだろ」
アリステアが続けようとした言葉を遮る。やっぱり、こいつは気付いていたか。
「安心しろ、お前は1人にはならねえよ」
俺までもが彼女を嫌ってしまえば、
だから、だけど、
「俺も、今ならお前の兄貴の気持ちがわかるから」
「??」
アリステアの金色の瞳が、不思議そうに俺を見ていた。頭の回転が早すぎる彼女には、一生わからないことだろう。
「無理して起きてるなよ。今も、眠いんだろ?」
できるだけ優しく、どうしようもない女王の頭を撫でる。すると、
「──え? なんで、わかった、の?」
俺の胸元を枕に、アリステアは眠りに沈んでいった。
彼女の寝付きの良さはアリストスにいた時からずっと変わらないな。
だからつまり、こいつは今もあの世界の人たち全てに嫌われながら、ずっと彼らの幸せを願い続けているんだろう。
「頭がいいのに、バカなやつだよな」
もう一度、アリステアの燃えるような赤い髪をそっと撫でた。
俺は今も、自分の不幸の根源にいるこいつが憎くて、嫌いだ。だけど、それでも目が離すことのできないアリステアのことを、とても、とても────────。
「あんまり眩しいこと、すんなよ」
何度でも言う。俺にとって彼女は『悪』だ。
自身の傲慢を恥じることなく、他人を容赦なく踏みにじり、誰かの痛みに気付いてなお嗤う。
だけど、それでも俺は、そんな彼女を嫌いだとは、どうしても口にすることができなかった。
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