第10話 呪い
廃棄都市ロストダストから俺とアリステアは脱出し、最寄りの転移駅にまでどうにか辿り着いた。
その間に兵士たちと何度か交戦したが、アリステアは後ろで腕組みするばかりで全ての戦いを俺にまかせっきりだった。
「おい、いい加減に教えろよ。俺のアストラルギフトはどういう効果なんだ?」
転移駅を警護していた最後の兵士を倒し、思案顔を崩さないアリステアを問い質す。
「ここまで倒した兵の数が106名、殺害はなし。ステータスの上昇値も一致している。これはやっぱり、そういうことよね」
「だから、1人で納得するなって言ってんだよっ」
「あら、悪かったわね。ゆっくり説明してあげたいけど、少しだけ先を急ぎましょう。転移駅をひとつ落としたとなれば、さすがにアルステッドにも事態の深刻さが伝わるわ。彼が対策を打つ前に、少しでも王都に近づいておきたいの」
アリステアは駅の基盤のような箱を開いて何やらいじり始める。
「わかった、けど何してんだ?」
「本来だったら転移駅は各駅停車で必ず検問が入るの。だけどいちいち転移先で騒動を起こしてられないでしょ? だから少し仕組みをいじって大都市まで長距離移動できるようにしてるの」
「マジか、誰でもそんなこと即興でできるのか?」
「まさか、この世界の技師たちに任せてたら3日かけても終わらないわよ。これは天才である
「そう、か。それはすごいな」
アリステアの一人称が変わった気がしたが、気のせいかもしれないと聞き流す。
「はいできた。それじゃあこの機械部屋の中に入って。少し強引な調整かけたから到着まで1時間はかかるけど、それで3000キロメートルは移動できるんだから十分でしょ?」
「まあ、な」
時速3000kmって考えれば元の世界の交通機関でかなうものはひとつもない。どこかの軍の戦闘機ならもしかすると行けるのかもしれないけど。
「ほら、なにしての? 妾の手を握って」
転移駅の機械部屋に半分身体を入れたアリステアは、何故か手を出して俺を待っている。あと一人称は完全に変わってるな。
「いや、別に手を繋ぐ必要ないだろ」
俺はむやみにこいつと仲良くするつもりはない。
「本当? これから知らない手段で知らない場所に飛んでいくのに、信用ならない女を自由にさせるつもりなの? 不用心極まりないわね」
「……ちっ」
色々考えたが、主導権を握っているのはどう見てもあっちなので、手綱を握るぐらいの気持ちで俺はアリステアの言葉に従うことにした。
「痛っ」
手を握った途端、アリステアの顔が痛みで少しゆがむ。
「あ、悪い。痛かったか?」
俺は反射的に謝っていた。
「ううん、いいわよ。あなたの力がちゃんと機能している証拠だもの。……あなたの世界は随分平和なのね、心から憎い相手に気遣う余裕があるなんて」
「元の世界が平和かどうかはわからねえよ。いつの時代もどこかで戦争をやってるしな。でもだからこそ、俺の住んでた国は平和を大事にしてた。少なくとも、女の子に力加減を間違って接したら、謝るくらいは誰だってするさ」
自分の手を見つめ直して、力加減に気をつけようと心に刻む。
「そう、それはいい心がけね。それじゃ、転移を開始するわね」
アリステアの言葉に従うように部屋の扉がしまり、周囲の景色は暗転して見えなくなる。
「これから向かうのは王都に次いで栄えている大都市アレクサンドリア、この世界で一番大きな図書館もあるわ」
「アレク、サンドリア?」
世界史か何かで、聞いたことのある響きのような。
「あなたの世界にも似た地名か歴史があった? 力ある言葉は世界をまたぐ。あなたの世界におけるその響きも、大切に扱ってあげなさい」
「うるさいな、他の世界を侵略しようとしてるヤツがよく言う」
「これでも妾は異世界に敬意を払ってるわよ。自分の世界が
「そうだな、俺は微塵も気付かなかったよ」
召喚された時の抗議を視線に込める。
「その分、妾はこの世界の民には大人気なんだから」
「嘘をつくな嘘をっ」
どこからどうみたって暴君だし、だからこそこいつはクーデターを起こされてるんだからな。
「ひどいことを言われたわ。ショックで寝るからあなたの太ももを貸しなさい」
言うや否や、アリステアは当然のように俺の太ももを枕にしようとする。
「おい、勝手に俺を枕にするなっ」
「だって仕方ないじゃない。転移駅は本来数秒で到着する仕組みだから、休憩できるような椅子とかクッションとか置いてないのよ」
仕方ない仕方ないといいながら、アリステアは本当に俺を休憩するための調度品として扱いやがった。
「─────────────スゥ」
さらに信じられないことに、3秒後には寝息を立て始めた。
「なんで俺がお前なんかの枕にっ」
被害者である俺がアリステアに配慮する義理なんかない。そう思って彼女を押しのけようとしたが、俺の手が止まる。
「兄、さま」
アリステアの閉じた瞳から一条の涙が流れていった。
そういえば、自分の兄に王の座を奪われたんだったか。妹がいる身としてはどうにも理解が及ばない感覚だった。妹が誰よりも偉くなることも、そんな妹を引きずり落としてやろうと思うことも、自分には想像がつかない。
想像ができないので考えることにした。転移先に辿り着くまで、アリステアが起きるまで、ちゃんと考え抜いて理解できないのなら、俺はこの女を…………。
「──ああ、良く眠ったわ」
俺の太ももを枕にしていたアリステアが目を覚ました。
同時に自身の衣服を何やら確認している。
「あら、服が乱れてないわね。最低でも胸くらいは揉まれると思ってたのだけど」
心底不思議そうにアリステアはこっちを見てきた。
「起きて早々俺に変な言いがかりをつけるなっ。そもそも身に危険を感じてたなら男と二人きりの時に寝るなよ」
「別に身の危険を感じていたわけじゃないわ。もしも妾の身が汚されたとしても、それは従僕への正当な対価、もしくは妾のこれまでの行動に対する報いでしょ?」
暗に、アリステアは俺に襲われてもよかったと口にしていた。あと従僕って誰のことだ?
「誰がお前なんかを襲うかよっ。俺にだって選ぶ権利はある」
「……そう、良かったわねそんな権利があって。そろそろ到着するわよ」
アリステアは立ち上がって、部屋の扉の前へと行く。
「アレクサンドリアだったか? 今さらだけど、2,3時間かけて直接王都には行けなかったのか?」
「やろうと思えばできたわ」
「おい、だったら……」
「確認したいことが、2つくらいあったから」
アリステアは裾を強く握りしめていた。まるで何かの不安を恐れるように。
「それに、直接王都に行ったところで今の従僕じゃ返り討ちにされるだけよ。あそこには蒐集したマテリアルギフトがいくつもあるんだから」
「その理屈だと、どのタイミングでも無理じゃないか? あと従僕ってやっぱり俺のことかよ」
「ええ、妾の寵愛を与えた以上は所有物も同然でしょ? 嫌だったのならはねのければよかったじゃない」
「はねのければって、まさかさっきの膝枕のことか? そんな意味があるのなら先に言えよ」
「ふふ、異文化に紛れ込んでしまったなら、全ての行動の意味を疑ってかかるべきね。知らない内に恐ろしい契約を結んでいることだってあるんだから」
「おい、今まさにその状態なんだが」
「異議があるのなら後で聞くわ。もう着いちゃったから」
アリステアの言葉と同時に扉が開く。そこから見えたのはどこか古代のギリシャ建築を彷彿とさせる白い岩作りの街並みと、広場を埋め尽くさんとばかりに集った民衆の姿だった。
「……手際がいいわね、兄様は」
アリステアは堂々と転移駅の機械部屋から出ていき、俺もそれについていった。
同時に集まっていた民衆たちもアリステアの姿に気付く。
そのどよめきが、波のように伝播していって都市全体で重低音の楽器のような音を響かせていた。
「あ、アリステア様だ」
「アリストス王っ!」
誰もが口々に彼女の名を叫ぶ。だが次第に、
「違うぞ、彼女はもう国賊だっ。王などではないっ」
「そうだ、アルステッド王からのお達しがあったじゃないかっ」
民衆に険悪な空気が漂っていった。
「……帰れ」
誰かの発した小さな言葉が、誰しもの耳にも届いた。それを皮切りに、
「そうだ、帰れアリステア! ここは貴様が来る場所じゃないっ」
「私たちの街に足を踏み入れるなっ」
「我々はお前の顔なんか見たくないんだ!」
次々と罵詈雑言が飛び交っていく。
「おい、お前どれだけの悪政を敷いてたんだよ。普通王様やめた途端にここまで嫌われるか?」
「……本当よね。ここも、ダメみたい」
アリステアは一歩前に出て、厳かに右腕を振るった。
同時に広場一帯に恐ろしいほどの空気の振動が発生して集まっていた民衆は同時に気を失った。
「何したんだ、この人たち大丈夫なのか?」
老若男女問わず、みな一斉に地面に横たわっている。
「ただ気を失ってるだけよ。1時間もすれば目が覚めるわ」
「お前、こんなことできる魔力があったのかよ?」
これほどの魔力を隠していたのかと、俺は自然と彼女を問い詰める口調になっていた。
「妾自身の魔力だけじゃここまでのことはできないわ。だけどこの都市の魔力リソースの流れは全部把握してるから。民衆の知らない龍脈を利用すれば簡単なことよ。ま、今ので全部使いきっちゃったけど」
「おい、だったらそれを転移のために使った方が良かったんじゃないか?」
「もっともな意見ね。だけど、確認したいことがあるから」
アリステアは再び『確認したい』と口にした、とても真剣な表情で。
いったい彼女が何をしたいのか、その時の俺にはまだ何もわからなかった。
「さ、行くわよ」
「行くって、どこにだよ?」
「言ったでしょ、ここには図書館があるって」
「確かにそんなことも言ってたな。だけど今、図書館に行く必要があるか?」
「……あるのよ。いいからついてきなさい」
大勢が地面に倒れた広場をアリステアが堂々と歩いていく。この世界について何も知らない俺は彼女についていくしかなかった。
「ちっ、にしてもお前嫌われすぎだろ。あまり言いたくはないが、街中お前の悪口だらけだぞ」
張り出されているアリステアのポスターは赤字で大きなバツがされており、彼女の悪政を罵る貼り紙もいたるところに見受けられた。
「ここまで嫌わるなんて、なかなか新鮮な気分よ。あなたも一度味わってみる?」
「ゴメンだよ。クラスで1番の嫌われモノになる想像をするだけでも死にたくなりそうだからな」
そんなこと、考えるだけで気が滅入る。
「…………そうよね」
いつだって傲慢なアリステアの瞳が、その時は少し哀しそうに見えた。あとになって、なんて不用意な発言だったのか、俺は後悔する。
「ここよ」
30分ほど真っ直ぐに歩いた先で、巨大な建造物に辿り着く。
そこは豪奢というよりも厳かな威容に包まれた場所だった。
「これが、図書館なのか?」
自分が想像していたモノよりも100倍以上は大きい施設だった。まさにこの世界全ての知恵と叡智が凝縮されたとでもいうような。
「星の大図書館。この世界の情報を自動で書籍化していく偉大な場所よ。何よりも、ここにある情報は外部からの干渉を受けつけない」
「ん、それって何か大事なのか?」
「まったく、執筆者のバイアスを介さない純粋な情報がどれほど貴重か従僕は理解していないのね。どれだけ安穏な世界に生きてたのかしら。それとも、ノイズまみれの情報を美味しい美味しいとでも目と耳に入れていたの?」
……俺にはアリステアが何を言いたいかはわからなかったが、とりあえずバカにされたことだけは十分伝わった。
「うるさいな、まだ学生なんだから仕方ないだろっ」
「あら、学び舎に通う年ごろだったのね。それは羨ましいわ」
「お前も同じくらいの歳だろ」
「妾は今年で16よ」
「は? 年下じゃねえか」
「だから羨ましいと言ったのよ。まだまだ学びに割けるだけの時間が許されているんですもの」
そう口にして、アリステアは星の図書館の扉を開いて中に入っていき、俺も慌ててついていく。
「なんだ、ここは?」
そこは不思議な空間だった。読み取ることのできない様々な情報が視覚的にうごめいている。
「情報閲覧所、たくさんの情報の中から知りたい情報だけを検索できるようになってるの。まずは、『呪い』『解呪』」
アリステアが検索ワードを呟くと同時に、幾百、幾千もの本、巻物、羊皮紙、石版、粘土板が俺たちのところに集って回る。
「さすがに、このワードだとこれだけの量が出てくるわよね」
アリステアは仕方ないといった感じで近場の本に手をのばす。すると本は光り輝き出して、いくつもの文字列が彼女に文字通り流れ込んでいく。
「……すげえな」
ここが図書館である以上、彼女は今直接文字を脳内で読み込んでいるのだろう。俺も興味が出て、一番手に取りやすそうな距離にあった巻物に触れてみる。
アリステアの時と同じように、たくさんの文字が浮かび上がって俺の頭の中に直接入ってきた。
「うぉお」
正直、驚き感動した。元の世界でもたくさんのラノベを読んできたけど、速読なんて目じゃないレベルで染み込むように俺の脳内に情報が注ぎ込まれていく。
それも決して溢れ出すような情報量じゃなくて、俺が理解できる絶妙な速度でだ。
「……おう」
ただ残念だったのが、俺が手にしたのが『世界の呪い大全集』というかなり陰気なタイトルだったことだ。
聞いたことのない呪いが知識として頭の中に蓄えられていく。
『配偶者に一日一回不幸が訪れる呪い』、『親友の恋人が誰かに寝取られる呪い』、『嫌な上司が腹痛になる呪い』、『あなたの大好きな人が一日一回声をかけてくれる呪い』。
軽いモノから重すぎるモノまで、この世界の呪いを数多く知ってしまった。
中でも、最後に記されてあった呪いが一番エグイ。
その名も、『世界中の……』
「あら、まだ読んでたの? 従僕には必要ない知識でしょ。次に行くわよ」
アリステアに声をかけられて現実に引き戻された。
「あ、ああ。ついヒマだったからな。お前ももういいのか?」
「────ええ、欲しい情報はどれにも載ってなかったからいいわ」
残念そうに、何かを諦めたように彼女は呟いた。
「どれにもって、まだたくさんあるだろ?」
「たくさんも何も、ここにある情報は全部目を通したわよ」
「は?」
俺が巻物1本分の情報を頭に入れてる体感30分くらいの間に、アリステアはその何千倍の情報を処理したのか?
「付き合わせて悪かったわ。もう、これで最後だから」
諦観に満ちた顔で、彼女は、
「王歴アリストス・アリステア」
そのワードを口にした。
すると先ほどの比ではないほどの何万冊にも及ぶ書物群が俺たちの周りに押し寄せてきた。
「う、わ。なんだこれは?」
「妾が玉座に就いてからの歴史よ。意外とあったのね」
少しだけ感慨深そうにして、アリステアはまた近い書物に手を触れ、光り出した文字列が彼女に流れ込む。それだけじゃなく、近い書物たちも連なるように光りだして次々と彼女の中を駆け巡っていった。
「こいつは、このスピードで情報を理解してるってことなのか?」
自分とのあからさまなスペックの違いに落ち込む。この世界のみんなも彼女のように頭の出来が俺とは違うんだろうか。
そう思いながら、先ほどと同じように俺も手の届くところにあった1冊の本に手を出した。
同時に流れ込んでくる情報たち。
本のタイトルは『偉大なるアリステア』。いかにも尊大な彼女が書いたかのような1冊だ。
アリステア・アリストス。王歴35482年に先代アリストス王の急逝に伴い10歳にして戴冠。彼女は魔法術、召喚術、異空術の天才であり、当時20歳であった兄アルステッドを差し置いて世界の王の座に就いた。
「は、10歳で王様になったってことか?」
俺が驚くのもそのままに、彼女の情報は次々と流れこんできた。
アリステア王の戴冠以降彼女の活躍は目覚ましく、転移駅の制定、異世界流通の再開、停滞していた世界内魔力の循環促通、民意向上のための異世界開拓方針の打ち出しなど、わずか6年の間に100年分以上の功績を残しているのではないかと言われている。
「……マジかよ。本当にアイツ本人が書いたわけじゃねえよな」
自作自演だとしたらこれ以上イタイ話はないが、でももし……。
アリストス歴代国王ランキング第1位、アリステア・アリストス。
有名人好感度ランキング第1位、アリステア・アリストス。
上司になって欲しい有名人ランキング第1位、アリステア・アリストス。
この人がずっと王様だったらランキング第1位、アリステア・アリストス。
これらの情報が、この世界の大半の民衆の気持ちなのだとしたら。
「こら、従僕が主の個人情報に顔を突っ込まないの」
俺のひたいが軽く小突かれる。気付くと目の前にはアリステアの小顔があった。
「いや、そんなつもりじゃ」
「まあいいわ。そもそも公人である妾にプライベートもなにもあったものではないしね」
なぜか彼女は満足そうにしていた。見たい情報が見れたのだろうか。
「なあ、アリステア。さっき俺が見たのって、本当なのか?」
「え? 従僕が何を見たかは知らないけど、この星の図書館で入手できる情報は全てこの世界における真実よ。外部からの干渉ができないのと同じように、妾自身の情報に妾が干渉することもできないの」
「じゃあ、つまり」
この女が、国王アリステア・アリストスがこの世界において大人気の為政者であることは間違いないってことだろ。だけど、そうだとしたら、
「ならおかしいだろっ、なんでお前はこの街の人たちにあんな嫌われ方してるんだよ。アリステアが本当に良い王様だったんなら、あんなっ…」
知らず声が震えていた。さっき見た呪い辞典、そこから最悪の可能性を考えて。
「残念ね従僕、妾はこの街で嫌われているわけじゃないわ」
アリステアは涼しい声で俺の言葉を否定して、
「…………
世界そのものから否定された、自分自身を認めていた。
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